お題:限界を超えた嘘 必須要素:英検 制限時間:1時間 読者:77 人 文字数:3560字

かみさま
「仰ぎ見る遡行」のネタバレをするったらするぞ


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「神様っていうのはなるって決めてなるものなんだって思った」
 ざわざわうるさい駅で、僕たちはひとつの生き物みたいにくっついている。周囲にはカップルばかりがいて、かれらは自分たちがひとつの生き物であることを証明するので忙しくてほかの生き物たちを気にも留めない。だから僕たちもそれにならうようにしてべったりくっついて頭を寄せて小さな声で話している。僕は桂さんの膝の上に頭をのせて、手のひらを持ち上げて桂さんの頬を撫でる。桂さんの頬には大きな傷がある。桂さんの頬の大きな傷が僕は好きだ。好きであることが正しいことなのかどうかはわからないけれど、彼がイノセントな存在であることを証明しているような気がするから。去年の今頃、僕は桂さんの頬にとても触れたかった。──いまならわかる。僕があの頃なにをもとめていたのか。
 せんせいは、と桂さんが、うっすらと笑いの混ざった声で言った。
「おれのかみさまですよ。ずっと」
 僕は苦しい。ひどく苦しくて、ずっと苦しい。僕はうまく笑うことができなくなって桂さんに腕を伸ばした。ぎゅっとしがみつくと桂さんはゆっくり僕の背中を撫でた。
「泣き虫で」
 僕は小さな声で言う。
「泣き虫ですみません」
「いいえ。わがままで泣き虫な先生は、かわいいです」
 僕は息をつく。僕は小さな声のまま、「うれしい」と言う。桂さんが繰り返しの呪文のように僕の背中を撫でる。
「すきです、先生」
 どうしてこんなに悲しいんだろう。

 ある日唐突に僕が生まれたのだとする。
 僕は24歳の私立探偵で、部下をふたりと、事件に首をつっこみたがる年下の友人を持っている。僕は彼らと一緒にちょっとした事件に巻き込まれて、それから。
 それからすべてが始まる。
 逆に言えば。
 それまでに起こったことは起こっておらず、起こったのだという「設定」がくっついた状態で僕が発生したのだとする。僕はそのことはべつにどうでもよくて、それは、僕の人生は24歳の初夏に唐突に始まったような気がすることの理由がすべて説明できてしまうからでもあった。
 僕の人生は24歳の5月、あの怪奇事件から急に鮮やかになった。
 僕が発生した瞬間どうであったかということはどうでもよかった。だって僕の人生はそれまで、別に面白いものではなかったからだ。それは砂を噛むように鬱陶しい退屈さで満ちたものだった。僕は全部を退屈しのぎのように生きていて、そして唐突に人生の意味が分かった。
 そのあと桂さんとの間に起こったこと、そしてそのほかの人、佐倉さんや明松くんやユミちゃん、天野くん、そして淪さんと久那さんと日輪さん、それらの人との間にあらゆる出来事が起こった。それは本当にあらゆる出来事だった。僕が24歳の5月に生まれたというのがほんとうなら、僕は24歳の5月から12月までの間にすべてを見てしまったのだと思う。
 そうして24歳の12月、25歳になる前に僕のぜんぶはおしまいになって、今僕は──

 人間を救うことが僕にはできるのだと思う。
 僕は毎日桂さんのために呪文を唱える。あらゆる災禍が彼を逸れていくように呪文を唱える。桂さんは少し困った顔をする。そして、まあいいかという顔をする。いつだか僕が桂さん以外の人にも同じように呪文をかけようとしたら、桂さんはそれはいやだと言った、これは僕たちの間で行われていることであってほしいと言った。僕はどうしたらいいのかわからなくなった。だって僕は人間を救うことができるようになったからだ。
 僕は24歳の5月に人生の意味が分かった。
 自分が無価値だということが分かった。
 自分は無価値で、何になることもできないのだということが分かった。これまで通りに生きていったら、なにも救えないまま、何も止められないまま、誰になることもできないまま、誰のものにもなれないまま、生きていくしかないのだということが分かった。そして僕たちはみんながそうだった。明松くんも桂さんもたぶんそうだった。僕たちは全然三人組ではなかった。
 僕が、二人組になることを桂さんに求めたのは、ほんとうに正しいことだったのだろうか。
 僕は誰かになりたかった。
 そうして、僕は、神様になったんだ。
 なったんだよ。

 僕と桂さんは二人組になる。
 それから、桂さんが死んでしまう。
 それから、僕が死ぬ日が来る。
 2018年12月25日。僕は人間ではない誰かに手を引かれて、宇宙へ行く。僕が人間ではなくなることで、桂さんの人生が取り戻せるんなら、僕が人間でい続ける理由はなかった。別にわたしたちは神様ではありませんと人間ではない誰かが言う。わかってる。別にあなたも神様になるわけではありませんと言われて、それもわかってる、と答えた。これは便宜的な表現なんだ。人間ではなくなるっていうのが死ぬってことで、人間にはできないことができるようになるっていうのが神様になるってことだよ、それだけの意味で、それでいいんだ。
 誰かが問いかける。あなたはなぜ願わなかったの?
 なぜ世界の改変自体を願わなかったの?
 だってあなたが神様になっても、人間を救うことはできないのに。

 電車の音が聞こえる。

 カップルがひとつの生き物みたいにくっついている駅で、僕たちもあたりまえのようにひとつの生き物みたいになっている。人間を救うことについてずっと考えていた。僕の前で死んでいった人のこと、人を救いたいとか救えないとかそういうことをたくさん考えたこと。わからなくなった。わからなくなってる。だって僕はそもそも世界を救おうなんて考えなかったからだ。僕は世界が終わってもいいと思っていた。でも僕はおなじだけ、僕のまわりのひとにぎりの人たちが幸福に生きていてほしいとも思っていた。誰かが問いかける。それなら何故?
 世界自体を全部キャンセルしたらよかったのに何故?
「だって」
 いまから残酷なことを言うよ。桂さんがそれを責めてくれればいいのに、桂さんは絶対に僕を責めないって、僕は知っているから苦しい。
「だって僕の目の前で死んでいった人がいなかったら、僕は桂さんを求めなかった」
 桂さんは小さく息をついて、「そうかもしれないですね」と言った。
 僕が桂さんを選んだんだ。
 傷ついたから、一緒にいてほしいと思った。
 でも傷ついて欲しくないから、僕を選ばないでほしいと思った。
 桂さんは僕を選んだので、僕はずっと幸福で、僕はずっと苦しい。
 苦しい。
 ごめんなさいと僕は言う。桂さんを幸せにしてあげられなくてごめんなさい。桂さんとずっと一緒にいられなくてごめんなさい。神様になってごめんなさい。ふつうの生活をずっと続けられなくてごめんなさい。世界をキャンセルして一緒にいたらよかったんだ。世界を作り直して、ずっと幸せでいられる世界を作ったらよかったんだ。そうしたら桂さんとずっと一緒にいられたのに、僕はそうしなかった。そうして今、桂さんと一緒にいるのは当たり前のことでしかないはずなのに、僕は離れていこうとしている。
 神様だから。

 僕は24歳の5月に生み出された。僕を生み出したシステムをクトゥルフ神話TRPGという。それのなかにいる限り僕の大切な人はみんな苦しんでいずれ死ぬ。そのシステムをキャンセルする権利を僕は持っていた。僕たちは向こう側に旅立つことができた。
 そして僕たちはそれをしなかった。
 それのない世界に旅立ちたいかと問われたらそれでもNOだ、僕は多分、ここの外では、また砂を噛む退屈のなかに、落ちていくだけだと、わかっているから。
 その世界では僕と桂さんは、たぶん、ひとりとひとりのままだよ。

 さようなら、と僕は囁く。桂さん、さようなら。いつでも会いに行くよ。いつでも僕のことを呼んて。ずっとあなたのそばにいる。僕は神様だから、いつでもどこにでもいる。僕はシステムだから、僕はどこにもいなくなることができる。僕は設定だから、願いを全部かなえることができる。僕はあなたのそばにいる。あたりまえの幸福をあなたの人生に用意できなくてごめんなさい。
 電車の音がする。あなたは電車に乗り込んでいく。電車のなかであなたはひとりだ。あなたはあなたを愛する家族のもとに帰る。いつ東京に帰るの、とあなたの家族は聞く。あした、とあなたは答える。あなたは自分の部屋に戻る。ひとりぶんの布団が敷かれた自分の部屋で、あなたはちいさくため息をつく。あなたはそうして微笑んで言う。
「愛してます、南方先生」
 あなたの声が聞こえる。
「おれのかみさま」
作者にコメント

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