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お題:女のパソコン 制限時間:2時間 読者:32 人 文字数:1338字

独白体
 冷蔵庫から白ワインを一本、それと冷凍室から、よく冷やしたアイスキューブと光学合成剤を取り出す。グラスへアイスキューブを転がして、その上にワインを注ぎ、そこらへんにあった空の香水ボトルへ光学合成剤を入れ、アロマスティックじみて細長くつるつるしたペン状の端末を突き刺す。
 光学合成剤が溶けきるまでのあいだ、わたしはワインの付け合わせを探し、干からびたスモークサーモンを野菜室の奥のほうで発見する。
 スモークサーモンをゴミ箱へ捨てながら、わたしは彼女のことを考える。ゴミ箱のなかには彼女の筐体が入っていた箱がある。箱には "Personal Monologue Conductor" と綴られている。世にいくつの端末があれど、わたしが愛用しているのは、対話型ではなく、独話型とでもいうべき端末だ。

 ボトルから取りだして、何回か振ると、それがキックスターターの代わりになって、端末はふるえ、自立運動をし始める。そっと机の上に置くと、ペン軸を中心に円錐形に回転し、やがて彼女は現れる。

 街で走る光学機器系企業の自動車、そのタイヤに広告が投影されているのを見たことがあるだろうか。あらかじめ回転体に組みこまれたいくつもの光源が、回転の中で変色し、ひとつの像を映し出す。あれの応用技術で彼女はここに存在している。

 今日の彼女は球体。ペンが作る円錐の中にちょうど球が収まっている。ミドルスクールの頃、こういう図形の体積を導出する問題があったなと思う。ワインのグラスを傾けつつ、その表面をよく観察すると、無数の角体が密集していて、いうなればトンボの複眼のよう。仕事終わりにこの手の集合体を眺めるのはいくらか気分が悪い。でもまあ、人智を超えた異形の物体であることが多い彼女のなかでは、比較的オーソドックスな外観だ。
 独話型の名の通り、彼女に姿を変えるよう申しこんでも、その要請が聞き入られることはない。彼女の自律システムは外部と対話するようにはできていない。その裡にあるモノローグを、ただ一方的に伝えることしかできない。
 気味の悪い外観とは裏腹に、彼女は、細く、ピアニッシモの、木管楽器のような、無簧式の声で歌いはじめる。歌は無調律のようで、変拍子で、ちぐはぐな調性で、おおよそ聴きやすいとは言い難く、理解しがたく、それでも、わたしの胸になにか引っかかりを残し、そしてその引っかかりさえも消してしまおうと、自立した存在であることを証明するために、わたしの胸から消え去ろうとしている。

 頬のなかでアイスキューブを転がし、グラスへ吐き出す。

 歌はいつしか途絶え、回転する円錐はやせ細っていき、一本の棒がことりと倒れる。わたしは端末を拾いあげ、両手で握り、ボトルの上で真っ二つに折る。光学合成剤の透明なしずくがさらさら流れていく。
 端末をボトルのふちで何回か叩いて、しずくを落としきったあと、机の引き出しを開けて、端末を入れる。引き出しを閉めると、過去にわたしが手折ってきた端末たちがお互いにぶつかり合うじゃらじゃらとした音が聞こえてくる。

 本来、光学合成剤を使用したあとの端末は捨てるものらしいが、わたしは捨てきれずに、いつまでも彼女たちを机の中に封じこめている。
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