お題:黒い闇 制限時間:30分 読者:117 人 文字数:1456字

黒い闇
 深夜、路地裏。街灯もろくにない、立ち並ぶのは寝静まった民家ばかり。わざと危険な場所を選んで歩くのはこれが仕事だからだ。辺りに紛れる黒いパーカーの、前開きのファスナーを首元まで上げる。大振りのフードをすっぽりとかぶる。ポケットに突っ込み、そこに収めたものを確かめる。
 歩調は一定、普段よりやや遅め。足音は立てない。何も考えず逍遥しているような素振りを心掛ける。一般人が通りがかれば、あちらから勝手に警戒して離れてくれる。そりゃそうだ。丑三つ時に一人で、しかも素顔を見せないように歩いている奴なんて不審人物以外の何物でもない。
 そちらのほうが都合が良い。なにせ、いざ「出遭って」しまったら周囲のことなど気にかけている余裕はないからだ。
 ただ、今夜は運が悪かった。「奴」が先に見つけたのは、こちらではなく一般人のほうだった。
 鋭い悲鳴。獣の唸り声。ごく近い。曲がり角の向こうだ。迷わず地面を蹴る。むしり取るようにフードを上げる。二歩でトップスピードまで加速し、ドリフト気味に角を曲がりながら小さく言葉を紡ぐ。
「見透《みとお》せ」
 視界が透き通る。自分の目で見渡せる範囲だけ、夜が引き下がる。その中央、腰を抜かし地面に座り込んだ女性と、今にも彼女へ覆い被さろうとしている奇妙な影。
 黒い闇。夜のそれではないそれは、この視界のなかでもなお正体が知れない。影絵の狼が実体を得たような確かな存在感と、消しようもない飢えがここまで伝わってくる。
 速度がついたままの体を、強く一歩踏み込んで押し留める。急ブレーキにつんのめりながらポケットから手を引き抜き、その勢いのまま腕を鞭のように振るう。ひゅん、と空を切る音。弾丸めいて飛翔したナイフは、狼の鼻面に深々と突き立った。
 轟、と影の獣が吼える。真正面からぶつけられる殺意。怯んでいる暇はない。裾を撥ね上げ、ベルトに差した釘を両手一杯に引き抜く。むろん、この釘も先のナイフもただの「物」ではない。どんなに文明が発展しても、灯りのない夜の闇のなかでは未だ脆弱な生き物であり続ける人間が、「奴ら」を殺しおおせるために作り出した呪具だ。
 弱いものには、弱いものなりの意地と執念がある。決して負けないという意思がある。
 真っ赤な二つの光。怒りに燃える二つの目に、ふっと息を吹きかけた釘を放つ。殺意には殺意を。釘はこちらに応えて自在に舞い、狼の目を潰す。四肢を地面に縫い付ける。動きは止めたが、長くは持たないだろう。素早く女性に近づき腕を掴んだ。
「怪我は?」
「ひぇ? え、あの……」
「走るぞ」
 気遣いのない行為であることは承知だけれど、さっきも述べたように、余裕がない。本格的な戦闘になる前に非戦闘員を逃がすのが最善だ。再び角を曲がり、女性の腕を掴む手に意識を向けた。一度に二人以上の人間に術を施すなら、物理的接触しているほうが効率が良い。
「加速せよ」
 ぐん、と背中を押される感覚。二人揃って、人間ではあり得ない速さで路地裏を行く。無論これで逃げ切れる相手ではない。ただの時間稼ぎだ。あれだけ怒っていればこちらの説得も聴かないだろう。始末するしかない。
 思わずため息を漏らすと、女性が息も絶え絶えに尋ねた。
「あの……あの、あなた、誰なんですか」
 面倒くさい質問だった。言ったところで信じないだろうし、そもそもあまり答えたくないという意味で。しかしまあ、これも仕事だ。
「化け物の掃除屋ですよ、お姉さん」
 背後から迫る足音。いやはや、今夜は長そうだ。
作者にコメント

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
作者:地衣 卑人 お題:黒い闇 制限時間:15分 読者:309 人 文字数:587字
光の筋。重なり合った色と色。幾つもの光源、それは、舞台の上で彷徨い。照らすべき役者達を闇の中に見つけ出しては、その、後を追い掛け。 誰が主役なのか。誰が悪役な 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者: お題:セクシーな小説練習 制限時間:30分 読者:14 人 文字数:1323字
小説を書くにあたって、ごまかす能力は必要不可欠だ。言葉だけで読む相手に伝わるように物事を書くためには想像だけでは限界があるし、かと言って体験したことだけでは味 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
存在 ※未完
作者:バクロ婆 お題:俺とドア 制限時間:30分 読者:3 人 文字数:1032字
時々不思議な夢を見る。何もないまっさらな空間とそこに立つ自分。そして目の前には大小形も様々な無数の扉。木製、鉄製、ガラス製、自動ドア...中にはマンホールのよう 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:枯葉野 晴日 お題:間違った食器 制限時間:30分 読者:11 人 文字数:854字
眉間に皺を寄せて、彼は腕を組み眼前の皿を睨んでいた。そこにあるのは、小振りのショートケーキだ。淡いブルーのいびつな皿に、真っ白いクリーム。上に苺がちょこんと乗 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:あさり お題:急な出会い 制限時間:30分 読者:16 人 文字数:1705字
空を見ていた。ぼうっとしたくて空を見上げたのにひとつの雲もない退屈な空だった。気を利かせてひとつくらい浮かべておいてくれたらいいのに。こんなぼうっとしたい日に、 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:東京カラス 制限時間:30分 読者:16 人 文字数:847字
かぁ、とどこかでカラスが鳴いた。スマートホンの画面に釘付けだった僕の視線は、その声に導かれるかのように空へと向けられた。東京の空は鈍色に染まっていた。分厚い雲が 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:枯葉野 晴日 お題:臆病な闇 制限時間:30分 読者:18 人 文字数:868字
真っ暗な闇の中に、私はいた。耳をつくのは雨音だけ。雨が迫ってくるような、そんな夜だった。 あの日、少しだけ勇気を出せていたなら。そう思わずにはいられない。降り 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:なないろサイダー お題:忘れたい絵画 制限時間:30分 読者:28 人 文字数:453字
王宮には1枚の絵画が飾られている。こちらを憂うように見つめる、貴婦人の肖像画。それは国内外に知られる有名な画家が描いた作品のひとつで、大変高く評価されていた。し 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:こっころ お題:同性愛の暴走 制限時間:30分 読者:24 人 文字数:367字
あの頃は毎日のようにキャッチボールをしていたね。別に野球部でもないし、ピッチャーでもなかったのに、とにかく夢中で投げたよね。君はすごい。ただただ速い球を投げるの 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:昼間の敗北 制限時間:30分 読者:17 人 文字数:449字
終わったか...わいは全速力で走る。ただ一つの場所に向かって。すると他の人間がわいの邪魔をする。[どけや!邪魔や!]ドン![ぐはっ!]この時間は皆がこうなってま 〈続きを読む〉

此瀬 朔真の即興 小説


ユーザーアイコン
作者:此瀬 朔真 お題:ロシア式の作家デビュー 制限時間:30分 読者:42 人 文字数:1638字
馴染みの店のカウンターで息を飲んで待つ。隣にはどっかの建設会社の営業マン、反対側には web デザイナー、いつも通りの無表情でグラスを磨くのはここの店主。そし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:此瀬 朔真 お題:限りなく透明に近い犬 制限時間:30分 読者:77 人 文字数:1417字
くん、と鼻を鳴らす音。かちゃかちゃと固いものがアスファルトを叩く音。へっへと息を弾ませる音。ぱったぱったとやわらかいものが揺れる音。 奇妙な音が先ほどからつい 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:此瀬 朔真 お題:君と許し 制限時間:15分 読者:95 人 文字数:528字
跪き、頭を垂れる。床に敷き詰められた緋毛氈、高い窓から射し込むわずかな光を反射して、漂う埃が煌めく。 呼吸の音さえ伽藍に反響しそうな、張り詰めた沈黙が辺りを支 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:此瀬 朔真 お題:簡単な別れ 制限時間:15分 読者:97 人 文字数:926字
めんどくさくなってきた。 緑と白の吹き出しが順番に、だらだらと画面に表示され続ける。綴られていることといえば中身があるようなないような、いつまでも同じところを 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:此瀬 朔真 お題:黒い闇 制限時間:30分 読者:117 人 文字数:1456字
深夜、路地裏。街灯もろくにない、立ち並ぶのは寝静まった民家ばかり。わざと危険な場所を選んで歩くのはこれが仕事だからだ。辺りに紛れる黒いパーカーの、前開きのファ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:此瀬 朔真 お題:12月のぷにぷに 制限時間:15分 読者:105 人 文字数:582字
暗い空からほわほわと、舞い落ちる白。ピンクとブラウン、カスタードのトリコロールの手袋がそれをそうっと受け止める。やわらかな毛糸にとまった雪のひとひらを、こちら 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:此瀬 朔真 お題:過去のガールズ 制限時間:15分 読者:121 人 文字数:1124字
あらまあ、いやだわあははは。大口を開けて笑うご婦人方はどうやら買い物帰り。近所のスーパーのビニール袋、はみ出している長ネギは炎天下にしおれ気味。そりゃそうだ、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:此瀬 朔真 お題:団地妻の人々 制限時間:15分 読者:113 人 文字数:967字
陰口告げ口噂話、根も葉もきりもない井戸端会議。分厚い板チョコみたいな、おんなじ形の建物の群れ。暮らしているのは似たり寄ったりの家族。繰り返されるのは変わり映え 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:此瀬 朔真 お題:苦しみの小説練習 制限時間:30分 読者:117 人 文字数:1107字
バックスペースキーを連打する望月の顔は険しい。書いては消し、書いては消し、書かずに消す。実際に残った文字は、費やした時間に比べると驚くほど少ない。「……あのさ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:此瀬 朔真 お題:愛、それは模倣犯 制限時間:15分 読者:127 人 文字数:671字
「ささやかなテロ」から一か月。学園は相変わらず賑やかで、学生たちが胸を張って闊歩する。変わったことと言えば、「魔王」と「帝王」により強行されそうになった学則の 〈続きを読む〉