お題:つらい「えいっ!」 必須要素:コミケ 制限時間:1時間 読者:82 人 文字数:3485字 評価:0人

つらいさんが幽霊を消してしまった話
神崎つらいさんが「えいっ!」とやると、幽霊が消し飛ぶのは有名な話だ。
どんな怨霊も、どんな呪いもその一言で奇麗に消え去る。後に残るのは森林浴か大神殿かという清浄な空気のみ。
僕には幽霊だのなんだのは見えないけれど、そうした雰囲気の違いはハッキリわかる。まあ、それでも、本当に幽霊とかいるのかどうかは、半信半疑だけれど。

「この後に及んでそんな疑問を持っているのは、本当に今更ですよ」

言ったのは、神崎つらいさんの友達で、新島花子さんと言う。
メガネをかけてちゅうちゅうとイチゴ牛乳を飲んでる様子は、そこはかとない哀愁を漂わせる。

僕は腕を組んで、うーんと唸り。

「本当にいるって断言できるの?」
「ええ、私が保障します。つらい、右方向!」
「えいっ!」

じゅヴぁっ゛! という音をさせて『何か』が消し飛んだ。
学校の屋上に漂っていた、そこはかとない不吉さと居心地の悪さが、それで消えた。

一件落着。事態解決。
やあやあ無事に済みました万事解決と言う塩梅なのに、

「まったく、なんで――」

新島花子さんは飲み切った紙パックを握り潰しながら。

「なんで、貴方も、つらいも、まったく幽霊が見えないのよ……!」

そんな愚痴を切々と言った。
そう、僕はもちろん、つらいもまた幽霊とか見えていなかった。
彼女の強力な退魔能力は、ガイドする人と一緒でないと役に立たない。

けれども、そんなことを言われても、つらいも僕にもどうしようもない事柄だ。
僕とつらいは目を合わせ、同じように小首を傾げた後、同じように肩をすくめた。

「さあ?」
「えいっ?」
「私だけリアルに見えてるの、すっごい不公平だなんですけど!」
「えーと大変だったね?」
「本当にね!」
「何が見えてたの?」
「あ? セクハラかッ!?」
「ご、ごめん……」

ぶつぶつと地面を呪うようにつぶやく新島花子さんの言葉――「なぜ幽霊にはわいせつ物陳列罪が適応されないんだ」とか「見られてること気づいて興奮し出してんじゃねえクソきもい」などからおおよそのことは察することが出来た。

「まあ、その、大変だったね」
「えい、えい」

僕とつらいは、彼女の肩を叩いて苦労をねぎらった。

「ジュース奢ってくれたら許す……」
「今月ちょっと厳しいから、それは許して」
「えーい」

僕は謝罪し、つらいは両手を広げてその場を去っていた。
握りつぶした紙パックを掲げて新島花子さんに追いかけられた。


それでも校舎を出るくらいには機嫌は直っていた。
あまり悪い感情を引きずらないのが新島花子さんのいい所。

僕とつらいの小銭をかき集め、自動販売機にコイン投入してゲットしたジュースがその手に握られていることも、ひょっとしたら関係しているのかもしれない。

「えーい」
「うん、そうだね」
「……いつも思うけど、貴方それ本当に意味わかって相槌打ってる?」

新島花子さんは、ときどき不思議なことを言う。

「つらいは今、えーい、って言ったよね?」
「そうね」
「充分わかるじゃないか」
「……ひょっとしてアレか? 複雑な裏とかなんにもないのか? ただ、えーい、って言ってる以上のものはないのか?」
「えいえい?」
「あ、つらい、うん、借りてた本は明日返すよ」
「どっちなんだよ!」

新島花子さんは、なぜか僕とつらいをよく怒る。

「まあ、でもさ――」

学校から道路へと歩を踏み出し。

「ニュアンスとして、なんとなく分かる部分が――」

ひゅう、と砂混じりの風が吹きつけた。

「……」
「――」
「えい?」

僕は固まり、新島花子さんはオイオイマジかよという顔をし、つらいはきょとんとしていた。

僕らの前には、荒野が広がっていた。
何もない、道路も無ければ家もなく、樹木すら本当にごく疎らで岩肌と茶色の砂地がどこまでも続く。
後ろを振り向けば、当然のように同じ景色、一秒前まであった学校なんてどこにもない。

「ちょ、新島花子さん!?」

状態を正しく把握し、いち早く行動をしたのは彼女だった。
手にしていた豆乳メロンなる紙パックの中身を凄い勢いで飲み始めた。ストローから液体が凄まじい速度で彼女の体内へと入る。

「それ貴重な飲料水! 消費したらダメ!」
「うっさい私のだ!」
「どれだけ紙パック飲料が大事なの!?」
「私の命よりもだ!」
「価値基準が雑すぎる!」

そう、僕らは、どことも知れない場所へと飛ばされた。
もちろんのこと、これは僕のせいだった。

昔っから、僕はよく迷子になる子だった。
家どころか密室の中からでも、ふと気づくと消えているレベル。
親は割と困っていたらしい。

そしてこれは、年々規模が拡大していた。
なにせ、場所どころか時間すらも跳躍している。

「前に行ったのは平安時代辺りで、今回は未来、なのかなあ?」

昔の日本って、今と割と発音が違っていたんだねと言う話はともかく。
様子からして明らかに過去じゃない。大半は岩肌と砂と風だけど、たまに錆びついた工業製品の姿が見える。これで江戸時代だったらびっくりだ。

「未来だと思う理由は?」
「あ、飲み終わったんだ。ええと、勘というか感覚でしかないけど、あんまり距離的には移動してる感じがなかった。それこそ数十キロくらいしか移動してないと思う。だからかな」
「ん? ごめん、どういうこと?」
「この辺って、昔は海だったはず。江戸時代くらいから埋め立てて土地を広げた」
「あー」

そう、移動が近距離で過去であれば、僕らは海にどっぽんと入っていたはず。
だから、未来だろうという予測。

「えいえい?」
「うん、人間が大半滅んじゃってる未来だね。けど、埋め立てた土地が海に浸食されないくらいには、未来過ぎてはいないと思う」
「いつ戻れるんだか……」
「それは僕にもわからないなあ」

本当に、まったくのランダムなのだ。

僕らは、それでもなんとなく歩き続けた。
三人で並んで歩く様子は、普通の帰宅風景みたいでなんだかおかしい。

「未来ってさ」
「えい?」
「いや、未来の、この場所の幽霊って、やっぱりいるのかな」
「私に聞いてる? んー、とりあえず、パッと見にはいないよ」
「そっか、大量にいるんじゃないかと思ったけど、そんなこともないんだ」
「強烈に想念がないと幽霊にはなれない」
「そうなんだ?」
「私の経験上ね」

ふうん、と感心する僕の横を、何かが通った。
気配のようなもの。
けれどもっと濃密な。
湿った巨大で透明な毛布が移動した感覚。

「え」

僕ですら感じ取れたくらいだ。
新島花子さんは。

「は? え、はあ!?!」

絶え間なく左右をきょろきょろしながら、完全にパニックになっていた。

「えいえい?」

つらいだけが、まったく感知できずキョトンとしていた。
僕ですらわかるくらいなのに、どんだけだ。
僕らの様子に「なにしてんの?」みたいな視線だけを送りつづける。

「何が見えてる!? というか、これ何が起きてる?!」

気配は、次から次へと生じていた。
それらは、まるで川の流れのように、ただ一定方向へと流れ続けていた。
僕からすれば後ろから、前へ。
その気配たち、その幽霊たちは移動を続ける。無形で存在だけを漂わせるものたち。

「これ、これって――」

呆然と、彼女は『それ』を見上げた。
僕にもうっすらと、それがわかった。特徴的なあの建物は。

「コミケだ」

彼女は、喘ぐように言う。

「これ、コミケの、幽霊だ」

人類が滅んで誰もいなくなった後、それでも強烈な想念を刻みこみ、再現を果たそうとする在り方。
恨みによるものではなく、特定の期間に特定の場所で何万人もの人間の想念の集結が行われ続けた、その儀式――

「勘弁して、なんなの今日ぅ……」

新島花子さんが顔を覆って泣き出した。
一体なにが見えているのか、聞きたいような聞きたくないような。

「と、とにかく、ここまで強力だと、ヘタにてだしをするわけにもいかない、できるだけ遠くに避難するのが先決――」


「えいっ!」


閃光爆弾を百発同時に爆発させたような光が、前方から放たれた。

「え」
「へ」

なぜだか、その前からは、なんだか清浄な空気がそよそよと漂い出した。
もう気配なんて、まったく感じ取れない。
新島花子さんは、完全に呆気にとられている。

「えーい!」

vサインをしているつらいは、何故かとても自慢げだった。
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