お題:僕の宇宙 必須要素:純文学 制限時間:1時間 読者:117 人 文字数:3754字 評価:4人

外宇宙へ
 毎朝、4時から家の近所を歩くことにしている。
 4時なんて時間は、一年の半分は真っ暗で朝とは言えない。
 暗い街中を、ほとんど誰とも会うこともなく1時間かけて一周する。
 家からスタートして、近所の大きな公園を塀沿いに歩き、住宅街に入る。
 そこから小学生の頃、通学路に使っていた道を行くと、大きな田んぼが広がる辺りに出る。
 農道を、小学校とは逆方向に折れ、古い家々を眺めながら坂道を下ると、国道へ続く大きな道路に行きあたる。
 そこから国道とは逆方向にバス停三つを通り過ぎ、業務スーパーの脇の道に入る。
 細いその道は軽い上り坂になっており、そこをゆっくり上がっていくと、「三ツ村産業」という何をやっているのかわからない会社の前に出る。
 この会社の近くに、全品100円の自販機があって、僕にとってはそこが一つのゴールだった。
 ここで、夏はつめたいものを、冬はあたたかいものを買う。
 ベンチはないけど、水分補給の休憩だ。全部その場で飲み干してから、また歩みを進める。
 竹藪の脇の細い道を上ると、古い民家が立ち並ぶ辺りに出る。道なりに進み農道を横切れば、かつての通学路に出るのだ。そこからは、行きと同じ道を帰ることになる。
 家に着くのは5時過ぎだ。僕は大抵、庭で一つ伸びをしてから、20年以上住んできた家の中に入る。
 そして、自分の部屋に戻ってベッドにもぐりこむ。太陽が西に傾き始めるまで眠るのだ。

「あんた、そろそろバイトとかしてみたら?」
 夕食時、向かいに座った母が言う。顔を恐る恐る上げると、眉をしかめる彼女はやけに老けて見えた。しわが増える表情のせいだけではあるまい。
「同級生は、もう主任さんになったりもしとるのと違うの?」
「うん……」
 主任が何をするのかもわからないし、同級生がどうなっているのかも知らない。どちらも、もう僕の世界にはない言葉だ。
「あんたも、そろそろ働かんと。お金も、ないんやろし」
「うん……」
 僕のご飯は、母の年金と父の遺族年金からできている。僕はそれを食べては、排泄物に変える仕事に就いている。大学を卒業して5年、うんこ製造機としては勤勉な僕だ。

 翌朝、僕はまた歩きに出た。
 誰もいない街を歩くのが、僕の唯一の外出だ。母は僕の外出を知っているのだろうが、知らないふりをしている。
 父が生きていた頃、彼は僕に小遣いをくれていた。帰ってきて、出迎えた僕に「はい、お小遣い」と言いながら、100円玉を手渡してくれるのだ。
 僕はそれをきっちり貯めていた。高校の時、どうしてもほしいジャケットがあった時も、大学に入って旅行へ行くのにお金が足りない時も、絶対に手を付けなかった。ジャケットも旅行も諦めて、大事にしまい込んでいた。
 中学三年まで、父が毎日のようにくれていた100円玉は、一見使いきれないくらいに貯金箱に貯まっていた。
 けれど、今はそれも乏しくなっていた。「三ツ村産業」の前の、100円自販機にどんどん吸い取られていく。僕は自販機に100円入れる装置でもあったから。
 緩い上り坂の向こうに、「三ツ村産業」の筆文字みたいな書体の看板が見えてくる。
 そこで僕は「おや」と異常を感じた。
 いつもなら、あの看板の下に見える、青く四角い箱の姿がないのだ。
 僕の100円玉を、ここ3年間吸い込み続けてきた、あの自動販売機が。
 撤去されたのか。
 呆然と、僕はアスファルトについた四角い痕跡を見下すしかなかった。


「今日からアルバイトに入りました。よろしくお願いします」
 僕の挨拶に、当面の上司となるおじさんは「おう」と応えた。
 自販機がなくなって、1週間ぐらい僕は外に出なかった。頭を抱えてベッドにうずくまっていた。
 そして、急に起き上がったかと思えば、履歴書を買いに行っていたのである。
 まるで他人事のようだが、僕自身その行動が自分の心から出たものではないかのように感じていたから、しょうがない。
「まあまあ、ゲームしてくれてたらいいから、ここは。で、変だなって思ったら、俺のことを呼んでくれたらいいから」
「はい、わかりました」
 声が小さいなあ、とおじさんは顔をしかめた。母ほどは、しわが寄らなかった。
 僕が選んだアルバイトは、ゲームのテスターだった。商売相手に会わなくてもいいし、ゲームをしていればいいだけなので、すごく楽に思えたから。
(エンドユーザーと触れ合える仕事を――)
 馬鹿げたセリフだ。途切れた線から聞こえた言葉を、僕は振り払った。


「え、浅井さんも××県なんスか? 僕もですよ!」
「そうなんか。結構多いよな、××の出身。どこ?」
 一つ向こうのテーブルから聞こえる会話に、僕は少しパソコンの音量を上げた。
「これでね、ここ、聞いてください。ほら、ガーって」
「うん、言ったね」
 ね、と男の子が顔を覗きこんでくる。太いフレームのメガネをかけた彼は、まだ高校生ぐらいに見えるが、ここは未成年は取っていないので、恐らくは成人だろう。彼のように、やたらと容姿が幼いか逆に老けている男が、この会社のバイトには多かった。
 女のバイトもいるが、そっちは多種多様だ。ギャルっぽい人、やたらと太ってる人、いかにもオタクっぽい人、やたらと痩せている人、それらの複合系……とにかく色々だ。とりあえず大変そうだな、と思うのは、バイトリーダーや社員さんからの扱いが、顔の良し悪しで決まっている節があることだ。小柄で幼い顔立ちの子ほど、取り立てられている気がする。
「でね、ヒババンゴ見てください、ほら、口開ける前からガーって吠えてるんです」
「ホントだねー」
 画面の中のピンクの怪獣は、ガーッと口を開けている。実際よくわからなかったが、ズレているのは確かなのだろう。ズレているということで、この高校生メガネがバグ報告をしているのだから。
「で、今回のロムでの映像がこれです」
 またヒババンゴがガーッと吠える。正直、さっきのバグ報告に添付していた動画と、変化したところがわからなかった。
「ね、直ってるでしょ?」
「うん、そうだね。よく聞いたら直ってる」
「だからこれは、直ってるってことで『完了』で」
「いいんだね?」
 高校生メガネがうなずいたので、僕は報告書に確認した旨を書き込み、ステータスを「修正済み」から「完了」に変更する。
「ありがとう。結局、君にバグチェックさせちゃったね」
「いえいえ。音声系は俺、得意なんで」
 ハキハキと応じて、高校生メガネは自席へ帰って行った。
 こんな仕事をしている連中なんて、うんこ製造機の僕と同等かそれ以下のクズしかいないと、最初の内は思っていた。
 だけれども、今の高校生メガネくんのように、はっきりしゃべったり、得意分野をちゃんと持って頑張って仕事をしている人たちが大多数だ。
 さっき聞こえてきた××県出身の人たちもそうだ。はっきり言って辺鄙な田舎である××県から都会に出てきて、自分の生業を得ている。
 大学を出ても、まんじりともせず、父親が死んでも特に動かず、ただただ朝の散歩と排泄だけを繰り返してきた僕よりも、人として劣っている存在はここにはいないのだ。
「野口さん、終わりました」
 僕は隣にいる、このタイトルのサブリーダーの一人、今の僕の直上の上司の野口さんに声をかけた。野口さんは暇なので、ゲームのタイムアタックをしていた。ヒババンゴが物凄い勢いでHPを削られていっていた。
「よし、死んだ。ヒババンゴ弱ぇわ」
「ヒババンゴ最初のボスですからね」
 野口さんは、ここのバイトや準社員の中では少数派の「ヤンキーっぽい見た目の男」だった。耳に大きなピアスがぶら下がっていて、明るい茶髪に染めた目つきの鋭いお兄ちゃんだ。街で会ったら、まず目を合わせたくないタイプなのだが、何故か僕とは馬が合っていた。
「ヒババンゴはもう見切ったわ」
「アンジーは?」
「あれは人間が倒せるやつじゃない」
 アンジーはヒババンゴの次のボスだ。僕は周回で何度も倒している。
「で、何? 終わったの?」
「はい。僕に割り振られた修正確認は全部終わりました」
「やったぜ」
 野口さんの口癖である。前に、アンジーを僕が代わりに倒した時にも言っていた。
「じゃあ、安藤さん手伝って。大目に振ったから」
「わかりました」
 僕が隣にいる安藤さんに話しかけようとすると、野口さんが「待って」と言った。
「もう何年だっけ?」
「2年です」
 ふうん、と野口さんは自分で聞いておいて関心なさそうに鼻を鳴らす。
「昇進せん?」
「え?」
「リーダーやってみん?」
 それを、僕は自販機がなくなったのと同じくらいの衝撃と共に受け止めた。


 翌朝の4時、僕は2年ぶりに誰もいない街を歩いた。
 2年も経てば、風景は大きく変わる。田んぼは減り、新しい家が建ち、道は整備され、コンビニが別のコンビニになったりしていた。
 「三ツ村産業」の前には、また新しい自販機ができていた。
 僕は、けれど何も買わずに通り過ぎた。
 さあ、帰ろう。そして行くのだ。
 また新しい宇宙へ。この懐かしい宇宙から。
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