お題:彼が愛した狼 必須要素:海老のしっぽ 制限時間:1時間 読者:64 人 文字数:2955字 評価:1人

再び訪れる時を待つ
夜、部屋の電気を消して、シンクのところの蛍光灯をつけてダイニングテーブルに向かっていた時でした。
カリ・・・と、玄関のドアから音がしたのでした。
「・・・どなたですか?」
音をたてないようにしてドアに近づきそのままドア越しの状態で、声を掛けました。
しかし、ドアの向こうから声は聞こえず、慎重を期して開けてみても誰もおりませんでしたが、そこには指輪が落ちておりました。
「・・・」
私はそれを見るなりしゃがみこんでその指輪を掴み、急いで屋内に戻り、その場にへたり込んでしまいました。

玄関の電気をつけなかったため、その場は真っ暗で自分の手も見えない様な状態でしたが、感触だけで私はその指輪を確かめ、核心を得たのでした。

この指輪はあの人の指輪だ。

私には愛した人がおりました。もう一年ほどになるでしょうか。彼は居なくなってしまったのでした。

ちょっと山に行ってくるから。と言って、そのまま帰っては来ませんでした。

一日待ってみても彼は帰ってこないため、私は警察に電話して捜索願というものを出しました。山で遭難した。ニュースなどではよく聞く話でしたが、それは私にとってあくまでも他人事でした。自分の知り合い、愛している人がそのような事になるなど、それまで考えたこともありませんでした。警察を呼ぶ手が、電話を持つ手が震えていたのを今でも覚えています。

警察が家に来て、事情を聞かれ、事細かに聞かれ、それだけでも私からしてみたら大変な負担を要しました。そうして捜索隊というものが山に分け入り、彼の捜索が行われました。

「最悪の事態も想定しておいてください」
警察の人にそのような説明を受けた時、私の背筋は凍りました。

そうして幾日も幾日も捜索が行われました。途中でニュースを作っている方々などもやってきました。

しかし彼は姿を現しませんでした。

やがてその場の皆の空気感が、彼の捜索というものから、安否確認に代わり、遺体の確認に代わっても、彼は姿を表しませんでした。

山に行って遭難した、失踪した、それは本当なのか?という空気すら漂ってきた段になって、捜索は打ち切られ、潮が引いていくように人々はいなくなってしまいました。

そうして私は一人になりました。

捜索の終盤、警察の方々は言葉にはしませんでしたが、もしかしたら貴方が殺してどこかに埋めたのではないか?そのような空気を放っていたように思います。

いや、そもそも、

ぴちゃ、ぴちゃ、
「・・・」
気が付くと、私は拾った指輪を両手で握りしめて、ダイニングテーブルに座っていました。窓の外から音がして、カーテンを少し開けてみると雨が降っていました。

弱弱しい雨でした。霧雨のような弱弱しい雨でした。その雨の向こうに彼のいなくなった山が見えました。

その光景を見るうちに、私はその山に行くことを決意していました。

警察の人、あとニュースの方々は、捜索の終盤、私の事を疑っていました。殺したんではないか?

そして、そんな人が本当にいるのかどうか?と。

貴方の妄想ではないかと。

私と彼との写真は一枚もなく、似顔絵も書けない私を多くの人が疑っていました。私はショックのあまり彼の事を満足に思い出せなくなっていました。

そうして私自身、もしかしたらと、彼なんていなかったんじゃないかと、私の妄想だったんじゃないかと、

そのように考えたりもしましたが、でも、この瞬間やはり彼はいるんだと、指輪を握りしめて思うのでした。その時、手がしびれてしまうほど、私は指輪を強く握りしめていました。血が通わなくなって真白になった手のひらに間違いなく指輪はのっていました。


山道を苦労して歩いていると、途中に滝があるという立て看板を見つけました。この山には滝もあったんだ。彼は私の事を何度となくこの山に誘いましたが、私は山歩きなどに興味はないといって断り続けていました。山を歩くと疲れるし、あと虫がいるだろうし、かぶれてしまうかもしれない。そういって私は彼の誘いを断り続けていました。こんなことになるんだったら一回くらい行っておけばよかった、そんな風に思いました。

それに思い返してみると彼は、
「滝もあるんだ、いい滝だよ」
と言ったことがありました。

私は興味をひかれ滝の方に向かいました。

ついてみると、彼が言った通りたしかに滝はその場にありました。いい滝かどうかは私にはわかりませんでしたが、立派に思えました。

流れ落ちる水は澄んでおり、夏だというのに山水だからか、とても冷たく、水面はキラキラと輝いていました。

その水が飲めるかどうかはわかりませんでしたが、少し手に取って飲んでみると、生き返るような思いがしました。

近くに座るのにちょうどよい岩を見つけ、座ってあたりを眺めながら、彼は私にこういうものを見せたかったんだろうか?と、なんとなく思いました。

その場は静かで滝の音しかせず、辺りにほかの登山者もおらず、明け方に振っていた霧雨も今はもう止んでおり、

家で一人、彼の事を考えている時の静けさとはまた違う静けさがありました。心根からゆっくりとできるような、最近ずっと体験したことが無かったような時間でした。

私はその場で一人静かになにを眺めるでもなく、眺めていました。

そうしてあたりを見回しているうちに、滝の近くの岩場に動くなにかを見つけたのです。

「・・・」
それが一瞬何なのかわかりませんでしたが、しかし、よくよく見てみると間違いではないと、あれはたしかにそうだと、わかりました。

狼でした。

彼はよく山の話を私にしました。私はあまり興味が無かったのですが、それでも彼は笑いながら話すので、少しは聞いていたと思います。しかしその山に狼がいるなどと、彼は一度だって言いませんでした。

それは狼でした。

間違いなく狼。獣。

自分のこの状況をどうしたらいいんだろう?逃げるべきなんだろうか?狼は人間を食べるんだろうか?そんなことを考えていると、狼が私のもとに近づいてきました。

狼の口の中には何かが入っており、それを私の手前で吐き出しました。

それは、彼の携帯電話でした。

「・・・」
拾って調べてみると、間違いなく彼の携帯電話でした。

裏面に、私と彼が一緒に撮ったプリクラ写真が張り付けてありました。

「あなた、彼を知っているの?」
すると、狼はまるでついてきてほしいみたいに歩き出して、私はそのあとについていきました。

人には見つけられない様な山の獣道を私は狼に誘われるまま、歩いていきました。途中何度も転びそうになりましたが、しかし、彼がいるかもしれないという思いで、歩き続けました。

やがて、洞穴のようなものがあり、

その中に彼はいました。

既に骨になって、ばらばらになっていましたが、しかし、それは間違いなく彼でした。

「あなたが、食べてしまったのね?」
私は狼に問いました。

すると狼は、一鳴きしたのでした。

その後、私は、彼の海老の尻尾のような骨だけをもって、その場を後にして家に帰りました。


また、あの場所に行くことになるだろう。

そう思うのでした。
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