お題:真実のラーメン 必須要素:うへへ 制限時間:1時間 読者:56 人 文字数:3749字 評価:4人

真実のラーメン選手権
 ラーメンはいつの間にか、高尚なものになってしまったのかもしれない。
 空前のラーメンブームは、全国にたくさんのラーメン屋を開店させてきた。現在では、人口の7倍近い数の店舗があるという。
 7億もの店舗の中で個性を発揮するために、それぞれのラーメン屋たちは過激な方向へと走り始めていた。高級食材を惜しげもなくトンコツや魚介スープに叩き込み、はては調理する姿すらエンターテイメントにしてしまう。
 そんなラーメンの未来に危機感を抱いたのは「うへへ亭」の若き店主・形而上マナブである。
 こんなものはラーメンじゃない。進化でもなければ進歩でもない。
 そういったラーメンを打破するべく、マナブはラーメン界で最も栄誉ある選手権大会「真実のラーメン決定戦」に出場を決意する。
 一次予選ではスープの海を泳ぎ、二次予選では麺の上を渡り、三次予選では具の中をかき分けて、並み居る強豪ラーメン職人を押しのけ、マナブは遂に決勝の舞台へとたどり着く。
 決勝の内容はごくシンプル、「真実のラーメン」を作り上げること。
 マナブは、自らの信じる「理想」を「真実」とすべく、調理に取りかかった。

「さあ、始まりました! 第三回・真実のラーメン決定戦決勝! 今年も全国7億6000万店の頂点を目指して、選ばれた4人の職人が調理を行っております!」
 決勝に残った4人は、マナブも含めて、全員が黒い作務衣姿で頭にタオルを巻いた「ラーメン・マイスター・スタイル」である。数々の過激なパフォーマンスを行ったり、凝った内装を施したりした店も多いが、ラーメン屋の店主はこの格好を外さない。これでなければ、白い割烹着の「クラッシク・ラーメン・スタイル」であろう。
「ああっと、1番キッチンにご注目ください! 炎が、炎が上がっております!」
 パフォーマンス系ラーメンではナンバーワンとの呼び声高い、穂村ホノオの「大炎上クッキング」である。惜しげもなく使われた最高級黒豚の脂が飛び散ることで、コンロはおろか調理台や鍋も燃え盛る。ちなみに穂村は、このパフォーマンスのせいで自分の店を5度失っている。
「ついで隣の2番キッチン……おお、これは怪しげな植物が繁茂している!」
 2番キッチンで調理をするのは、薬物系ラーメンの第一人者・ミスターLSDだ。スープに脱法ドラッグを大量投入し、客を中毒にすることで通わせるイリーガルなスタイルをとる。今回はドラッグではなく、幻覚作用のある植物を使うつもりのようだ。ちなみに彼は、違法ドラッグの所持で収監経験もある。
「そして3番キッチンでは……あーっと、何ということだ!」
 実況は驚きの声を上げた。3番キッチンには大量の調理機械が持ち込まれていたのである。
「このラーメン大春秋戦国時代では、手打ちの麺が当たり前! そんな中、全部を機械で済ませる業界の異端児が、今正にラーメンを冒涜するような調理を行っております!」
 3番キッチンで機械を操作するのは、今決勝の紅一点・ソニー松芝である。料理が壊滅的にできないことで婚約を破棄されたことがあるという彼女は、「それならば全部やってくれる機械を作る!」と言い出し、ラーメンを自動的に作り出す装置を開発したのだ。ちなみに、今年29歳で彼氏はいない。
「そして、4番キッチン! この大会に殴り込んできたあの男は――!」
 形而上マナブの様子を見て、実況は絶句した。
「なんと、まだ何もやっていない!」
 これが俺のやり方だ、と言わんばかりの腕組みと仁王立ち。ちなみに、これは彼の店である「うへへ亭」に貼られたポスターとまるっきり同じポーズであった。
「正に、四者四様のこの決勝! 一体どんなラーメンが飛び出すのかー!」

 ここから、第三回真実のラーメン決定戦決勝は波乱の展開を見せる。
 まず、第1キッチンの穂村ホノオの「大炎上クッキング」が、第2キッチンのミスターLSDが持ち込んだ植物に引火、2つのキッチンは全焼した。
 更に、第3キッチンのソニー松芝の持ち込んだ機械類が、隣の火事の熱で不具合を起こし機能停止。途方に暮れたソニー松芝は「とっておきの秘策を出すしかない」と遂に自らの手で調理を行う。
 一方、穂村ホノオはキッチン全焼の責任を取らされる形で失格。ちなみに、彼が火事を理由にこの大会の決勝を失格となるのは、二年連続のことである。
 そしてミスターLSDは、持ち込んだ植物が法的に許されていないものであったことから、薬物所持の現行犯で逮捕、そのまま護送されていった。ちなみに、彼が薬物所持を理由にこの決勝から姿を消すのは第一回大会以来のことである。
 この混沌とした状況の中で、形而上マナブも遂に動く。残り時間10分で、何やらスープを作り始めたのだ。
「おーっと、ここで『うへへ亭』から来た新星、形而上マナブが動いたぞ! 果たして実食に間に合うのかー!?」
 間に合うさ。
 形而上マナブはうへへと笑う。最早、真実のラーメンは俺の手の中だと言わんばかりに。

「さー、実食タイムです! 今年も5人の『カリスマ・ラーメン・ライター』のみなさんに審査していただきます!」
 いずれもでっぷりとした「カリスマ・ラーメン・ライター」たちは、背脂よりもギトギトした視線で舌なめずりをした。
「まずは、第3キッチンのソニー松芝さんから!」
 どうぞ、とソニー松芝が出したのは、誰もがよく知るあのラーメン――いや、正確にはラーメンではなく麺類であった。
「カップヌードルです。わたしが、唯一作れる料理」
 実況は絶句してしまったようで、「えーと」と言葉を探している。「カリスマ・ラーメン・ライター」たちも、困ったように顔を見合わせた。彼らはいずれもラーメンとだけ恋愛をしてきた男たち、ソニー松芝が女であるために扱いあぐねているのである。
 つまりは、彼女が男であったなら「馬鹿やろう!」と一喝しているところであった。
「えーと、その、インスタント食品は、失格なんですが……」
「そんな! インスタント食品にも、真実のラーメンたる資格はあります!」
「見苦しいぞ、ソニー松芝!」
 後ろからそう怒鳴りつけたのは、形而上マナブであった。
「飯マズ女は退くがいい、この俺が真実のラーメンを見せてやる」
「飯マズじゃないし! ちょっと料理できないだけで……」
 抗議するソニー松芝を横目に、形而上マナブは自分のどんぶりを繰り出した。
「これが俺の、いや全宇宙が納得する真実のラーメンだ!」
 ドン、と置かれたそれを見て、実況が「あーっと!」と叫ぶ。
「あーっと、これは、これは……えー、その……」
 「カリスマ・ラーメン・ライター」たちも困惑の表情だ。カップヌードルよりも場違いなものが、そこにはあった。
「おいおい、『カリスマ・ラーメン・ライター』ともあろう方々が、わからないのか?」
 形而上マナブは挑発するように言った。
「このラーメンこそが、真実! ブディズムで言うところの、『空』! 空は空、すべては空だ!」
 形而上マナブの言葉通り、どんぶりの中にはスープしか入っていなかった。ちなみに、マナブが引用したのは聖書の言葉であり、仏教は関係ない。
「この琥珀色のスープを見ろ! これを見るだけで『カリスマ・ラーメン・ライター』たち、そうでない愚民のラーメンイーターたちも、みんな思い浮かべることができるだろう! 自分たちが食べてきた、すべての麺を、具を、それらがハーモニーしたラーメンという宇宙を――」
 「空」であるがゆえに、この世のあらゆるラーメンを内包できるのだ、と形而上マナブはうっとりとした視線で空を見上げた。
 なるほど、と納得した様子で「カリスマ・ラーメン・ライター」の一人が、そのどんぶりを手に取る。そして、スープを一口飲んだ。
「げぼぉっ!?」
 そして吐いた。
 会場にどよめきが走る。実況はみたび言葉を失い、ソニー松芝はもらいゲロをしそうな表情で口元に手を当てる。ちなみに、病院に運ばれた穂村ホノオは火傷が痛そうで、ミスターLSDは取調室でカツ丼を要求していた。
「な、なんなんだこれは、とても飲めたものじゃない……!」
「そりゃあそうだ」
 会場で一人涼しげな顔をしている形而上マナブは、スープを吐きだした「カリスマ・ラーメン・ライター」を見下す。
「それは絵の具で色を付けたからな。食べられるようには作っていない。あくまで、人の頭の中で蘇るのが真実のラーメンだからだ!」
 勝ち誇ったように、形而上マナブは宣言した。

 第三回真実のラーメン選手権。この大会の優勝は、結局カップヌードルとなった。
 カップヌードルの発売元に賞状と賞金は贈られ、ラーメンブームは少し落ち着く格好となった。
 翌年の第四回大会では、「大炎上クッキング」を封印した穂村ホノオが悲願の優勝を果たす。
 ソニー松芝は公衆の面前で吐いてしまったものの、恋人を見つけてラーメンから手を引いた。
 ミスターLSDは脱獄し、今は南米に飛んだという噂である。
 そして、形而上マナブはというと、あの敗北によってラーメンから足を洗い、今はうどんを打っているという。
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