夏になると、どうにも時間の感覚が狂う。
「今、何時だろう」
ふと見上げた空は、まだオレンジ色をしていた。まだ5時にもなっていないんじゃないだろうか、そう思い、スマホを開いた。ロック画面には、過去の自分が映っていた。今日までの人生の中で1番幸せだったと思える自分だ。変えることも出来ず、そのまま残されたその画面をそっとなぞった。
「もう7時じゃん!!」
私は、感傷的になりかけた気分を振り払うように叫んだ。ブロック塀に囲まれた歩道もない道路に私の声だけが響く。塀の上で日に包まれるようにして眠っていた野良猫が忌々しげに私を見ながら走り去って行った。
「帰って、ご飯の用意して、洗濯物回して……」
私は呟く。帰り道を歩く足を早めると、コツコツと窮屈なパンプスは音を鳴らした。
「はぁ、疲れた」
スーツを脱ぎ捨て、ベッドに倒れ込む。ご飯も食べていなければ、風呂にも入っていない。洗濯物は溜まりっぱなしだし、メイクだって落としていない。
やることの多さに閉口する。一年前の自分は、毎日これをこなしていたのだ。苦痛に感じなかったのは、まだ若かったからだろうか。私はベッドから起き上がった。せめてお風呂には入らないと、と思い、重たい足を引きずった。
風呂から上がった私は、冷蔵庫を開けた。ほとんど空っぽな冷蔵庫にはヨーグルトくらいしか入っていなかった。ため息をついた。
「こんなんじゃ、ダメだよね」
私は、ヨーグルトを胃に流しこんだ。明日は買い物に行かないと。そう思いながら思いながら洗濯機を回した。大きな音を立てて回る洗濯機は、一人暮らしには少し大きい。脱ぎ捨てたスーツをハンガーに掛けた。去年は苦ではなかったことが、今は辛かった。
職場からのメールを返そうと、スマホを開いた。ロック画面を見ると、涙が溢れた。
去年の幸せな私。
「こんなに辛いのはあなたのせいよ」
今は、仕事も家事も全てが辛かった。
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