お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:55 人 文字数:2685字 評価:1人

飛び降りた
 受付はずいぶん混んでいた。休日の市役所の窓口並みだ。番号札が発券されて、椅子すらない待合所で立って待たされる。待合所といっても寒空の下で、壁すらない吹きさらし。範囲をカラーコーンで区切って示してある。
 風は寒いわ砂埃は舞うわでまったくひどい環境で、客を客とも思っていない。事実、次から次にやってくる人の流れをさばく作業は仕事ではあるのだろうが、直接そいつらが金を払うわけでもない。受付で働く人々が、愛想よくサービスしてやる道理はないのだ。
 ……人、だろうか、おそらく。
「お客様~。そこは列ではありませんよ。列ではないところで並ばないでください。あなたのうしろに行列ができてしまったら、責任持って処理してもらいますからね」
 職員のうんざり顔も、客に向けるようなものではけっしてない。ゴミ捨て場を荒らすカラスを目撃したときのような迷惑顔。ああこいつのせいで、自分の面倒な仕事が増えた、という内心を隠そうともしない。
「並んでるつもりはなかったが」
 ただ、人の群れから離れたところで、職員と客のやりとりを眺めていただけだ。前触れもなくいきなりこんな状況に置かれたら、落ち着いてまずは周りを観察。現実から『落っこちる』ことの多かった俺が学んだ処世術みたいなものだ。
「じゃあ立っているなんて紛らわしいことをしないでください」
「座ればいいのか」
「そうですね。受付に用がないのなら」
 足元に、腰掛けるのにちょうどよさそうな石があった。ひび割れて、端っこが欠けて、見かけ椅子のようになっている。ちょっと固いが、立ち続けて疲れていたので、休憩するのにはよさそうだ。
 職員の言うとおりに座った。すると、「ふう」だとかため息をついて、隣にそいつも腰を下ろした。
「なんでお前も座るんだ」
「疲れたんで。休憩です。ああ肩と足と喉が凝った」
 仕事のし通しで疲れたのは本当のようで、日本語さえ適当になっている。そいつはかっちりと着込んだスーツの胸元からキャンデーを出して、包装を剥くと、棒を口に咥えた。
「棒付きキャンデーって言い方が好きですね、僕は」
「なんでも同じだろ」
「『エルマーとりゅう』って絵本に出てくるんですよ、ももいろのぼうつきキャンデーってのが。冒険の非常食にリュックに何本か詰めるんだったかな。ただの飴って書かれてたら、あんなにおいしそうには思えなかっただろうな。言い方って大事ですよ、些細なことでも」
 俺はそいつの顔をまじまじと見つめていた。キャンデー(ぼうつきキャンデー)を食べる都合上、そいつはかぶりものを脱ぐ必要があったのだが、リアルと見紛う馬面の下から現れたのは、普通の人間の若者の顔だった。馬の生首は今、若者の膝に置かれている。どうやら中身は人間だったらしい。
 白いテントで作られた受付と、そこに並ぶ行列に目を戻す。最前列の人間に対応して、どこかに案内していくスーツの職員の頭は、例外なく牛だったり虎だったり、なかには鬼なんてのもいる。一見、そういう生物のようだが、なんのことはない、よくできたマスクだった。
「あの人ら、どこに連れていかれるんだ」
「知ってどうするんです。あなた、並ばないんでしょう」
「ただの好奇心だ」
 休憩中の若者は思案するように桃色のキャンデーを舐めている。そして大学生のようにやる気のない口調で語りだす。
「世の中のものには名称があります。それぞれは違いを区別するためのものです。黒と白、男と女、ホモとヘテロ、なぜ区別するかといえば、分類することでもの輪郭が際立ち、より理解できるからです。ふたつに分かつだけでなく、細分化していくと、より一層」
 名称の話はそこに繋がるのか、と思えば、うなずきが返ってくる。
「そうです。これは『桃色』のキャンデーです。僕はそれ以外の色であれば、子供のときの浪漫を、この飴を食べるたびに思い出しはしなかったでしょう」
 並ぶ人々は分類されているのだろうか。行き先は天国か地獄か? 夢にしたってばかばかしい。
「ところであなた、どこから来たんです」
 ほかの人々とは違うことを察したか、はじめて若者が俺に興味を持ったような質問をした。
「さあ、亀裂に落ちたところまでは覚えてるんだが。よく落ちるんだ。普通に歩いているだけで、俺のまえの道は割れることが多い。覗き込んだことはあるが、底まで見通せたことはない」
 こうして着地できているということは、ここもそんなに深くはなかったのだろうが。
 今、地上に戻る方法を考えているところだ、と言うと、
「あなたが落ちてくるところは見てましたよ」
「本当か」
「あそこに並んでる人ら、みんな沼から這い上がってくるんですが、あなた、雲を割って光とともに降ってきましたからね。で、ここにある岩に頭から激突して、しばらく伸びていました」
「言われてみればさっきから頭が痛い……」
「すごく出血してますよ。大丈夫ですか?」
 ぜんぜん心配してなさそうにそんなことを言う。どうやら、欠けた岩は、俺が自分の頭で割ったようだった。どれだけ石頭なのか。
 沼から出てきた人々は、よく見ればたしかに泥だらけで汚れている。目がみっつあったり、手足のかわりに車輪が生えていたりして、どうもあちらは人間ではない。考えるまでもなく、俺が並んで分類される必要はないとわかった。
「まあそう言わずに。試しに並んでみたらどうでしょう」
「それで地獄行きを告げられたりするんだろ」
「行き先はそう単純ではないですよ。細分化されてますから。『綺麗な』地獄かもしれません」
「まったく想像ができないんだが……」
 休憩もそこまでにして、俺は帰り道を探すことにした。立ち上がって、俺の石頭が割った岩を見下ろす。ふたりが腰掛けたことで、割れ目はすこし広がったようだ。
「あなたの道先に常に奈落が開いているという話ですが……」
「なんだ」
「それって、よっぽどあなたが危険な道を歩んでいるということなのか、それとも」
「それとも?」
「誰かがあなたを陥れようとしているのか。恨まれているんじゃありません?」
 恨まれるような覚えはなかった。石頭だから、人の反感を知らぬところで買ってはいるかもしれないが。
 岩の亀裂を見下ろすと、底は真っ暗でよく見えない。かかとでついたら崩れて、落ちることのできるくらいの幅が開いた。
「その先に、あなたの分類される世界があるといいですね」
「たぶん大丈夫だ。いつもこうやって戻ってる」
 俺の所属しない世界に別れを告げて、とb


 






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