お題:僕の宇宙 必須要素:純文学 制限時間:1時間 読者:50 人 文字数:2127字 評価:1人

僕の宇宙
 純文学に必要なものは何かと聞かれて、僕は迷わずこう答える。
 芸術性。
 けれど僕が彼にそれを訊ねた時、彼はこう言ったのだ。
「情景」
 と――。

 文学部文学科に所属する者の中でも、自ら執筆を行っているものは少ない。
 そのことを知ったのは前期の授業の終わりの日のことだった。
 僕の取っている授業に通年の『文学論』がある。これは文字通り文学について学ぶ講義だ。夏目漱石の書籍である文学論とは違う。数ある文学作品を読み、文学についての意見を交わし合う。おおよそそういった授業だ。
 その授業で夏休みの宿題が出された。それは、おおよそこういったものだ。
 ・二人一組を作る
 ・テーマを決めてお互い自作の小説を書く
 ・お互い執筆した小説を文学論的に評価しあう
 講師は宿題について、厳しい顔をしながらこう言っていた。
「文章を書かぬものに文章を論ずることは出来ない」
 大いに理にかなった論だ。僕もそう思う。だが授業に参加していた他の生徒達の思惑とは違ったようだった。
「出席だけで単位が取れるって聞いてたからこの講義取ったのに話が違う」
「小説なんで書いたことねえよ」
「それな、読書感想文だって書けねえのに何枚も文章なんて書けるかよ」
 程度に差はあれ、多くの者達はそんな態度だった。
 何のために文学科に入ったんだ。
 僕は彼らとは違う。純文学を愛している。特に好きなのは1800年台の作品達だ。純文学の黎明期、二葉亭四迷を筆頭とし、坪内逍遥、幸田露伴、森鴎外や樋口一葉。彼らの作品達はまさに芸術の如き作品ばかりだった。
 そんな彼らに憧れて、小説も書いた。何本も。
 だから、僕にとってのこの課題は、彼らと違って苦ではない。まさに求めていたものだ。
 だから、僕にとっての問題は、別のところにあった。
 ・二人一組を作る
 課題で小説を書くということに興奮するあまり見落としていた。どんな話を書くかの構想から冷静になってあたりを見回した頃にはもう講堂にはほとんど人は残っていなかった。
 僕に友達はいないのだ。
 帰り支度をしている教授に泣きついたら、一人の生徒を紹介して貰えた。
 同じ一回生の男で名は――Nとしておこう。……連絡先は交換したのだが、自己紹介をし忘れた。お互い自力で二人一組を作れない同士だ、仕方のないことだろう。
 ……自己紹介こそしなかったが、教授を交えてお互いの文学論と宿題のテーマについて話し合った。Nは僕と同じで純文学を学びたくてこの学科に入ったのだという。それなら話も合うだろうと考えていたのだが、そうはならなかった。
 その話の中で出たのが、純文学についての意識の違いだった。
 芸術性。
 情景。
 その二人のやり取りを聞いて、教授は「興味深いね」と一言呟いただけだった。
 
 夏休みが半ばに差し掛かるころ、Nからメールが送られてきた。添付されていたのは宿題の文章と、僕が先にメールで送っていた小説を論じた文章だった。
 はじめに読んだのは、僕の小説を論じた文章だ。
 自信作だった。テーマが僕の得意分野だったから、一気に書き上げた。読み返した時にはあまりのできの良さに小躍りしたほどだ。Nはきっとすぐに称賛の文章を送ってくるに違いない。そう思って送ったメールの返信は一週間も待たされた。
 きっと褒め称える表現を考えていたんだろう。
 Nの書いた僕の小説を論じる文章は、僕の予想とは真逆のものだった。
 レポート用紙10枚に及ぶ多くの批判と指摘。
 僕はその文章を直視できなかった。すべての文章に目を通す事が出来なかった。
 
 僕は、結局最後までその文章を読まず、放置した。

 8月が終わり、9月に入った。
 初めの週はだらだらと過ごし、次の週で宿題に手をつけていった。
 初めて過ごす大学の夏休みは長い。9月後半まであるので、高校の頃と比べても日数がそもそも違う。
 9月の半ばには夏休みの間の宿題はあらかた片付け、残るは例の文学論のみとなった。
 世界一読みたくない文章。
 だが、これを読まなければ宿題が完了出来ない。単位が取れない。
 最悪読んだことにして文章をでっちあげよう。
 そう決意して残りの文章、そしてNの書いた文章を引っ張り出した。
 読みたくない文章の最後に書かれていたのは僕の想像していなかったものだった。

「君の小説に書いてあったじゃないか。『文学は、僕の宇宙の表現だ』この表現はとても良いと思う。だが――」

「君の宇宙は、そんなに小さいものなのかい。君の中にあるものをもっと精緻に見つめ、表現を重ねればもっといい文章が書ける」

 その言葉を言われた時。Nに対する認識が少し変わった。
 僕の小説をズタボロに論じたNは僕のことを嫌っているのだと思っていた。だが、Nは 僕の文章に真摯に向き合ってくれていただけだったのだ。
 そのことに気づかず、僕は彼にひどい感情を抱いてしまっていた。
 僕はNに謝罪のメールを送った。
 感想が遅れたこと、文章に誤解を抱いていたこと。
 そして、
 小説を書き直すこと。
 メールを送って、僕はもう一度執筆用のPCに向き直った。

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