お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:117 人 文字数:2789字 評価:2人

夜とホモと朝
「私は、貴方のことを愛している」
「まじですか、ホモですか、道理で他を無視して僕のことばっか狙ってくると思った」
「他の奴にお前を渡したくはなかったのだよ、その断末魔は残らず私だけが独占するべきだ」
「気持ち悪いんで、近寄らないでくれます?」
「少しでも近づけたらと切に願う」
「この地獄に初めて感謝した、そのまま這いつくばっててくださいね」
「私のことを引きずり、傍に置いてはくれないだろうか?」
「右手しかないんで無理ですね」
「……それは、不可能ではないという意味では」
「ええ、無理なんです」
「……どうしてもか」
「残念ながら無理っすね」
「そうか、非情に残念だ……」

今は夜で、僕が座っている石は古代の建物の一部で、呻き声や断末魔が周りのあちらこちらから聞こえてた。
血臭臓物その他の臭いもしてるはずだけれど、すでに鼻が砕かれてるからわからない。
地面に今横たわって僕のことを好きだとかほざいた奴の、全力で振り抜いたフレイルのせいだった。
慣れた肉が吹き飛ばされる感触と、絶頂を迎えてそうなコイツの叫び声は今も記憶に残っている。

僕の反撃で、ミノムシみたいに四肢をもがれた状態になってることも、だから当然だ。

「ここまでやっても死ねないのって、すげえ厄介」
「私は今、心底感謝している、この地獄に落とされたことに」
「あんた、これからずっと付きまとうつもりか」
「運命というものはあるのだと、初めて理解した」
「戦いに戦い以外のものを持ちこむ奴、僕嫌い」
「私のそれは戦いではなく純粋な愛情表現だ、戦いではないのだから、問題は無いな」
「あんた、『上』でもそういうことやってたんか」
「この世界に落とされたことを、私は神にどれほど感謝してもしきれない」

見えはしないが、きらきらとした目で僕のことを見ているんだと想像できた。
きっと同じ目で気に入った相手を虐殺してたんだろうな。
うん、ここだったら、この奈落の底だったら、「殺しても殺しきれない」。こいつみたいな奴にとってはこれ以上ないくらいのハッピーな状況なんだろう。

「……それに巻き込まれて、この先つき合わされそうな僕は実にアンラッキーだけど」
「君の意思は、可能な限り尊重したい」
「おうおう、それって窒息死がいいか撲殺がいいかの選択だよね?」
「違う」
「あ、そうなの」
「窒息など、君の声が聞こえなくなってしまうではないか。ところでまったく関係の無い話なのだが、どのような拷問が好みだろうか?」
「ぜってえ話変わってねえ……」
「車裂きを初めとした工具の準備が難しいことが非情に残念でならない」
「とりあえず、夜が明けたらまっさきにアンタのことを殺す」

そして可能な限り遠くに逃げる。
この地獄で平穏なんてないけど、この男の傍以外はまだマシな地獄だ。

日中、僕らは戦い続ける。全員が全員を敵として武器を振るう。
そうして日が落ちて、誰もが動けず苦痛を漏らす中、たまに気に入った奴や傍にいる奴と会話するようなこともあった。
けれど、こんな気色の悪い会話相手は初めてだ。全力で逃走すべきだった。

「ふむ、ふむ……?」
「なに納得してんだよ」
「いや、それはそれで悪くないと思っていた」
「はあ? 殺人予告されてその反応か、マゾも発症してんのか、あんた」
「その手の趣味はなかったはずなのだがね、君に切り刻まれたこの感覚は、なかなかに悪くなかったのだよ。一切の容赦なく、わずかなブレもなく、真っ直ぐ私の体を通り抜ける凶器の冷たさ、その味わい、その鮮烈は今思い出しても、ううむ、ふふ、うふぅう――ッ」
「今アンタ勃起してないか」
「失礼な」
「言い過ぎたか、悪いな」
「既に果てている」
「ちょっとでも謝った僕の誠意返せや」

右手を動かし、少しばかり距離を取る。
いや、本当に朝日が昇るまで可能な限り距離を取るべきだろ、これ。
身体の大半は、もう元の形を残していない。引き潰れて地面の染みと化している。

「だが待ってほしい、私は現在、身動きがとれない。可能なのは、こうして体をゆらゆらと揺らす程度の動きだけだ」
「だからどうしたの」
「そうしていると、君の体液を私の体中に浴びることになるわけだ、これに興奮するなという方が無茶というものではないかね」
「僕の血を体液とか言うな、というかお前、明日近寄るな、顔も見たくない」
「愛とはただ与えるものだ、見返りなど求めはしないさ」
「あんたの与えてるそれは苦痛だけだろ」
「無論、私が君に勝利した方が良い、それは間違いない」
「アンタ人の話聞いてないな?」
「私が勝利し、君を今の私と同じような状況にさせ、その上で私が五体満足に夜を迎えた場合、そう、一晩中、私は自由となる、私の願いすべてが叶うことになる……!」
「そうなった場合、僕は舌を噛みちぎって自殺する、死体相手に好き勝手してろ」
「それはそれで!」
「無敵か」

ヤバいぞ、色々と逃げ道がない。

「あー、僕と同年代の、僕よりも美形っぽい奴紹介するから、そっち行ってくんない?」
「駄目ではないか、友人を売るようなことをしてはいけない」
「あんたが言うな」
「ところでハーレムという言葉は素敵な響きだとは思わないかね?」
「おう、僕もそいつも性欲の対象にするつもりか」
「性欲ではない、純粋な愛だよ」
「サドでマゾで殺人癖ある奴の愛が純粋なわけあるか」
「そうだな、言われてみれば確かに浮気はよくない。君一筋になることを誓おう」
「話聞かない上に厄介な結論に勝手にたどり着かないでくれるかな!」

タバコが欲しいと心底思う。
いや、別にタバコじゃなくていい。
この気色悪い生物から意識を逸らすものならなんでもいい。

けど、周囲の奴らは呻き声を出すだけだ。
大半は僕がやったことだけど、ちょっと会話できるくらい無事な奴とかいないのかよ。

「というか、コイツにきっちりトドメを刺しとくんだった……」
「それは困る、君の姿が見えず、君の声が聞こえないことは地獄に違いない」
「すでにここ地獄だけどな、って待て」
「どうかしたのかね」
「なんでアンタの声、近くなってんだ?」

僕はあれからも、隙を見ては右手で這いずり距離を取っていた。
なのに、声の遠さが変わっていなかった。

「それは無論――」

光が差す。
その光を浴びた途端、東から順番に『復活』が果たされる。体のあちこちの欠損が無かったことになる。その手元には武具が、当たり前のように落ちている。

「こうして、這いずって来たに決まっているだろう、君がそうしていたように、一晩中をかけて」

きらきらとした瞳で、嬉しそうに笑う男。
ぞっとするほど近くにいるソイツの手足も、元のように生えようとしていた。

長い一日が、始まった。
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