お題:知らぬ間の宇宙 必須要素:丑三つ時 制限時間:1時間 読者:1593 人 文字数:2498字

夏夜観測
夏の夜。一人で住宅街を走る。
それだけで普段と世界が違った。それは、冒険だった。

右手には天体観測セットが入ったトートバック。
課された宿題である星の観測は今すぐ上を見ればよかったのだけれど、別の場所でする事に決まっていた。

曲がり角。薄ぼんやりとした照明にカーブミラーが照らされる。
映る影は無くとも、幼い僕にはどこか怖い物を感じていた。
息は上がるのに、疲れがどこか遠い。じわりとした夏の夜気は興奮へと繋がっている。

幼馴染の黒川千穂と合流したのは小学校の前だった。
眼鏡越しの視線で僕を見ながら「いくよ」とだけ呟く。
元々、一人で行くつもりだった。冒険は一人でするものと思っていた。
一年上の女の子に手伝ってもらうというのは気恥しかったが、母親が勝手にそう決めてしまっていた。
だから、この小さな冒険には千穂が加わる。
残念な思いもあったけど、夜が帯びる何とも言えない怖さに対しては、この上ない安心も感じていた。

千穂は先に歩いていく。仲が悪い訳ではなく、あまり喋らないだけだ。
彼女はゲームもしないし、家に遊びに行った事はここ一年くらい無い。

駄菓子屋の前を抜ける。大きな豪邸(誰の物かを未だに自分は知らない)の長い壁の横を抜け、何も通らないアスファルトの歩道を進む。
「どこへ行くの?」と僕が聴くと、「下野田の工事現場」と千穂は答える。
二年くらい前から現れた、巨大な工事現場の事だ。
田舎の街に突如現れた風景に皆は驚いたが、半年、一年と経過しても何も変わらないその場所に、興味はどんどん薄れて行った。
今では、休日の子供の遊び場にもなっているくらいだ。
あの場所くらいなら自分でも行けるよ、と言うと「危ないじゃない」と母親のような答えが返ってきた。

車が通過する。ヘッドライトは一瞬だけ僕らを照らし、一秒の強い風を残して消えていく。
夏の夜。昼に大合唱していた蝉の音はどこに消えたのかと思うほどに、周囲は静かだった。
もう時間は12時に近い。こんな時間まで起きているだけでも冒険だった。

歩いたのは十数分くらいだったかもしれない。
巨大な鉄塔の下、周囲には田畑が増え始め、いよいよ寂しい風景になってきた。
電信柱の明かりだけが頼りだけど、その間隔はどんどん開いていく。
太陽が隠れても空気は熱を帯び、額にはじっとりと汗が滲んでいく。

「ついた」
千穂は相変わらず言葉少ない。さっさと終わらせて帰りたいのかもしれないけど、暗くて表情は分からない。
とにかく重要なのは、僕らが工事現場についたと言う事。
そして頭上には、僅かな電線に区切られつつも、遮蔽の無い星空が広がっているという事だった。
後は夏の星を見て、帰るだけだ。
あっけないなと僕は内心、残念にも思う。

バックから出した、安っぽい観測キットを取りだした。
千穂が珍しそうにそれを眺め、たとだどしい僕の手順を時々手伝う。

小さな望遠鏡は星を捉えた。僕はノートに書き込む。
千穂は肉眼で星を眺め、次の見るべき星を指差していく。
そうするうちに、やるべき課題はものの5分で終わる。

バックへノートをしまい、教材を雑にしまう。
千穂はその間もその後も、黙々と夜空を眺めていた。魂でも抜けてるかのような雰囲気だった。
「帰るよ」と僕が言っても、反応が無い。

僕としてもすぐに帰るのは、どこか勿体ない気がしていた。
こんな夜中に、親のいない状態で出歩くなんて、夏祭りくらいしか無いのだから。
千穂のことを放っておいて、僕は周囲を歩く事にする。
高く盛られた砂利の山。土を掘り出す重機。人がいたのを誰も見た事が無いプレハブの事務所。
千穂の位置を時々気にしつつ、僕は見えない地面へ足を突きだしていく。

砂利山の3つ目を登った時だった。
その斜面、千穂から見えない場所が淡く緑色に光っていた。
蛍の光が100個くらい集まったら、こうなるかもしれない、そんな光だ。

僕は近づこうと斜面へと横向きで足を踏み出す。
砂利は音を立てて、足の下を転がっていく。
そのまま左足が滑って止まらず、僕は恰好悪く転んでいた。
転がる視界。砂利と星が交互に視界を駆け抜けていく。
その景色の最後に。僕は光へと体ごと落ちて行った。

・・・・・・

目を開けると、そこは宇宙船だった。
宇宙人の船ではない。たぶん、スペースシャトルだ。テレビで見た事がある、気がする。
丸い窓からは一面の宇宙と、小さな青い惑星が見えた。
ふわふわと浮く体を、僕は壁の取っ手に捕まる事で支えている。

どこへ向かっているのかは分からない。ただ、窓からの惑星はどんどん小さくなっていく。
やがて青の惑星は消え、周囲の景色もどんどん加速していく。
僕は途方も無い不安を憶えた。帰れない、ただその一点だけで恐怖に震えていた。

その時、ぷしゅぅ、という空気の音と共に扉が開く。
何故か光が強くて誰かが分からない。ただ、そのシルエットは明らかに人ではなく……。

・・・・・・

「たーくん。起きて、起きて」
頬が痛かった。誰かの毛らしきものが額に当たってくすぐったかった。
目を開けても、暗くて何も見えなかったけど、何度も頬を叩いているのが千穂だとは分かった。
ゆっくりと意識が戻っていく。背中に当たる砂利の感覚は少しずつ痛みに変わっている。

「起きた? 大丈夫?」
千穂は力づくで僕の体を起こす。星明かりの下、眼鏡のフレームだけが光を反射していた。
大丈夫と答えると、小さく息を吐いた。「良かった」とだけ小さく呟いた。

「どうしたの?」と聞かれても、頭上の星空の先にいたと答えた所で、多分信じてもらえないだろう。
あの緑色の光は消えていたし、僕自身、あれが夢か現実かも曖昧だった。

「帰るよ」
それだけを千穂は短く言った。
ぼんやりとしている僕の手を握り、立ちあがらせ、そのまま歩き出した。
恥ずかしいから離してと言っても、答えも行動も何も無かった。

夏の夜。熱を帯びた空気に足音だけが響く。
頭上には、何光年の先から届く輝きが微かに散らばっていた。
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