お題:僕の宇宙 必須要素:純文学 制限時間:1時間 読者:48 人 文字数:3242字 評価:1人

さよならヒーロー
僕は宇宙をまたにかける凄いヒーローで、手にした銃はすごい威力で、この公園は僕のものだった。

「だから出てけ!」

白いお城とお花畑となんか美形の奴がいるような『領域』広げてる奴は邪魔だった。今すぐ出て行け。なんかお前、世界観が違うんだよ。

「あんたが出てけ」

背後に十人くらいの美形(幻)を従えながら彼女が言う。割と威圧感はあるけど鼻で笑う。マンガとかなら綺麗で圧倒されても、3次元だとなんか微妙だ。

「ここは宇宙なんだ! 僕がそう決めたんだ! おまえがいるところ、昨日まで宇宙ステーションだったんだぞ!」
「あんた、いっつもそこら飛び回って滅多に戻らないんだからいいでしょー!」
「それでもなの! 戻る場所ないと不安だろ!」
「そんなの知らない!」

僕の宇宙では、色々な宇宙船が飛び交い、ときどき惑星に落下したり異星人が侵略したりする。
彼女のお城では、さまざまな人が笑顔で談笑し、ときどき毒殺があったりクーデターが起きている。

意識を外に向けすぎてるからだった。
『領域』内部が暴走しかかっている。
僕はヒーローとして、彼女はヒロインとして『領域』の問題をとっとと片付けなきゃいけない。

けど、そんなことをすればまた『領域』が奪われてしまうかもしれなかった。

「もといた場所、どうしたんだよ」
「う……」
「僕んところに来ないで、あっちで前みたいに好きにやってればいいだろ」
「――」

彼女の背後で、暗雲が立ち込めた。
雷が鳴って、城にざあざあ黒雨が降る。
俯いた彼女の顔は、見えない。

「? どうしたんだよ」
「……変なのが、出た」
「は?」

きっと僕を見つめる瞳の鋭さ。
背後の暗さの中で、爛々と光っていた。

「……あんたに、私がいた場所あげる。全部よ。だからこの場所は、私のものにする」
「なに勝手なこと言ってんだよ!?」
「ゆずるって言ってんの! いいでしょ、今よりずっと広いんだから!」
「無茶言ってるってわかってる?」
「いいでしょー!」
「むむぅ」

僕は結局、しぶしぶ頷くことにした。
彼女の背後から立ち上がった、なんかやたらと凶悪なドラゴンにビビったわけじゃない。本当に違う。ほら、宇宙飛行士はいつだってフロンティアを目指すから、そういう理由だ。




彼女が元いた場所、つい昨日まではなだらかな草原やら花畑やらが広がっていた『領域』は、なんだか妙なことになっていた。

普通だった。
なんの『領域』の色もなかった。

ブランコはブランコだし、ベンチはベンチで、地面は地面だった。
僕なら宇宙衛星とか巨大構造物とかにしてしまうのに、そういう変化が一切ない。
けど、だからといってここが『領域』じゃないかと言えば、それも違った。

変化はない、けど、たしかに誰かの意識の内にいる、その感覚があった。

「なあ」

結局、なんの妨害もないままに、僕はそいつのところまでたどり着くことが出来た。できてしまった。

木蔭にビニールシートを敷いて、なにか本を読んでいる。小難しそうな内容はよくわからない。顔を上げないまま、ただ読んでいる。

「ここ、使ってないなら僕のものにするから」
「――」
「今日から、僕の宇宙だからな」
「――」
「つ、使ってないみたいだし、別にいいよな?」
「ん――」

それは、頷いたわけじゃなかった。
今初めて気づいたみたいに顔を上げ、僕を見た。
寝起きみたいな、あいまいな、焦点が合ってない表情。
ゆるゆると、手が持ち上がり、

「――あぶないよ?」

その合ってない焦点のまま、僕の下を指さした。
なに言ってんだコイツ、と心底思った。
『領域』が広げられるのは外だけだ、ナノマシンだか微量粒子だか知らないけど、そういうのと僕らの意識が組み合わさって展開される。
勝手を出来るのは外だけで、落とし穴とか作ろうとしたら自分で掘らなきゃいけないわけで――

「っ!?」

気づけば反射的に飛び跳ねた。
全身を怖気が走っていた。
『踏んではいけないものを踏んでいた』のを確信した。虫を百匹踏んだのよりなお気色悪い。おぞましい。癇に障る――

百や千の言葉でも言い表せない嫌悪。
全身から汗が流れて、口で呼吸する。

「本、読むから」

言ってソイツは顔をまた下げた。
視線だけで文字を追っている。
こっちのことなんて、もう気にも留めていない。

僕は、さっきやったみたいに文句をつけようとして――できなかった。

だって、それをするには、近づかなきゃいけない。
近づいたら、『それ』を踏まなきゃいけない。
何かよくわからない、けど、ただただ嫌なものを。不愉快なものを。

「お、覚えてろ!」

ヒーローらしくないセリフだけど、言いながら僕は背を向け走り出した。




僕は引き返すと同時に、ほとんど問い詰めるように訊いた。

「なんなのアレ、なんなのアレ!?」
「わかんないよ」

僕の背後には相変わらず宇宙があり、彼女の背後には変わらない美形たちが勢ぞろいしている。
けど、今この時だけは棚上げだ。どっちの『領域』が上かとか言ってる場合じゃない。

「ただ気色悪いから、私はあそこに居られなかった」
「わかる」

姿は見えないし、何かが現れたわけじゃない。
ただ感触が、足裏にちょくせつ触れたみたいにハッキリとわかった。
いや、違うか、触れてすらいない。なのに、ぴったりと張り付くみたいに、脳味噌に入り込むみたいに、その感覚だけが伝わった。

「アイツが読んでたの、何かわかるか?」
「わかんないけど、たしか純文学とかいうのらしいよ」
「まじか……」

僕にはまったくわからない『領域』だった。
それは、彼女にとっても同じらしい。

分からないからと言って、勝てる勝てないは別の話。そのはずだったんだけど――

「僕、苦手意識しかない……」
「私も――」

なんか難しくて、たぶん大人のもの。
そういうイメージだけがある。
そして、こういう印象は『領域』の強さに関わる。

「……どうする」
「私、負けっぱなしとか嫌」
「僕もだ」
「じゃあ純文学とか読むの?」
「それはもっと嫌だ!」
「同感」

それは、僕らが持っているのとは別のイメージだし、『領域』だ。
まして相手はかなり純文学とやらについて知っている。ずっと先を行っている。
苦手で負けて追い払われたからって、なんで相手の下に付くようなことをしなきゃいけないんだ。

「――」
「……」

僕らは頷き合う。
お互い、似たようなことを考えているとわかった。

僕は拳を打ちならしながら、彼女はお姫様風にしずしずと公園を出て行く。
背後で、僕の宇宙では応援の祝砲が鳴らされ、彼女の城では横断幕がかけられていた。
『領域』は公園内だけで、街中までは展開できない。彼らはここで待ってなきゃいけなかった。

僕らの行き先は当然、図書館だ。



そして、僕は僕の宇宙を、『領域』を広げる。
彼女もまた『領域』を展開させていた。

僕らは三日くらい図書館に篭って必死に調べてイメージを構築した。
こんなのは付け焼刃なのかもしれない、まだ届かないかもしれない。
けど、このままやられっぱなしは、無しだ。

強く頷く僕の横では、燃え上がる三つの目と黒い翼が闇から浮かび上がらせながらナイアーラトテップが顕現している。その更に背後には、宇宙的狂気が今や遅しと蠢き現れ出でようとしていた。

彼女の後ろでは鋼鉄の乙女を模した拷問器具が揺れ動く、そのたびに悲鳴と共に血が床へと流れ、次の拷問器具に付着し、頭蓋骨粉砕機やがみがみ女のバイオリン、スペインの長靴など別の拷問器具へと続く。

「負けられない」
「ええ」

僕が手にした新たな宇宙観の本、そして、彼女が手にした別の中世観、それぞれを新たに得て、僕らは挑む、純文学に。

アイツに勝てないヒーローなんて、もうお呼びじゃない。
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