お題:彼が愛した狼 必須要素:海老のしっぽ 制限時間:1時間 読者:38 人 文字数:4106字 評価:1人

一匹狼
 きっかけは、エビフライの尻尾だった。
 四月、クラス内のポジション取りでみんながけん制し合う中、その子は周りの様子に構わずに、一人でお弁当を食べていた。
 しかも、かなりペースが速い。さくさくさくと、エビフライを尻尾まで一気に食べてしまう。あっという間に平らげて、スッと立ち上がると教室を出て行ってしまった。
 僕は高校に入って初めてできた友達たちをよそに、彼女のことばかり見ていた。
 硬いキチン質を、がりがりと食べきってしまう彼女のことを。
 その子の名前は、マカミさんといった。

「何だよ辻井、女子の方ばっかり見て!」
 ニヤニヤ笑いながら、ラグビー部の長崎が近づいてくる。
 今日の体育は、男子はバドミントンだ。体育館をネットで半分に区切って、隣では女子がバレーボールをしている。
 バドミントンで自分の番が来るまで、僕はボーっと女子の方に目をやってしまっていたのだ。
「あれか? 田尾か? あいつの胸、でっかいもんな!」
 長崎はそれが目的だったらしい。田尾はちょっとギャルめの、性格がきつそうな女子だ。四月の今、早くもクラスを牛耳る立場に座っている。
 でも、僕が見ていたのは田尾なんかじゃない。
「ちっ、追いつけねーよ、そんなの!」
 味方のレシーブしたボールを見上げて、田尾は悪態をつく。ボールはラインの外で大きく跳ねた。
「次はもっと手前にする」
 レシーブしたマカミさんは、端的にそう述べた。
 強いな。僕は感心する。
 こういう時、「ごめーん」ととりあえず言ったりするのがよくある反応だろう。
 だけど、マカミさんは簡単には謝らない。そう決めているように見えた。
 次もまた、マカミさんがレシーブした。宣言通り、田尾のどんぴしゃ真上にあげる。
「ッラァ!」
 田尾の急な角度のスマッシュに、向こうのチームは誰も触れず棒立ちだ。
「ナイスー!」
 田尾の差し出した手を、マカミさんは無造作に叩き返す。ぞんざいなハイタッチだが、田尾はちょっとうれしそうだった。
「ひゅーっ、見たか今? 田尾の胸ぶるんって!」
 興奮したように自分の胸の前で巨乳を表すようなジェスチャーをする長崎に、僕は「ごめん、見てない」と思わず謝ってしまった。

 マカミさんは群れない。
 田尾はバレーの授業から彼女のことを気に入ったようだが、いくら誘っても「暇がない」とマカミさんは帰ってしまうようだった。
 田尾の腰ぎんちゃくの藤島などは「なめてるよ、あいつ!」と憤慨していたが、ボスの田尾が「いいって、あれはあれで」と取り合わないので、振り上げた拳のやりどころに困っていた。
「藤島ってちょうどいいよなー」
 長崎にそう言われて、僕は「ごめん、何が?」と聞き返す。
 バドミントンの授業から、僕のことを気に入ったようだが、いくらエロ話を振られても、僕はどうにも食いつけなかった。
「付き合うのに、だよ」
 もう一回聞き返したくなったが、その前に長崎は説明してくれた。
「田尾ってプライド高そうだしさ、しんどいと思うんだよ。中学時代、大学生の彼氏がいたって話も聞くし、比べられちまうじゃん」
 僕はほとんど聞き流しながら、「それで?」と相槌を打つ。
「藤島はそういうのなさそうだし、最初に付き合う相手としちゃいい感じじゃね? 顔もそんな悪くないし、押したらかなり行けそうだし」
 うへへへ、と長崎は締まりのない顔で笑った。
 偏差値がちょっと高めのうちの高校で、こういうクラス内エロ話ができるのは、どうも長崎ぐらいのものらしい。長崎は僕を同類だと思っているが、生憎とそうじゃない。そうじゃないが、この「にわか女子評論家」の長崎は、彼女のことをどう思っているのだろうか。
「マカミ……? ああ、あの、ちょっと怖そうな子か」
 美人だよな、とうなずいた後、「でもな……」と眉を寄せる。
「田尾以上にきつそうな顔してるし、背も高いし、あのおかっぱっぽい髪型も俺苦手なんだよな」
 マカミさんは髪を耳の真ん中ぐらいのラインできっちり切り揃えている。
「スレンダーだし、あんまし興味ねえわ。やっぱ藤島だぜ、藤島」
 藤島に告白するわ、と長崎は鼻息荒く言ったが、僕は聞いちゃいなかった。
 マカミさんの魅力に気付いているのは、男子じゃ僕だけなのかもしれない。

 ゴールデンウィークが過ぎ、中間考査も終わり、六月に入ってもマカミさんは寡黙にお弁当を食べ、昼休みはどこかに行き、と独りきりで行動していた。
 その間に、僕には長崎以外にも話す相手ができ、何というかクラス内の一番居心地のいいグループを見つけて、その軒を借りてどうにか毎日を生きていた。
 ちなみに、長崎は藤島と二週間付き合ったが、長崎が体の関係を迫ったために破局していた。長崎の女子からの評価は最悪に転じている。
「藤島、あのブス、ほんとダルいわ」
 3日ほど長崎はこの状態に陥っていたが、すぐに別のターゲットを見つける。藤島のいる田尾のグループは長崎に冷淡になったので、そうじゃない文化系の梅木という女の子を狙うようになった。
「今度の球技大会で、いいとこ見せて落としてやるぜ!」
 ラグビー部だけあって、長崎は運動神経だけはいい。そういう連中に中間考査の不出来を忘れてリフレッシュしてもらうために、うちの高校ではこの時期に球技大会があるのだ。体育祭のないこの高校の、唯一の体育会系行事である。
 僕は体育会系じゃないので、まったく楽しみではない。昔から球技は苦手だ。マカミさんのレシーブした位置にいたのが田尾じゃなく僕なら、ボールを頭に当てていただけだろう。

 球技大会当日、トーナメント式のドッジボール大会にエントリーさせられた僕は、早々に敗北し、暇な時間を過ごしていた。
 別のグラウンドでは、長崎の参加しているサッカーが行われており、そっちは勝ち進んでいるようだ。長崎も、噂では一点決めたらしい。
 それを観戦しに行く気もなく、僕は一人静かな校舎の隅、人気の少ない階段に腰かけてボーっとしていた。
 マカミさんの出ている競技を見たかったのだが、生憎と試合の時間が被っていた。バレーボール、きっと活躍していることだろうな……。
「辻井」
 不意に背後から声を掛けられて、僕はびくりとした。その声に、僕が呼ばれるとは夢想しても現実になるとは思っていなかったから。
「ま、マカミさん……」
 薄暗い廊下に、マカミさんは立っていた。つかつかと僕に歩み寄り、隣に腰を下ろした。
「ど、どうしたの……?」
 試合は、と尋ねると「負けた」という。
「そ、そうなんだ。マカミさん、上手いのに……」
「ひとりじゃ勝てないから」
 端的に言って、マカミさんはじっと正面を見据えている。制汗剤と、汗のにおいが少しして、僕はどきりとなった。
「あ、あの……」
「辻井はずっとわたしを見ているよね」
 今度こそ僕は飛び上がるところだった。
「どうして?」
 マカミさんの横顔からは、何も読み取れない。それこそずっと見ているのに。
「エビフライを、尻尾ごと、食べてたから、かな……?」
 ようやくこっちを見てくれたが、その目には疑問の色が浮かんでいる。
「それだけ?」
 黒目の中の僕は、顔を逸らした。
「いや、そのさ、マカミ……」
「エビフライだと、海老のしっぽは捨てられてしまうでしょ?」
 弁解しようとする僕にお構いなしに、マカミさんは続ける。僕はしょうもない自己弁護を引っ込めて、話を聞くことにした。
「いらないものじゃないのに。あの中にも身が詰まってるのに。栄養も多いのに。もったいない」
「そ、そうなんだ……」
 僕らの間に静寂が流れた。手の平に汗がじんわりと浮かんできて、僕は体操着のズボンでそれを拭いた。
「さっき、何か言いかけてたけど?」
「え、あ、さっき?」
「何?」
 いや、大したことないよ。僕は愛想笑いを浮かべた。
「大したことないって、そういうことはないでしょう? 口に出そうとしたのだから、伝えるべきだと判断したはず」
「ご、ごめん……」
 謝らないで、とマカミさんはじっと僕を見てくる。
「マカミさんは、その、強いなって、思って……」
 じっと見たまま、マカミさんは右に顔を少し傾けた。
「ずっと、独りでいられるし……。僕なんてさ、ほら、居心地のいいとこ探して、右往左往っていうか、今日もそうだし、結局その、うるさいとか、球技とか、そういうの嫌だけど、こうして逃げてしまっていて、だから……」
 全然まとまらない僕の言葉に、いちいちマカミさんはうなずいてくれた。
「それで?」
「強いから、強い人を見ていたくて、僕はマカミさんを、ずっと見ていたんだと思う」
 マカミさんは僕から視線を外した。またジッと正面だけを見るモードだ。
「ご、ごめん……気持ち悪かったね……」
「簡単に謝らないで。自分を自分で惨めにするだけだから」
 やっぱり、いちいち強い。
「独りでいるのは、強いこと?」
 本当にそう? マカミさんは立ち上がった。
「一匹狼と言うけれど、本当は狼は群れで暮らす動物。一匹狼は、ハグれてしまったの」
 僕は座ったまま、彼女の顔を仰ぎ見た。
「わたしが独りなのは、群れに入る方法がわからないから。わたしが独りなのは、愛想というものがわからないから。わたしが独りなのは、わからないことから逃げているだけ」
 藤島は偉い子だ、とマカミさんは言った。
「あの子がクラスで一番偉い。わたしのわからないことを、よく知っている。だから、男の子とも付き合える」
 その藤島から一時憎まれていたことを、マカミさんに伝える必要はないだろう。付き合った男が、下半身と脳みその直結したしょうもないヤツだってことも。
「わたしにはできない」
 僕とは恋愛できないという婉曲表現に聞こえた。
「マカミさんは、そのままでいいよ」
 また彼女は顔を傾けた。僕は重ねて言った。
「そのままで、いいと思うよ」
「……ありがとう」
 マカミさんは、そこで初めて笑ったのだった。
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