お題:少年の虫 制限時間:30分 読者:61 人 文字数:1225字
[削除]

蛹の期間
 虫かごに入った虫は、子どもの期待するほどに動いたりしなかった。その甲虫は、プラスチックで囲われたその空間が永遠の安置であることを悟ったのか、もはやそれ以上の活動の必要を思わなくなったらしく、じっと玩具の小さな丸太の上に、ただひたすら待つように止まっていた。
「つまんない」
 ひまりはよっぽど裏切られた気分だったのか、普段は言わない悪言を吐いた。
「つまんなかないよ」
 当時の僕は、少年らしい感性を以って反論した。
「いるだけでかっこいい」
「全然かっこよくない。死んでるんじゃない?」
「生きてるって。朝になったらゼリーなくなってるし」
「食べてるところ見たの?」
 見てないと答えると、ひまりはそら見たことか、という顔をした。ちょっとした理不尽を感じたので、噛み付いたら言い合いになった。で、日頃、ちょっとずつ溜まっていた「気になるところ」貯金がここで引き出された結果、自分史に残るほどの大喧嘩になってしまったわけだが、渦中の甲虫はただつんとしてそこにいるだけだった。
 小学校のクラスメイトだったというだけのひまりとは、それ以来、気まずくなって、中学にも上がる頃には疎遠になった。高校に入る頃には進路すら知らず、連絡先すらも知らず、大学に入る頃には顔も覚束ないようになった。
「あ」
「あ」
 だから、バイト先の最寄り駅から電車に乗り込んだ瞬間、合わせたその顔を見た時、ぎょっとした。それが、スーツ姿のひまりだったからだ。成人式で、泣きたくなるほど女子の名前と顔が一致しなかった僕だったが、その時のひまりは化粧や髪型も変わり、記憶よりも雰囲気も大分違っていたのに、あっさりと認識できた。あちらも同様だった。背も伸び、髪も伸び、頬はこけ、目つきも変わった僕というのに、よくもまあ。
 お互い、未だ実家暮らしだったので、目指す駅は一緒だった。近況報告をぽつぽつしながら、あの時からそのまま掘り起こしたような気まずさから逃げるように、しばしば窓の外へ視線をやって、その時間を過ごしていた。
「そう、甲虫」
 不意に、ひまりは思い出したように言った。
「甲虫」
 僕のオウム返しに、ひまりは頷く。
「あれのせいで、すんごい大喧嘩したよねえ。何でだろ。あの甲虫、流石に死んだよね、もう」
「……どうなんだろ」
「何その曖昧な反応」
「いや、あれ以来、嫌いになっちゃって、倉庫の中にうっちゃってそのままなんだ……」
 ええ、じゃあ、確かめてみようよ、と、ひまりはなぜか乗ってきた。死んでるに決まってるでしょ、というツッコミを待っていた僕はいささか拍子抜けながらも、一緒に家の倉庫を久々に開き、中身を確認することになった。
 虫かごの中は時間の経過で悲惨なことになっていた。
 庭に中身を開けると、土くれなんだか死骸なんだかに混じって、空っぽのゼリーの容器が吐き出された。
「……ほら、生きてたろ」
「ほんとだねえ」
 僕らは何年ぶりかに、笑いあった。
この作品をツイート

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
少年の虫 ※未完
作者:ふにゃ お題:少年の虫 制限時間:1時間 読者:26 人 文字数:495字
ここ数年の少年の世界は自分のいる小さな部屋とその窓から見える草原だけであった。草原には優しい風が吹き、青々とした牧草や木の葉を揺らしている。しかし少年の部屋の 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:SADAO お題:自分の中の宗教 制限時間:30分 読者:10 人 文字数:386字
お題、 自分の中の宗教 強い人、弱い人。それが精神でも肉体でもどうでもいい。 ひとは一人では生きていくことはできない。だから救いの手を僕は差し伸べるんだ。 自己 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:akari お題:春の小説 制限時間:30分 読者:6 人 文字数:441字
街一番の桜の木。その根元に一冊のノートが置いてあった。不思議に思い中を確認すると、それは誰かが手書きで書いた物語だった。内容は一人の少女の心情を唯唯書き綴った 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
彼が愛した女 ※未完
作者:はるちか お題:彼が愛した女 制限時間:30分 読者:7 人 文字数:1079字
彼女の第一印象は最悪だった。「ここは俺に任せて先に行け」と言うのは死亡フラグの常套句になりつつある。戦場でそんなことを言ったやつは大抵思わぬ伏兵が現れたり最終兵 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:afternoon runnner お題:裏切りの彼 制限時間:30分 読者:7 人 文字数:830字
銃声が鳴り響く。ビール瓶の割れる音がすぐ後ろから聞こえる。野太い声の喧騒があちこちでこだまする。真っ黒なガムがへばりついたアスファルトには、あちこちに濁った水 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:akari お題:ドイツ式の春雨 制限時間:30分 読者:7 人 文字数:644字
「お母さん、今日ドイツ人のマット君が来るから」 息子から突然飛び出した言葉に私は心底びっくりさせられた。急に言われても困る。こちらにも心の準備というものがあるの 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:はるちか お題:ダイナミックな息子 制限時間:30分 読者:8 人 文字数:1012字
その日も彼は談話室の端に置かれている一人がけソファの上で窮屈そうに膝を抱え、真剣な眼差しで文庫本を読んでいた。私が彼を認識する時は決まって、談話室のあのソファの 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:絹糸 お題:寒い旅行 制限時間:30分 読者:17 人 文字数:880字
独り寝の寒さが心身とこたえる。元々一人用だったベッドがやたらと広く感じた。目を瞑れば、あの時の思い出が蘇って、全く眠らせてくれない。記憶に一人旅行をさせれば涙を 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にせくまもん お題:悲観的な多数派 制限時間:30分 読者:9 人 文字数:1062字
手の甲を顔に近づけて、吸い込んだ煙をゆっくり吐き出す。その手にまとわりついたバニラの匂いを静かに嗅いぐ。どうしてこんなことになったのか。二週間前に仕事を首になっ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:akari お題:ダイナミックな外資系企業 制限時間:30分 読者:10 人 文字数:545字
うちの会社は非常にアグレッシブだ。 調子のいい会社があるととりあえずM&Aを持ちかける。競合他社が現れるとあの手この手で裏工作をして潰そうとする。まるでヤクザ 〈続きを読む〉

匿名さんの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:激しい火 制限時間:15分 読者:1 人 文字数:53字
激しい火が燃えたぎっている。夏菜子はなにもかも捨てると決意したのだ。決別したい過去も愛しい想いも...。 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:残念な遭難 制限時間:15分 読者:5 人 文字数:557字
「あれ?あれ?………ここ、どこぉ?」少女は真っ暗闇の中、手探りで洞窟をはいでて、あたりをやみくもに見まわした。――あたしは勇者。邪神を討伐してきた伝説の勇者。一 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:走る火 制限時間:15分 読者:3 人 文字数:610字
目の前を、火が走っていった。 時刻は深夜。季節は夏。場所は墓地。怪奇現象が起こるのにはこれ以上無い絶好のロケーションに、今まで考えていた事も忘れて背筋が凍った 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:淡いコンサルタント 制限時間:15分 読者:4 人 文字数:936字
「淡いコンサルタント? コンサルタントってあのコンサルタントでしょう? 人に意見とか言ったりする……。それのが淡いってどういう事やねん」 思わず関西弁になってし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:熱い小説家たち 必須要素:離婚 制限時間:15分 読者:3 人 文字数:775字
僕たちには、これといった収入がない。自分が書けば、お金が儲かる。そういう仕組みの仕事をしているんだ。でも仕事をしなければ、何も収入がないわけだ。しかし、認められ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:初めての勇者 制限時間:2時間 読者:3 人 文字数:364字
初めての勇者。そんな言葉を僕は口にした。勇者とはなんなのだろうか。優しい人が全員勇者なのか?はたまたみんなが勇者なのだろうか?僕は知らない。そんなこと、誰にだっ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:わたしの嫌いなところてん 制限時間:15分 読者:3 人 文字数:481字
会社の上司が俺の近くに住んでいることがわかった。その上司から休みの日に「遊びに来い」と誘われてお邪魔したのが昨日だった。上司は夫婦仲がいいことで評判で、しかも 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:気高い牢屋 制限時間:30分 読者:1 人 文字数:532字
政治家になると決めたとき、牢屋で1日過ごす体験ツアーに参加した。私にとって必ずためになる経験であると判断したからだ。"何もないことを恐れてはならない" 牢屋と 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:戦艦のもこもこ 制限時間:15分 読者:4 人 文字数:867字
女の子の道は険しい。 まず、可愛くなればならない。太ってはいけないし、日焼けしてはならない。気が利いて優しくて料理が上手でなければならない。いつもニコニコして 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:黄色いジジィ 制限時間:15分 読者:7 人 文字数:572字
ドンッ。「ってえ」 正面からものすごいスピードで走ってきた人間を避けきれず、ぶつかってしまった。俺じゃなかったら骨折れてるぞ。あぶねーな……。 すると女性の悲 〈続きを読む〉