お題:小説家の娼婦 必須要素:美しい情景描写 制限時間:1時間 読者:50 人 文字数:3379字 評価:0人

自称名探偵戸川あゆみ 登場する「彼女」

 「私の小説に登場した彼女に、すべての遺産を相続させる」

 見せられた遺言状には、そう一言だけ書かれていた。
「……これだけですか?」
「ええ、そうよ」
 小説家・ひじりつばさの問いに、美都子はうなずいた。
 推理作家の早田セイが亡くなったのは、一週間前のことだった。葬儀も済み、片づけをしていたところ、これが出てきたという。
「ひじりさん、あなたはセイと親交がありました。何か聞いていませんか?」
 セイと付き合っていたという美都子に呼び出された、作家仲間のひじりつばさは「いやー」と曖昧に言葉を濁す。
 親交があった、と言われても。ひじりつばさは内心で頭を抱えた。ひじりつばさはジャンル的には純文学、ミステリ畑の早田セイとは確かに出版社のパーティーで面識はあったが、それ以上の付き合いはない。この美都子とも、あのパーティーが初対面で、今日が二回目の顔合わせだ。
 それ以上に、ひじりつばさを悩ませている問題がある。
「て言うかさ、あんたが連れてきたやつとか、証人になるわけないじゃん」
 美都子の向かいに座る、派手な女が口を挟む。喪に服すようなモノトーンの色合いの美都子に対し、こちらの女は派手な金髪にパステルカラーの服を着ていた。日サロで焼いたらしい小麦色の肌で、ネイルもばっちり決めている。
「あなたは口を挟まないで!」
「は? 何で? あたしもセンセーと付き合ってたし」
 早田セイは独身であった。母親を早くに亡くし、女兄弟もいない。彼が遺言しそうな「彼女」は、付き合っていたと主張する二人に絞られている。
 一人が美都子、もう一人が派手な女――アキである。
「付き合ってたって言うけれど、あなたデリヘル嬢でしょ? セイとは恋愛関係じゃなくて、客同士の関係だったんじゃないの?」
「はぁ? デリ嬢なめんなよ!」
 声を荒げて立ち上がるアキを、ひじりつばさは「まあ、まあ」となだめた。
 普通に考えれば、美都子さんだよな。ひじりつばさは、この話を聞いた時からそう考えている。しかし、そう告げてアキは収まるだろうか。どうも血の気が荒いようで、セイの葬式の時も暴れたという話も聞く。穏便に済まさねば、美都子の身も危ない。
「つーかさ、あんたどうせあたしのこと違うって思ってんしょ?」
「え、いや……」
「当然です。わたしとセイの関係を証言してもらうために来てもらったのですから」
 にらみ合う二人の女を見て、ひじりつばさは内心頭を抱えた。
 どこかに、この状況をすっぱり解決してくれるような名探偵はいないだろうか……。


「というわけで、ひじり先生の依頼でやってきました。名探偵の戸川あゆみです」
 よろしく、とペコリと頭を下げたのは、鹿撃ち帽をかぶった小柄な少女だった。高校生のように見えるが、話によれば女子大生、それもひじりつばさの大学の後輩だという。
 結論は出せない、とひじりつばさは一旦話を棚上げした。そして帰宅後、すぐに連絡したのがこの戸川あゆみである。母校の大学でひじりつばさが講演した際に起きた事件を手早く解決してみせたという女子大生探偵は、美都子とアキの顔を交互に見た。
「ガキじゃん? わかんの?」
「もちろん。ボクは名探偵だからね」
 20歳になろうという女子大生が使うには厳しい一人称を使って、あゆみは小さい胸を張る。
「まあ、茶川賞作家のひじり先生の言うことですから、わたしは信用します」
 神妙な顔で美都子はうなずいた。
「弁護士の先生も来てくれたようですし」
 と、そう言ってあゆみの背後に控える中年女性を一瞥する。こちらは松田という名で、ひじりつばさが懇意にしている出版社の顧問弁護士であった。
「わたしは推理の立会人です。こちらの小さな探偵さんが、どうしても今回は女性の弁護士がいいとおっしゃるので……」
 松田は無表情に言った。あまり動揺を顔に出すタイプではないようだ。
「松田さん、そんなに緊張しないで」
「していますか?」
 あゆみは松田の右手を指した。
「さっきから手汗をしきりにぬぐってるよね?」
 松田は一つ大きく息をついた。
「ええ。これからかなり珍妙なことが起きるので、ドキドキはしています」
 珍妙なこと、という言葉にアキは薄い眉をしかめ、美都子の表情はますます影が色濃くなる。
「それほど珍妙なことってわけじゃないんだけど……」
 さて、とあゆみは再びアキと美都子の顔を見回す。
「とりあえず、服を全部脱いでもらえますか?」


 この二日前、ひじりつばさは弁護士の松田を伴って、戸川あゆみの下を訪ねた。
「……というようなことがあって、困ってるんだよ」
 どうだろう名探偵さん、と言われてあゆみは「うーん」と難しい顔をした。
「早田セイ先生、だっけ? ボク読んだことないんだけど……」
「おや、推理小説がお好きなのでは?」
「ボクは馬酔木トロイ先生が好きなんだよ。『缶詰作家蒸発事件』とか……」
 松田の問いに、あゆみは「日常の謎的なやつが多いし」と言い足した。
「早田先生は旅情ミステリが多いからね」
 デビューして5年、32歳の若さでこの世を去った早田セイは、古典的な時刻表トリックと地域性のある題材を使うことで、徐々に名前を知られ始めていたところだった。正に「これから」というところの作家だったのだ。
「一応、早田先生の作品をすべて持って参りました」
 松田は出版された5冊のハードカバーを机の上に載せ、その上に遺稿のデータが入ったタブレットを置いた。
「早田先生は闘病しながらこのタブレットに入れた原稿を書かれていました。遺書の日付からして、恐らくこの遺稿となった作品に登場する『彼女』こそが、相続人になるのでしょうが……」
 松田はちらりとひじりつばさを一瞥した。
「この遺稿、『殺意の紅葉』には女性の登場人物が一切出てこないんだよ」
 遺稿は殺人事件の起きる導入部までしか書かれていない。ヒロインがいる構想だったそうだが、アキや美都子をモデルにしたかどうかまでは判断できない。生前に出版された5作品に登場する女性も、それは同じだった。
 タブレットを手に取り、あゆみは遺稿を目で追っていく。そして「うーん……」と唸った。
「どうしました?」
「あのさ、福山県って実際あったっけ?」
「ないね」
 だよね、と少し安心したようにあゆみはうなずく。
「『殺意の紅葉』は、架空の都道府県を舞台にした作品だそうです。晩年はあまり取材にも行けない様子だったので、想像で情景を描写していたそうですが……」
 情景か、とあゆみは眉間にしわを寄せる。
「……わかったかもしれない」
 え、とひじりつばさと松田は顔を見合わせた。
「ただ、それを確かめるにはひじり先生はついてきちゃダメだ。松田さんはいいけど」
「え、どうして?」
「だって、ひじり先生って昔は官能小説家だったんでしょ? そういう人はダメかなって」
「職業差別じゃないか!」
 確かに、ひじりつばさは以前、馬並聖翼の筆名で団地妻ものの官能小説を書いていたことがある。そのことは所謂「黒歴史」で、ほとんどの人間が知らない。
「差別じゃないよ。だって――」
 二人に全裸になってもらわないといけないから。あゆみはにっこりと笑った。

「結局、アキさんだったのか」
「うん。二人とも納得してくれたよ」
 あゆみは屈託なく笑った。
 謎解きのあと、あゆみはひじりつばさを呼び出し、報告を兼ねて食事を共にしていた。
「後の処理は松田さんがやってくれるって。と言っても、遺産とかはあんまりなかったみたい」
「だろうね。闘病中だったし、そこまで売れてたわけじゃない」
「多分ね、証明が欲しかったんだと思うよ。アキさんも、美都子さんも」
 どちらが本当に早田セイに寄り添っていたのか、その証明が。あゆみはどこか遠くを見るような目でそう付け加えた。
「で、決定的だったのは結局何だったの?」
「福山県の情景描写だよ」
 「殺意の紅葉」に登場した架空の土地、福山県。そこは二つの高い山と、そこから離れた丘陵地帯にある湖、そしてその向こうの森林からなる。
「これは女の人の体だった。そして――」
 美都子の胸は、高い山とは言えない大きさだったとあyは言った。
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