お題:夜の母 制限時間:15分 読者:49 人 文字数:1078字

一夜の邂逅
私の家は母子家庭でした。
小さい頃から母と2人、薄汚れたアパートで暮らしていました。
貧しい暮らしでしたが、自分が不幸だと思ったことはありません。
冬の寒い夜など、母が私の小さな手を両手で包み込んで温めながら、昔話などを聞かせてくれました。
そうして母に包まれているのが、私は好きでした。

或る夜、見たこともないような立派な車が、私を迎えにきました。
見知らぬ大人に促されるまま、私は車に乗り込みました。
母は黙ってその様子を見ていましたが、その面は悲しそうでした。
やがてやはり見たこともないような広い庭を持つ豪邸につれていかれました。
車が門を潜り本館につくまで、5分ほどかかったと記憶しております。

広すぎて落ち着かない、寒々しささえ覚える畳の間に連れていかれ、しばし待たされました。
やがて1人の女性が私を尋ねてきました。淡い色の着物に身を包んだ、細面の、美しい女性でした。

その女性は、私に様々な質問をしてきました。
「学校は楽しいですか?」
「はい、とっても楽しいです」
「好きな教科はなんですか?」
「図工の時間に絵を描くのが好きです」
「お勉強はお嫌いですか?」
「あまり好きではありません」

私が頬を赤らめて応えると、女性は慎ましやかに笑い声をあげました。
不思議と嫌な気はしませんでした。

とりとめのない会話が続き、最後に女性はこう尋ねました。

「…あなたは、お母さまがお好きですか?」
「はい、母は僕を育てるために、寝る間も惜しんで働いてくれています。感謝していますし、ええと、と、とても偉いと思います。大好きです」

拙い語彙で精一杯母への敬愛を伝えると、女性は寂しそうな顔をしました。
やがていとまを告げ、女性はがらんとした和風の間から去り、私も帰されました。
大きな屋敷から元のボロアパートへ戻され、元の生活がまた始まりました。

あの謎の女性は私の本当の母ではなかったか、と思うようになったのは、大分後のことです。
その頃には一緒に暮らしている母が、自分の本当の母ではないことに気づいていました。
それを知ったところで、私の母への想いはなんら変わるものではありませんでした。
実の息子以上の愛情を注いで育てられた、と今でも思っているからです。

その母もなくなり、今は先祖代々の墓地に眠っています。
あの謎の女性は誰だったか、その後私は知ろうとも思いませんでした。
あの邂逅は一夜の奇妙な夢だった、と思うことにしています。

先祖代々の墓に眠る”母”の息子であることを誇りに、私はこれからも生きていくことでしょう。
作者にコメント

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
作者:ミズノガク@即興小説82日 お題:君の豪雪 制限時間:15分 読者:5 人 文字数:433字
雪。いつも見ているはずの雪。なのに。雪を、こんなにも強く感じるなんて。北国生まれ、北国育ちの俺にとって、雪は当たり前のようなものだ。言わば、なくてはならない水や 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:あにぃぃ お題:君と絵画 制限時間:15分 読者:5 人 文字数:757字
もうどれくらい経っただろうか。君とこの地へ逃げてから。いや、逃げてきたのではない。希望して、期待してこの地に辿り着いたのだ。この青い空に、この白く大きな雲に、そ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:永遠の血液 制限時間:15分 読者:1 人 文字数:300字
白浜に引き出された男は来たる時を待っていた。白装束に身を包み、読み上げられる書状。「罪状。人魚の血を飲んだと触れ回り、数多の人々から金品を詐取したこと。これによ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:日ノ宮理李はそこそこ歩いてる。 お題:純白の螺旋 制限時間:15分 読者:19 人 文字数:784字
螺旋階段の魅力にはまった親が作ったのは、螺旋階段を主軸にしたデザインハウス。階段のまわりにぐるぐると部屋が分かれてるから非常に効率が悪い。 真ん中にエレベータ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:腐った殺し屋 制限時間:15分 読者:3 人 文字数:507字
僕は人を殺したことがない。 僕は善良な一般市民だ。法律で裁かれたことがないという点では。普通の家庭で、普通の大学に入って、普通に就活をした。 僕は、殺し屋だ。 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:ダツ=D・U=脱衣拳 お題:猫の孤独 制限時間:15分 読者:11 人 文字数:1222字
いつの時代も、猫を主役にした物語は多い。なぜであろうか。おそらく、人間は自由気ままにあちこち動く猫が羨ましいのだろう。自由ではない人間が、自由である猫に敬意を 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:破死竜 お題:寒い人間 制限時間:15分 読者:17 人 文字数:1047字
私は、”冷血動物”とあだ名されているが、ことさら人に冷たくしているつもりはない。 ただ、他人に熱が、興味が無いだけである。 「先輩、昼飯、一緒に食いに行きまし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:akari お題:うへへ、成功 制限時間:15分 読者:6 人 文字数:976字
「ただいま!」 勢いよく扉が開く音に思わず私は目を覚ます。炬燵の天板から顔を上げると、うきうき顔の早紀がコートをハンガーに掛けていた。どうやら私の知らぬ間に外に 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
未完 ※未完
作者:水多 お題:俺と絵画 制限時間:15分 読者:38 人 文字数:849字
その絵画と初めて出会ったのは、去年の夏休みののとだ。 気恥しいからやめろという俺の手を、無理やりひっぱる親父につれられて行った、フリーマーケット。 その片隅に 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:岡田朔 お題:俺と絵画 制限時間:15分 読者:29 人 文字数:709字
目の前のキャンパスに向かうこと十五分。全く何も浮かばない。時計の針は回転し続け、俺から命を奪っていこうとしている。比喩ではない。文字通り命を奪われようとしている 〈続きを読む〉

いしゅとの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:昼間の少数派 制限時間:15分 読者:12 人 文字数:793字
僕はいついかなる時でも、少数派である。クラスの皆が絶賛するクラスメイトの女子を、どうしても好きになれない。それよりも隅の机でいつもひっそりとしている、目立たない 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:馬鹿な交わり 必須要素:宇宙人 制限時間:30分 読者:7 人 文字数:1627字
「禁忌倶楽部」―毎週末、都内の路地裏でひっそりと営まれる喫茶店に於いて、こじんまりと開かれる会合がある。性的少数者の集い、といえなありふれたものに聞こえるが、大 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:優秀な血液 制限時間:15分 読者:13 人 文字数:1295字
「ははは、とうとう追いつめたぞ、邪竜め!」数多の悪業を重ねてきた邪竜の前に現れた二人の人間。剣を構えるやたらと偉そうな男、とその従者然とした少女。「この聖剣に選 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:愛と死の別居 制限時間:15分 読者:14 人 文字数:804字
一度目に百合絵を父に紹介した時は、言下に結婚を反対された。私と百合絵が血のつながった兄妹だと知らされたのは、二度目に直訴した時だった。父を問い詰めに問い詰め、貝 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:進撃の水たまり 制限時間:15分 読者:17 人 文字数:852字
水たまりを眺めていたら、水の鏡に映った自分が突然動いたので、陽子はびっくりした。「え…なんで!?」「はじめまして、現実世界のわたし。私は水の世界のあなた」しかも 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:悔しいパラダイス 制限時間:30分 読者:20 人 文字数:1660字
とある帝国に、新帝が即位した。新帝は合理主義者で、夢想が嫌いで、野心が旺盛だった。「強大な武力と豊かな財政、我が帝国にはそれだけがあれば良い。国に何の益ももたら 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:美しい衝撃 制限時間:15分 読者:27 人 文字数:1031字
彼女は退屈していた。町の名家に生まれ珠のように美しい美貌の彼女は、生まれつきすべてを持っていた。彼女に言い寄る男は数知れなかった。しかしその誰もが、彼女の眼には 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:東京の強奪 制限時間:15分 読者:21 人 文字数:877字
アパートにつくと、お兄ちゃんはまだ帰っていないみたいだった。合鍵をポケットから出して、ドアを開けた。どうせ部屋の中は散らかり放題だろうし、帰ってくるまでに掃除を 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:ナウい博物館 制限時間:15分 読者:33 人 文字数:847字
流行の移り変わりはあっという間だ。昨日流行っていたものが、今日には古臭くて見向きもされないなんてことは珍しくもない。この博物館は今現在の流行品ばかりを取りそろえ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:いしゅと お題:トカゲのエリート 制限時間:30分 読者:31 人 文字数:1601字
トカゲと呼ばれる忍者がいる。周囲と同化し、存在感を消し、その存在を何者にも悟られることがない。対峙した標的はトカゲが目の前にいることにも気づかないまま、いつの間 〈続きを読む〉