お題:つらい「えいっ!」 必須要素:コミケ 制限時間:1時間 読者:28 人 文字数:2596字 評価:0人

追い出す
 兄の引っ越しの手伝いをすることになった。就職浪人でいつまでも実家の一室を占領していたおじゃま虫が、ついに出ていくのだ。家族は祝い、喝采し、我慢も続けているといいこともあるものだ、と笑い合った。
「ずいぶんな喜びようじゃねえか。すこしは別れを惜しんでくれたって」
 お祝いパーティーは三日三晩続き、二日酔いすら覚めない頭で荷物を運び出す作業のあいだも、知らず顔に浮かぶ嬉しさは全員抑えられなかった。薄情の血を受け継いでいる兄も、こうまで喜ばれると、さすがに微妙な顔だ。でも、致し方なしなのだ。兄が出ていく。それはすなわち、家が広くなるということだから。
 庭を横切っていくタンスには、足が六本生えている。私の下の三つ子が、三人がかりでトラックへと運んでいるのだった。弟たちは中学生で、生意気で反抗的だが、成長期だから力だけはある。すぐ「だりい」と言ってポカリ呑みながらズル休みすること以外は、引越し作業において即戦力だった。
 今も、夕方のゲリラ豪雨でできたドロ溜まりでちょうどタンスを下ろして、腰を休めているところだった。
「飽きた。やめていい?」
 ひとりが代表して私に進言してくる。やる気のなさだけが問題だ。姉として、ここらで休憩かとポカリを差し入れにいった。

「おい! 俺のタンス! そんなところに放置してたらドロで汚れるだろうが!」
 兄が大声をあげているが、すでにイヤフォンをしてスマホゲームをはじめた弟たちには届かない。その横を、四人分の足音が軽快に駆けていった。揃いのワンピースを着た、小学生の四つ子の妹たちだ。おかっぱ、ポニーテール、ツインテール、トライテール、と髪型で区別をつけている。おてんばでいたずら好きの、仲良し四人組だ。
「お姉ちゃん、これは捨てていいもの?」
 妹たちの役割分担は、兄の私物の整理。子供でも運べる軽いものを、ゴミ置き場へと持っていく役回りだ。愛らしい笑顔の妹たちは、きっちり四等分して漫画本やら雑貨やらを抱えている。長女として現場監督の職にある私に、逐一確認してくる。
「兄さんの社員寮は狭いからね。余分なものは全部捨てちゃいましょう」
「お姉ちゃん。女の子が変なかっこしてる、この気持ち悪い本も?」
「捨てようね」
「お姉ちゃん。このはだかの女の人のポスターも?」
「燃やしちゃおうね」
 四つ子が持ってくる私物の数々に、ゴミ認定しておく。このあたりは田舎だから、庭で勝手に物を燃しても怒られない。庭のゴミ置き場、とは焼却場でもある。満面の笑顔の母親が火付け係で、置いておくと家を狭くする不要ゴミを次々焼却していく。

 サボり中の中学生弟たちに説教していた兄が、いまさら自分の宝物が燃やされていることに気づいたようだ。大慌てで駆け戻ってきて、夕方の空へ火の粉と消えようとしているグッズに叫び声をあげた。
「なんてことするんだよ! ああ、これは去年のコミケでしか手に入らない、超レアグッズだったのに!」
 半焼したグッズに頬を寄せて膝をつく兄の姿に、我が家の女性陣は氷の笑みを浮かべている。ちょっとエッチなグラビア本くらいなら、まあ男の子だし、と許容範囲だが、身内の特殊性癖を垣間見たとなれば、こんな表情になるほかない。毎年、嬉々として出かけていく兄の戦利品とやらが、まさかこんなマニアックな嗜好のものだったとは……荷造りに一層の気合が入るというものだ。
 打ちのめされたひとりの男を放って、作業は着々と進んでいく。雨でいっとき中断されたが、なんとか今日中には終わりそうだ。弟たちに小遣いをちらつかせて仕事に戻らせ、家族全員で協力して、日没と同時に、軽トラにすべての荷物を運び終えた。

「みんなでひとつの目的に向かって力を合わせるって、なんてすばらしいんだろう」
 私たちは晴れ晴れと、夜空に浮かぶ一番星を仰いだ。あとは兄本人をこの家から追い出すだけだ。弟たちが一度ずつ蹴りを入れて、四つ子が小さな手で兄の背を押して、門の外へ追いやった。
「じゃあな、兄貴」
「さようなら、お兄ちゃん!」見送りに涙は見せない。兄の記憶が思い出す家族の姿は、笑顔であってほしいから!
「冷てえよ……世界一の薄情もんだよ、俺の家族は」
 文句を言う兄を、無理やり助手席に押し込んだのは私だ。運転席の父親が、あとは任せろとばかり、白い歯を見せる。
「兄さん、お別れが本当につらいよ……元気でいてね」
「なんだよ、今生の別れってわけでもあるまいし。あ、休みの日にはたまに戻ってきたって」
「日が暮れるまえに出発しないと! さあ早く車を出してお父さん!」
「おい聞け」
 別れは本当に辛かったが、「えいっ!」と私はドアを閉めた。売られていく子馬のように心細うな顔をした兄が、助手席の窓に額をくっつけて、生まれ育った家を眺めていた。


 夜になって、私は病院に足を向けた。産婦人科だ。私の双子の妹が、今日検診に訪れているはずだった。
 我が家がこうも大家族になってしまったのは両親の計算外というしかない。生まれてくる子供が双子になるなんて、選べるものではないからだ。一度双子を生んだし大丈夫だろう、とたかをくくっていたら、次には三つ子、四つ子、と兄弟でピラミッドでも作るつもりかという人数の増えようで、四つ子のあとは「そろそろやめよう」という当然の結論が出た。
 田舎家は金持ちでなくてもある程度広いが、これから大きくなる子供たちをこんなに抱えていては、兄の居場所なんてなくて当たり前だ。削れるところは削っていかなくては、快適に家族が暮らすことができない。
 待合に、私と同じ顔をした双子の妹がいた。私より早く結婚した妹は最近第一子をお腹に宿した。引越し作業に参加していなかったのはそのためだ。
 幼いときから馴染んだ姉妹でありながら、彼女は母の顔となっていた。宝物にするようにお腹に手を添えて、本当に幸福そうに穏やかな笑みを浮かべていた。
「どう、調子は……」
「聞いて、いいニュースがあるの。お腹の子、五つ子なんだって」
 私は耳を疑って、たしかに妊娠が判明したばかりにしては大きすぎるお腹を見つめた。薄情の血と同じく、こんな部分まで遺伝するというのか?
 どう考えても悪いニュースを家に持って帰った私を待っていたのは、もちろん私のぶんの荷造りだった。




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