お題:少年の虫 制限時間:30分 読者:67 人 文字数:1225字
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蛹の期間
 虫かごに入った虫は、子どもの期待するほどに動いたりしなかった。その甲虫は、プラスチックで囲われたその空間が永遠の安置であることを悟ったのか、もはやそれ以上の活動の必要を思わなくなったらしく、じっと玩具の小さな丸太の上に、ただひたすら待つように止まっていた。
「つまんない」
 ひまりはよっぽど裏切られた気分だったのか、普段は言わない悪言を吐いた。
「つまんなかないよ」
 当時の僕は、少年らしい感性を以って反論した。
「いるだけでかっこいい」
「全然かっこよくない。死んでるんじゃない?」
「生きてるって。朝になったらゼリーなくなってるし」
「食べてるところ見たの?」
 見てないと答えると、ひまりはそら見たことか、という顔をした。ちょっとした理不尽を感じたので、噛み付いたら言い合いになった。で、日頃、ちょっとずつ溜まっていた「気になるところ」貯金がここで引き出された結果、自分史に残るほどの大喧嘩になってしまったわけだが、渦中の甲虫はただつんとしてそこにいるだけだった。
 小学校のクラスメイトだったというだけのひまりとは、それ以来、気まずくなって、中学にも上がる頃には疎遠になった。高校に入る頃には進路すら知らず、連絡先すらも知らず、大学に入る頃には顔も覚束ないようになった。
「あ」
「あ」
 だから、バイト先の最寄り駅から電車に乗り込んだ瞬間、合わせたその顔を見た時、ぎょっとした。それが、スーツ姿のひまりだったからだ。成人式で、泣きたくなるほど女子の名前と顔が一致しなかった僕だったが、その時のひまりは化粧や髪型も変わり、記憶よりも雰囲気も大分違っていたのに、あっさりと認識できた。あちらも同様だった。背も伸び、髪も伸び、頬はこけ、目つきも変わった僕というのに、よくもまあ。
 お互い、未だ実家暮らしだったので、目指す駅は一緒だった。近況報告をぽつぽつしながら、あの時からそのまま掘り起こしたような気まずさから逃げるように、しばしば窓の外へ視線をやって、その時間を過ごしていた。
「そう、甲虫」
 不意に、ひまりは思い出したように言った。
「甲虫」
 僕のオウム返しに、ひまりは頷く。
「あれのせいで、すんごい大喧嘩したよねえ。何でだろ。あの甲虫、流石に死んだよね、もう」
「……どうなんだろ」
「何その曖昧な反応」
「いや、あれ以来、嫌いになっちゃって、倉庫の中にうっちゃってそのままなんだ……」
 ええ、じゃあ、確かめてみようよ、と、ひまりはなぜか乗ってきた。死んでるに決まってるでしょ、というツッコミを待っていた僕はいささか拍子抜けながらも、一緒に家の倉庫を久々に開き、中身を確認することになった。
 虫かごの中は時間の経過で悲惨なことになっていた。
 庭に中身を開けると、土くれなんだか死骸なんだかに混じって、空っぽのゼリーの容器が吐き出された。
「……ほら、生きてたろ」
「ほんとだねえ」
 僕らは何年ぶりかに、笑いあった。
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