お題:つらい「えいっ!」 必須要素:コミケ 制限時間:1時間 読者:39 人 文字数:2042字 評価:0人

早すぎた目覚め
「BLファンタジーってあるじゃん?」
「あれか、実際はそんなつるっと入らないってやつ」
「そうそう。現実的じゃないんだよね。というか真っ赤な嘘で、実際はありえない事象に我々は興奮して息を荒げてあまつさえなけなしの小遣いを振り込んだりする」

 息を荒げながら彼女は言う。この場合は興奮ではなく、真夏の屋外で開演を待っているというとても物理的な理由からだが。

「なんだっけ、若さと金は無駄遣いするのが楽しいとかなんとか」
「オメガバースとかもありえない設定ではあるんだけど、ありえないものに興奮するってのはなんなのかね」

 聞いていない。というか暑さで朦朧としているのだろう。ぶつぶつと俯きがちに続けるその姿はコミュ障の腐女子そのものだ。

「私ね、性交って生殖だからエロだと思ってたの。遺伝子が子孫を残すために、生殖という事象に対してトクベツ興奮するようにできてるんだと思ってたの。でもよくよく考えてみたらオメガバースは空想だしBLは生殖に寄与しないじゃん? え、私の遺伝子はいったい何で興奮してんのって? 分かる? エロが一人歩きしてるの。エロの一人歩き」

 よほどそのワードが気に入ったのか汗まみれの顔をこちらに向けてニヤニヤしている。うん、気持ち悪い。今日は待ちに待ったコミケだし、性癖は自由で良いと思うけど清潔感くらいは意識して欲しいかな。
 汗ふきシートを差し出すと彼女は受け取って鼻をかんだ。

「それで? これからエロが一人歩きして本棚の後ろに隠さなきゃいけないような同人誌をしこたま買い込むけど自分は悪くないと?」
「そうじゃなくて。エロという共通幻想の正体について語ろうかと」

 ポケットティッシュで汗を拭きながら彼女は言った。

「エロと生殖はイソギンチャクとクマノミの関係だと思ってたけど、実際は分布が被っているだけで関連はないんじゃないかって。実現し得ない事象にエロを感じられるなら、我々は例えば、宇宙人のエロを感じることができるんじゃないかと」
「ん? ん?」
「消しゴムとカバー、もしくは机と椅子、あるいは天井と床」
「擬人化カップリングのこと?」
「そう。中学生くらいの腐女子になぜか流行るあの謎カップリングは、実は人類未踏のエロに片足をかけていたのかもしれないわっ」

 私はそっと凍らせたスポドリを手渡す。とりあえず頭を冷やそう。
 彼女は眉を上げると嬉しそうにそれを受け取る。お礼とばかりに差し出されたものを受け取ろうとして落とした。

「っ、熱ッ? は、え、コーンポタージュ? は?」
「私冷たいもの飲みすぎるとお腹壊すから」
「いやその前に熱中症で死なない? いや寧ろもう死んでるの? 主に頭が?」

 こちらの抗議を聞かず「でも熱くてうんざりしてたの~」なんて抜かしやがる。
 そしてこちらが熱々のコーンポタージュで舌を火傷している間に彼女の手には新品と思しき消しゴムが握られていた。

「え、全部飲んだんだ。すごいね」
「お前わざとか? 絶対わざと買ったな?」
「まあ置いといて。ここに初物の消しゴムがあります」

 もうやめて! 叫ぼうとしてコーンが気管に入り激しく咳き込む。

「擬人化の場合、これを人間の身体で想定するんだけど、実際消しゴムの立場になったときは反対だと思うのよね。今のカバーがかかった状態がデフォルトなんだから、カバーが外れるときにこそ消しゴムの内面では何かが起こっていると思うの」
「もう、もういいでしょう。やめよう。何かすごく疲れた。宇宙人のエロとかもういいよ。私たちは私たちの身の丈にあったエロを買おう?」
「いやよ!」

 思いの他強い拒否。予想だにしなかった強い視線がこちらを射抜く。

「どこかで聞いたような台詞、誰かが経験してそうな感情。そんなn番煎じで生きて行くのなんかごめんだわ! 下品でもいい、下世話でもいい。私は誰も感じたことのない感情を見つけたいの」

 はっとする私の目の前で、彼女は消しゴムのケースに手を掛ける。
 ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。歯茎のコーンを飲み込んだ音だったかもしれない。

 そして、ざわめきが消える。
 クマノミはイソギンチャクを離れ、遺伝子は生殖から自立し、アルファケンタウリ星人の性感帯がその消しゴムの弾力に宿ったかのように思われ――――――

「……………………」
「……………………」


 列が動き出す。前方から人の動きの波が近づいてくるのを感じた。

「……………………えいっ!」

 私は彼女の手から消しゴムをむしり取るとアンダースローの要領で人込みの中に力いっぱい投げた。

「あ――――ッ」

 本格的に動き出した列に押され、アルファケンタウリ星人の性感帯が詰まった消しゴムは忘却の彼方へと飛んで行った。

「……早すぎたのよ、人類には」

 私はそう言うだけで精一杯だった。

 彼女の肩を抱いて、歩き出す。私たちの戦いは、これからだ。
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