お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:45 人 文字数:2685字 評価:1人

飛び降りた
 受付はずいぶん混んでいた。休日の市役所の窓口並みだ。番号札が発券されて、椅子すらない待合所で立って待たされる。待合所といっても寒空の下で、壁すらない吹きさらし。範囲をカラーコーンで区切って示してある。
 風は寒いわ砂埃は舞うわでまったくひどい環境で、客を客とも思っていない。事実、次から次にやってくる人の流れをさばく作業は仕事ではあるのだろうが、直接そいつらが金を払うわけでもない。受付で働く人々が、愛想よくサービスしてやる道理はないのだ。
 ……人、だろうか、おそらく。
「お客様~。そこは列ではありませんよ。列ではないところで並ばないでください。あなたのうしろに行列ができてしまったら、責任持って処理してもらいますからね」
 職員のうんざり顔も、客に向けるようなものではけっしてない。ゴミ捨て場を荒らすカラスを目撃したときのような迷惑顔。ああこいつのせいで、自分の面倒な仕事が増えた、という内心を隠そうともしない。
「並んでるつもりはなかったが」
 ただ、人の群れから離れたところで、職員と客のやりとりを眺めていただけだ。前触れもなくいきなりこんな状況に置かれたら、落ち着いてまずは周りを観察。現実から『落っこちる』ことの多かった俺が学んだ処世術みたいなものだ。
「じゃあ立っているなんて紛らわしいことをしないでください」
「座ればいいのか」
「そうですね。受付に用がないのなら」
 足元に、腰掛けるのにちょうどよさそうな石があった。ひび割れて、端っこが欠けて、見かけ椅子のようになっている。ちょっと固いが、立ち続けて疲れていたので、休憩するのにはよさそうだ。
 職員の言うとおりに座った。すると、「ふう」だとかため息をついて、隣にそいつも腰を下ろした。
「なんでお前も座るんだ」
「疲れたんで。休憩です。ああ肩と足と喉が凝った」
 仕事のし通しで疲れたのは本当のようで、日本語さえ適当になっている。そいつはかっちりと着込んだスーツの胸元からキャンデーを出して、包装を剥くと、棒を口に咥えた。
「棒付きキャンデーって言い方が好きですね、僕は」
「なんでも同じだろ」
「『エルマーとりゅう』って絵本に出てくるんですよ、ももいろのぼうつきキャンデーってのが。冒険の非常食にリュックに何本か詰めるんだったかな。ただの飴って書かれてたら、あんなにおいしそうには思えなかっただろうな。言い方って大事ですよ、些細なことでも」
 俺はそいつの顔をまじまじと見つめていた。キャンデー(ぼうつきキャンデー)を食べる都合上、そいつはかぶりものを脱ぐ必要があったのだが、リアルと見紛う馬面の下から現れたのは、普通の人間の若者の顔だった。馬の生首は今、若者の膝に置かれている。どうやら中身は人間だったらしい。
 白いテントで作られた受付と、そこに並ぶ行列に目を戻す。最前列の人間に対応して、どこかに案内していくスーツの職員の頭は、例外なく牛だったり虎だったり、なかには鬼なんてのもいる。一見、そういう生物のようだが、なんのことはない、よくできたマスクだった。
「あの人ら、どこに連れていかれるんだ」
「知ってどうするんです。あなた、並ばないんでしょう」
「ただの好奇心だ」
 休憩中の若者は思案するように桃色のキャンデーを舐めている。そして大学生のようにやる気のない口調で語りだす。
「世の中のものには名称があります。それぞれは違いを区別するためのものです。黒と白、男と女、ホモとヘテロ、なぜ区別するかといえば、分類することでもの輪郭が際立ち、より理解できるからです。ふたつに分かつだけでなく、細分化していくと、より一層」
 名称の話はそこに繋がるのか、と思えば、うなずきが返ってくる。
「そうです。これは『桃色』のキャンデーです。僕はそれ以外の色であれば、子供のときの浪漫を、この飴を食べるたびに思い出しはしなかったでしょう」
 並ぶ人々は分類されているのだろうか。行き先は天国か地獄か? 夢にしたってばかばかしい。
「ところであなた、どこから来たんです」
 ほかの人々とは違うことを察したか、はじめて若者が俺に興味を持ったような質問をした。
「さあ、亀裂に落ちたところまでは覚えてるんだが。よく落ちるんだ。普通に歩いているだけで、俺のまえの道は割れることが多い。覗き込んだことはあるが、底まで見通せたことはない」
 こうして着地できているということは、ここもそんなに深くはなかったのだろうが。
 今、地上に戻る方法を考えているところだ、と言うと、
「あなたが落ちてくるところは見てましたよ」
「本当か」
「あそこに並んでる人ら、みんな沼から這い上がってくるんですが、あなた、雲を割って光とともに降ってきましたからね。で、ここにある岩に頭から激突して、しばらく伸びていました」
「言われてみればさっきから頭が痛い……」
「すごく出血してますよ。大丈夫ですか?」
 ぜんぜん心配してなさそうにそんなことを言う。どうやら、欠けた岩は、俺が自分の頭で割ったようだった。どれだけ石頭なのか。
 沼から出てきた人々は、よく見ればたしかに泥だらけで汚れている。目がみっつあったり、手足のかわりに車輪が生えていたりして、どうもあちらは人間ではない。考えるまでもなく、俺が並んで分類される必要はないとわかった。
「まあそう言わずに。試しに並んでみたらどうでしょう」
「それで地獄行きを告げられたりするんだろ」
「行き先はそう単純ではないですよ。細分化されてますから。『綺麗な』地獄かもしれません」
「まったく想像ができないんだが……」
 休憩もそこまでにして、俺は帰り道を探すことにした。立ち上がって、俺の石頭が割った岩を見下ろす。ふたりが腰掛けたことで、割れ目はすこし広がったようだ。
「あなたの道先に常に奈落が開いているという話ですが……」
「なんだ」
「それって、よっぽどあなたが危険な道を歩んでいるということなのか、それとも」
「それとも?」
「誰かがあなたを陥れようとしているのか。恨まれているんじゃありません?」
 恨まれるような覚えはなかった。石頭だから、人の反感を知らぬところで買ってはいるかもしれないが。
 岩の亀裂を見下ろすと、底は真っ暗でよく見えない。かかとでついたら崩れて、落ちることのできるくらいの幅が開いた。
「その先に、あなたの分類される世界があるといいですね」
「たぶん大丈夫だ。いつもこうやって戻ってる」
 俺の所属しない世界に別れを告げて、とb


 






作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:inout お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:76 人 文字数:2789字 評価:2人
「私は、貴方のことを愛している」「まじですか、ホモですか、道理で他を無視して僕のことばっか狙ってくると思った」「他の奴にお前を渡したくはなかったのだよ、その断末 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:youro お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:53 人 文字数:1832字 評価:1人
ミドリムシ。単細胞生物。オスメスの区別はなく、細胞分裂によって増殖する。しかし細胞それ自体にも寿命はある。元は1つの細胞から分裂していくだけなら、その分裂の元 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:45 人 文字数:2685字 評価:1人
受付はずいぶん混んでいた。休日の市役所の窓口並みだ。番号札が発券されて、椅子すらない待合所で立って待たされる。待合所といっても寒空の下で、壁すらない吹きさらし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:70 人 文字数:3446字 評価:1人
僕の目の前に現れたそれは、オタマジャクシのような姿をしていた。黒い頭で尻尾が長く、目は飛び出ている。前足のようなものが生えているので、遠からずカエルになるのか 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:39 人 文字数:2915字 評価:0人
つい最近、必須要素:ホモを体験したばかりであったため、ホモに関しての使い方をその時考えていた。「自分の事をホモサピエンスです!っていうのよ。そんで・・・」その十 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:ミズノガク@即興小説81日 お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:37 人 文字数:1871字 評価:0人
じぶんの名はツネカズという。とある寺の子として生まれ、日々精進に励んでいる者である。じぶんは、何かについて考えることが好きである。修行の一環の中では、例えば人生 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:旬の甘栗 お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:71 人 文字数:2014字 評価:0人
ああ全く救いようのないやつだと。そう何度思えばいいのだろう。 朝目覚ましが鳴るよりも早く目覚め、寝間着から着替えるなり部屋を出て歯を磨き、ベランダに出て冬の冷 〈続きを読む〉

にいの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:にい お題:茶色い始まり 必須要素:男使用不可 制限時間:1時間 読者:9 人 文字数:2197字 評価:0人
仕事前のルーチンとして、髪を三つ編みにするというのがある。人の髪を、である。大抵はそのあたりを歩いている長い髪の女に頼んで編ませてもらう。散髪屋の表に立って、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:やわらかいサイト 制限時間:15分 読者:14 人 文字数:762字
「今日の点滴は、みそ汁」 なにを仕出かした覚えもないのだが、入院初日から看護師に嫌われている。医療ジョークなのか、患者がヒヤリとくるような嫌がらせを真顔で仕掛け 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:天国のモグラ 制限時間:15分 読者:12 人 文字数:677字
足で踏みつけられる喜びとは、地下で暮らすものにとって共通に知るところだろう。穴から顔を出すたびに光さえ見る間もなく踏みつけられる。最初は理不尽に思うかもしれな 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
離脱 ※未完
作者:にい お題:かっこいいドア 制限時間:15分 読者:12 人 文字数:712字
習慣とは身に染みついた無意識の動作としてあらわれ、そのせいですごく恥ずかしい目にあったりする。帰宅して、これからやるべき家事とかのことを考えながら鍵穴に鍵をさ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:理想的な土 制限時間:15分 読者:16 人 文字数:774字
自家栽培のために裏庭に作った畑には、肥料が欠けていた。そのへんの土に種を蒔いたところで勝手に野菜が大きく育ったりはしないのだ。とはいえ、初心者のことだから買い 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:フォロワーのお金 必須要素:コミティア 制限時間:1時間 読者:34 人 文字数:2740字 評価:2人
月夜に向けて指でつまんだ500円玉を掲げていて、なんのおまじないかなと思った。月光を浴びたことにより金運パワーがあがって、一番くじでA賞が当たるとか、そういう 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:青い会話 制限時間:15分 読者:16 人 文字数:704字
教え子の巣立ったあとのアトリエはがらんとして、なにかが足りないようだった。絵画教室なんて酔狂をはじめる前は、趣味でひとりで描いていたのだから、元に戻っただけな 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:光の平和 制限時間:15分 読者:15 人 文字数:829字
日の当たる場所でだけは仲良くしていましょうね、と破局寸前の夫婦のあいだで取り交わされた決まりごとは、とりあえずのところ、守られてはいた。ようするに昼間、子供た 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:これはペンですか?違うわ、それは発言 制限時間:15分 読者:17 人 文字数:1136字
誰もいない駅舎のホームで、せっせと動く帽子をかぶった人影があった。ホームの端っこのあたりに、なにやらものを置いては移動しているようである。「駅長さん」 ほかに 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:彼が愛した狼 必須要素:海老のしっぽ 制限時間:1時間 読者:21 人 文字数:2308字 評価:0人
幸福なまどろみのなかにいた小夜は、遠慮のない力で頬をつねられて飛び起きた。ふわふわの枕になかば顎をうずめて、イリスのいたずらっぽい瞳が顔を覗き込んでいた。「ま 〈続きを読む〉