お題:幸福な美術館 制限時間:30分 読者:20 人 文字数:1125字

終わらせたくないような気もする宿題
もし、あなたの望みが何でも叶うのならば何を願いますか。
「変な看板」
小さな美術館の扉には古臭い字体でそんな文句が刻みつけられていた。少年は手を伸ばしてぺたぺたと触れてみる。
「あ」
金属の感触は快い冷たさだったが、指紋がべったり付いてしまった。指紋と言うと指先だけの印象を与えてしまいかねない。少年の残してしまった痕は指先どころではなかったのだから、手形とでも言うべきだろうか。仕方ないと少年はあまり気に止めることもなく、扉を開いた。
「こんにちは、ボク。どうしたのかな」
受付の女性がにこやかに話しかける。少年は少し背伸びをして高い受付台からひょっこりと顔を出して答える。
「夏休みの宿題で、何か絵に描きたいんです。いいですか」
首から下げた画板を見せる時には、思い切り背伸びをしなければならなかった。受付の女性は勿論というように頷き、座り込んではいけない等いくつかの注意を教えてくれた。
美術館は盛況という訳でもないらしく、人の影はまばらだった。下手に注目されたりすれば終わる宿題も終わらないというものだ。少年は自分の幸運にお気に入りの歌でも口ずさみたい気分だったが、流石に気が引けて声を出さず、唇だけを動かした。
別段、何を描けという指定は教師からはされていなかった。なら描きやすいものが良い。人物や生き物はじっとしていないから描きづらい。風景はそこら中に溢れすぎていて、どこを切り取ったものやら考えるだけで夏休みが終わりそうだった。そんな訳で少年は動かず、輪郭や額縁がはっきりしている芸術品を描くべくここに来たのだった。
「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」
小声で適当にあちこちを指差し、少年は亀の形をした焼き物を描くことにした。
あまり写実的ではなく、デフォルメされた形は描きやすそうに見えて安心したのもつかの間のことだった。曲線数本で描けるシルエットは洗練され尽くしていて、少年が画用紙に同じような曲線を描いてもどうにも亀の形を為さず、ただの饅頭じみたものになってしまう。厄介なものを選んでしまったかな、と題材を選び直すことも検討したが、意地があった。そうこうしているうちに、受付の女性が「もう帰った方がいいかもしれないよ」と声をかけてくれる。閉館時間にはまだ間があったが、家に帰るには良い頃合いだった。
「まだ途中だから、また来ます」
少年が絵を隠しながらそう言うと女性は可愛らしいものを見た少女のように目を細めてくすぐったそうに笑う。
入る時に手形をべったり付けてしまった板を今度も触り、「これ、ちゃんと完成しますように」と少年は呟いた。すこし考えて、今日一番の小さな声でこう付け加える。
「今度来た時もあのお姉さんがいますように」
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