お題:苦しみの小説練習 制限時間:30分 読者:106 人 文字数:1107字

苦しみの小説練習
 バックスペースキーを連打する望月の顔は険しい。書いては消し、書いては消し、書かずに消す。実際に残った文字は、費やした時間に比べると驚くほど少ない。
「……あのさあ」
 がりがりと爪を噛み出した望月を見かねて口を挟む。
「とりあえず、駄作でもいいから完成させるのがいいんじゃない。完璧を目指すよりまず終わらせろって言ってたよ、なんだっけ……チーズインハンバーグみたいな名前の人」
 ザッカーバーグな、と冷静な指摘が返ってくる。切羽詰まっているようだけれど、こちらと会話できるくらいの余裕はあるらしい。安心した。
「だからと言って、最初から手を抜いて書くのは気に入らない。突き詰めれば初稿が出来上がった時点で既に修正の余地がないというのが理想だ」
「さすがにそれは」
「わかっている。だから、理想だ」
 たんたんたん、となおもキーボードを叩く。肩越しに真っ白なテキストエディタが見える。
「現実から理想へ少しでも近づけるのが練習というものだろう」
 だから、と望月は冷え切ったマグカップに手を伸ばす。湯気を立てるのをやめて久しい珈琲を一口啜り、顔をしかめる。
「苦しくても練習をしなければいけない。理想に近づけないまま終わるほうが、よっぽど苦しいからな」
 ふうん、と相槌を打ってポテチの袋を探り一枚を摘まみ出す。今日はのり塩味。塩気と香ばしさの、理想的な味のバランス。
「たとえば伊里谷、お前はプログラマだろ。さっき言ったザッカーバーグもそうだが、お前は納期にさえ間に合えば、完成さえすれば質の低いソフトウェアを客に引き渡しても良いと思うか?」
「それは卑怯な質問だな。良いわけないだろ」
 そういうことだ、と望月は続ける。
「品質は最高、かつ納期は最短。それが生む最上の報酬。俺はそれが理想、王道だと思う」
 望月の手が再び走り始めた。喋りながらもすさまじい勢いで言葉を綴る。皮肉屋の完璧主義者、ただし努力だけは一切惜しまない。望月はそういう男だ。
「でもさ、今回ばかりはまず完成させてみなよ。騙されたと思って」
 ちらと振り返った望月に、なるべくいたずらっぽくなるように笑いかける。
「早く読みたいな、望月の小説」
 はあ、とため息をついて三秒。ぱたんとノートパソコンが閉じられた。
「腹が減った」
「はい?」
「腹が減っては戦はできぬと言うだろう。今日はお前が作れ。腹が膨れたらアイデアも浮かぶだろうさ」
 お前が読みたいと言ったんだからな、と冷たく言いながらもその目には既に闘志が満ちている。
「……わかったよ。で、何が食べたい?」
「チーズインハンバーグ」
「わははは。了解、買い物付き合って」
「ああ」
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