お題:綺麗な奈落 必須要素:ホモ 制限時間:1時間 読者:30 人 文字数:2014字 評価:0人

決して相いれないもの




 ああ全く救いようのないやつだと。そう何度思えばいいのだろう。
 
 朝目覚ましが鳴るよりも早く目覚め、寝間着から着替えるなり部屋を出て歯を磨き、ベランダに出て冬の冷え切った空気を迎え入れて。そうして眠気を欠片も残さず吹き飛ばして。
 ああ今日もいい朝だなぁと、そんな清々しい気持ちでリビングに入るなりそう考えた。

「...んふふ~」
 
 妹がソファーで、にまにまとスマートフォンの画面を眺めている。ヘッドホンもイヤホンも付けずに動画を見ているようで、全く持って聞きたくない音声が耳から鼓膜へと押し入っていく。内容を限りなく意識の外へと追いやろうとするが、次々と流れ込んでくる音声の濃いこと濃いこと。まるで頭の中にこびりついていくようだ。とにかく不快の一言に尽きる。
 ああ全く。本当にこいつは。

「おい真弓。後生だ、本当に頼む。兄としてお前にする最初で最後のお願いになると思う」
「あれ、おはよう兄さん。......どうかしたの? なんだか顔色悪いみたいだけど」

 ああそれお前のせいだからなと、内心で毒づく。

「あー、俺の頭は大丈夫だ。多分きっとまだ汚染されてない。さっきから聞こえるやつのせいで今にもおかしくなりそうだけどな」
「うんうんわかる、これいいよねぇ」
「......違う、そうじゃない」

 わかっていない理解していない。本当に救いようがない。
 できることなら救ってやりたいが、こいつレベルで頭を汚染されているとなると相当に難しい話である。とはいえ同居人としては本当に勘弁してほしいので、これから先における人生分のお願い全てを消費しての提案。これ以上ないくらいに切実かつ、真剣な意見。
 すなわち、

「朝っぱらからリビングでホモビ見ることだけは、頼むからやめてくれ...頼む......!」

 本気なのか演技なのかわからないし何より判別したくもない棒読みの演技を選りすぐりの男優たちが繰り広げ、最終的には混ざり合う。出来る限り綺麗かつ可愛らしい言い方をするならば「にゃんにゃん」する映像作品。日本のインターネット限定でその名を広めているおぞましいそれは、世間では淫夢の通称で親しまれている。
 ちなみに朝っぱらから妹が楽しんでいたものは、その系列の第三章である。どうしてそんなに詳しくなってしまったのかなど、本当に考えたくもないが。

 藁にも縋るような、兄から二歳下の妹へのか細い懇願。
 積もりに積もった不満と気持ちと不快感は、ついぞ言葉にはできなかった。
 彼女はといえば、苦悶と心痛に苛まれたかのような表情でいた。

「......んん...」

 眼前の少女は数秒ほど何事か思案し、黙り込む。本来ならば時計の針が時間を刻む音が聞こえてくるはずだが、それは妹のスマホから絶えず聞こえてくる男たちの甘い嬌声によって全て遮られてしまっている。ええいうるさい。
 真弓はそうして数秒ほど考えた後、やがて結論が出たらしくにこりと微笑み、

「それはダメだね、ごめん!」

 おい。







 そも、妹が何故淫夢に染まってしまったのかといえば。
 健全な男子高校生である自分には全く持って理解できないが、近頃の女性たちの愛読書として有名なBL本とやらがキッカケであったらしい。
 アニメやゲーム、漫画などに出てくる男性の中でお似合いな二人をいくつかピックアップし(彼女曰く、カップリングだとか)、それをくっつける本を作品のファン自らが書き上げたものだ。努力の方向性が限りなく間違っているような気がするが、そんなことは言うまでもなく自明な理である。
 
 ともかく、それがキッカケとして。
 『原因』として。

 本ではなく、本物のBLを。
 ボーイズ・ラブというやつを知ってみたくなった結果、淫夢にたどり着いたのだそうだ。
 どこで道を間違ったのかは分からないし、何より正してやるのも恐らくは無理だろう。
 もう諦めた。
 
 妹は、既に落ちるところまで落ち切っているのだ。
 いわば、汚い奈落だ。

 嗚呼。朝食を取りながらそんなことを考えている自分が嫌になってくる。
 正面でトースターを頬張る真弓を見る。満足そうに微笑んで、コーンスープを口に運んで、大変美味しそうに朝食を楽しんでいる。
 黙っていれば。少なくともあんなビデオを見るような悪癖がなければ、普通の可愛らしい女の子だというのに。

「兄さんってさ」
「ん?」

 真弓は、気まずさを誤魔化すようにまたスープを口に運んで。
 呟く。

「BLは嫌いだけど、百合は結構好きだよね」

 何を言うか。

「馬鹿いえ、あれは良いものだぞ。まず綺麗だ。そして可憐で可愛い。素晴らしい」


 真弓のBLを汚い奈落と称するなら、そうさな。
 俺のものは、『綺麗な奈落』とでも言うべきものかもしれない。 





 
 
 
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