お題:僕の宇宙 必須要素:純文学 制限時間:1時間 読者:59 人 文字数:2790字 評価:2人

内包する
 人を指さしてはいけません、とお母さんには教わったものだけど、相手が人でないならその限りではない。対象をこれとわかりやすく示すためにはいい方法でもある。「あっち?」とか、「こっち?」とか、誤差が生まれるのは仕方のないことだけど。
「ゴミクズ」
 主として僕はそう呼ばれていて、焼却ごみの日に出すゴミ袋とどっちを示しているか、多少の誤差は生まれるけど、大体の場合は僕のことを言っている。雨ざらしの集積所に放置して、毎日決まった時間に回収されるゴミには、わざわざ呼びかけたりしないからだ。
 彼女はびしりと僕の胸に人差し指を突きつけていて、これもまた、僕がゴミクズである証拠だった。
「ゴミクズ。あんたの胸のなかには、あらゆるものが存在するんだわ」
 もちろんそんなわけはない。僕の胸には心臓とか、少しは文学的に言うなら真心とか愛情とかが詰まっているかもしれないが、あらゆるものがあるわけじゃない。
「だから、あんたのなかからは、なんでも取り出すことができるんだわ」
 どうだ、とばかりに彼女は胸を張るが、ゴミクズに一体なにを期待しているというのだろう。僕は宇宙を内包してはいないし、四次元に通じるポケットがお腹のあたりにあるわけでもない。
 でも、ゴミクズに話しかけるような酔狂な人間は思い込みが激しいらしくて、「金銀財宝!」と叫ぶや、シャベルを振りかぶって、僕の胸を掘ろうとした。ペットの犬がここ掘れワンワン、と鳴いたかどうか知らないが、少女の非力では僕に穴を穿つことはできず、打ち身と青あざに終わった。しかし儀式はそれで終了して、僕をしたたかシャベルの突端で殴りつけたことで、彼女は僕の中身をのぞき見たらしい。
「なーんだ、なんにもないんだ。あんたの中って」
 宇宙みたいに。
 彼女の率直な感想は思いのほか僕を傷つけて、それからの人生ずっと、僕は胸のなかが空っぽなのだという思い込みを抱えて生きていくことになる。傷つくような心がそもそもないじゃないか、と彼女なら笑い飛ばしたことだろうけど、ただの容器だって、乱暴に扱えば壊れることもあるのだ。

 酒癖の悪い親父が今日も無事に二階のベランダから飛び降りていって、静かになった部屋で僕は片付けをはじめる。脱ぎ捨てられた衣服。開きっぱなしのパチンコ雑誌。そして、空っぽの酒瓶。大きなゴミ袋を出してきて、まとめて片端から放り込んでいく。うちの地域では分別が厳しくて、近所の住人から苦情が入ることもしばしばある。そうは言っても家を片付けられるのが、路上でぺしゃんこになった親父が病院から帰ってくるまでの短い期間だけだから、決まった曜日に毎回出せるわけもない。雑誌と弁当の容器を一緒くたに捨てるくらいは勘弁してもらおう。
 ほかのゴミにはそうでもないのだが、空の酒瓶とか、弁当箱とかには、つい仲間意識を感じてしまう。ゴミクズと呼ばれているだけあって、ただ捨てられる不用品にも、こんな感情を持つこともできるのだ。
 窓の外からサイレンが響いてきて、人の集まってきた道路から、親父が担架に乗せられ運ばれていく。恒例の光景を確認してから、部屋に戻って僕は酒瓶を壁に叩きつける。弁当箱を踏み潰す。ペットボトルに何度もハサミを振り下ろして穴だらけにする。パチンコ雑誌は丁寧に皺を伸ばして重ねて積んでおき、服は汚れたものは洗濯に、そうでもないものはこれも丁寧に畳んでおく。このようなゴミ差別があるのは、人に好き嫌いがあるのと同じようなものだ。
 嫉妬。いちばん適切に言い表すならこれだろう。
 酒瓶も、容器も、もとはなにかを中に収めていた。今は空っぽであっても、それは中身が失われただけであって、最初からなにもなかったわけじゃない。僕はそれが妬ましいのだった。僕は中身を飲み干されたわけでも完食されたわけでも、逆さにしてこぼされたわけでもない。はじめから、生まれたときから何もなかったのだ。実際に自分の目で確かめたわけではないが、彼女がそう言ったのだから、間違いない。自分によく似ていて、でもすこしだけ価値があるものには、憎しみをぶつけたくなるものだ。

 その日、スーパーで買い物を終えて家に帰ってくると、二階のベランダに不法侵入者が仁王立ちしていた。昔から痩せていた彼女は最近ますます棒きれのようになって、そろそろ死ぬんじゃないかと思う。一年中同じ服ばかり着ているのは僕と同じだが、その一枚が上等なワンピースだから、負けた気になる。彼女はいつも他人の家に勝手にあがりこんで風呂場を使い、常に身綺麗にしている。神出鬼没なものだから、近所では風呂場の妖精と思われている。
「純文学は、ゴミ~!」
 彼女は元気よく声を張り上げて、手にした本をハサミで切り刻んでいた。ベランダからひらひらとページが舞って、道路をゴミだらけにしている。人んちのベランダで迷惑行為をしてくれる。柵のうえに裸足で立っている危うい体勢を崩して、落下してしまえばいいのに。
「なんで純文学がゴミなんだよ」
 しかも彼女が刻んでいるのは、図書館の本だった。金がないから当たり前なのだが、他の人が払っている税金をなんだと思っているのだろう。
「だって、私が、好きじゃないから~!」
 彼女はハサミを止めずに、理屈がないことを大声で宣言している。純文学をかばう義理もないが、ゴミと呼ばれるものはすべからく僕の家族みたいなものだから、一言言わすにはいられない。
「君の好みがすべてなのかよ」
「私の好みがすべてなの。だって、私の世界だもん」
 ずいぶん傲慢なことが言えたものだ。僕のことを、その彼女の世界とやらで『価値なし』の判定をくだしてくれたくせに。
 彼女は楽しくなってきたようで、そのうち柵のうえでつま先立ちをして器用に踊りはじめた。ページが羽のように彼女の周りを舞い、風がうずまいて紙切れをさらっていく。

「無意味だから。それらしいことを言って、大切なことはなにひとつ教えてくれないから。私を助けてくれないから。楽しい気分にさせてくれないから」
 嫌いな理由を口ずさんで歌いながら、彼女はくるくるとその場で回転する。落ちるぞ落ちるぞと思っていたら、足を滑らせた。ほら見たことか。
 先日の親父の飛び降り騒ぎで設置されたままだったマットに、彼女はぽすんと尻もちをついた。僕が駆け寄って覗き込むと、ダンゴ虫のようにまるくなっている。情緒不安定な彼女は顔を覆って、しくしく泣いていた。
「僕に助けてもらいたいなら」
 弱くてみじめな彼女を見下ろしながら、僕は言った。「昔の発言を撤回することだね」
「ごめんなさい。あなたの中身は空っぽなんかじゃないわ」
 文学嫌いの妖精は脈絡など無視して消え入るような声でなにかを言った。
 僕の中身はなんだって?
「水素と、ヘリウム」




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