お題:怪しい暗殺者 必須要素:外国語・外来語禁止 制限時間:1時間 読者:120 人 文字数:2596字 評価:1人

ホスピタリティ
 指定暴力団極虎会の事務所に現れたのは、異様な風体の男だった。
 濃いグリーンのトレンチコートを着込み、目深にかぶった帽子の下の顔を包帯で覆い隠している。
 極虎会の構成員たちは、組長の客だというこの怪しい男をどこか恐る恐る迎えた。
「しかし、何だって言うんでしょうね……?」
 構成員の中で最も若い井上が、兄貴分の橋本に囁きかける。
「あのミイラ野郎が本当に腕利きの暗殺者な……」
 言いかけてビクリ、と井上は身体を震わせた。彼の中の動物的な感覚が、一瞬自分に向けられた殺意に気付いたのだ。
「貴様、命拾いをしたな……」
 包帯の男は重々しく口を開いた。
「ひ……!」
「ミイラは、木乃伊と漢字で書けるので外来語の判定ではない……」
「ど、どういう意味だ?」
 すっかりブルっている井上に代わって、橋本が尋ね返す。
「俺の前で外来語を口にしたものは死ぬ運命にある……」
「何ィ?」
 橋本は眉を寄せた。そこに「ばかばかしい!」と叫んだものがいた。構成員の一人、平田である。
「何が外来語だ、訳の分からんことを言いやがって!」
 もしかして外来語の意味が分からないのか、と井上は平田の知性を危うんだ。
「そう言うなら、口に出してみるがいい……」
 何を、と平田は少し考えるそぶりを見せる。
「ガラス!」
「硝子と書けるからセーフだ……」
「え、じゃあチャカ!」
「それは外来語ではなく、業界用語だ……」
「だったら、えーと、ドス!」
「日本語だ……」
 こいつヤベェ、と橋本は息をのむ。包帯男ではなく、平田についてだが。
「小難しいこと言いやがってテメェ! 舐めてんのか!」
「いい加減にしねぇか、平田!」
 そう怒鳴り込んできたのは、極虎会組長の古賀であった。
「オヤジ!」
「俺の客に何て口利いてんだテメェはよぉ!」
 泣く子も黙る「狂虎」の古賀の一睨みに、平田はすくみ上る。
「悪いな、包帯の兄さんよ」
「構わない。彼が徒に命を落とさなくてよかった……」
 アホさ加減をさらけ出したのはよくなかったがな、と橋本は思った。
「早速だが、仕事の話だ」
 古賀は一枚の写真を包帯男に見せる。そこにはいかにもヤンチャしていますといった風体の、若い男が写っていた。
「こいつは……おい、平田」
「へ、へい!」
 説明しかけて古賀は急に平田を呼んだ。
「どういう男か説明しろ!」
「へい! この男は柳沢龍馬というヤンキー……」
 ぐっ、と突然平田は唸り、心臓を押さえてうずくまった。
「平田!」
 橋本が駆け寄った時には、既に彼は事切れていた。
「これがあんたの『外来語殺し』か。しかと、見せてもらったぜぇ」
 残酷に平田を見下して古賀は笑った。
「人が悪い……。試したのか……」
「どうも頭が足りなさすぎてよぉ、こいつは組の金に手をつけてやがったからな……」
 橋本はちらりと若頭・佐伯の顔をうかがう。佐伯は無言でうなずいた。どうやら、数日前から若頭が秘密裏に追っていた使い込みの犯人は、確かに平田だったようだ。
「でだ、この柳沢龍馬が、本番であんたに殺ってもらうタ……標的だ」
 どこかで安心したのか、一瞬古賀は気が緩んだようだ。
「こいつは俺の可愛い娘に手を出しやがってな……。は……おい、井上」
「は、はいぃぃ!」
 すっかりビビってしまっている井上に、古賀はメモ用紙を見せた。
「ここに書いてある言葉、読んでみな」
「は、『半グレ』です……」
 包帯男はため息をついた。
「俺に聞いてくれればいい。部下の命を賭ける必要はない……」
「そうかい。ともあれ半グレのクソガキなんだよ」
 井上は自分が死なずに済んだことに気づき、ヘナヘナとへたりこんだ。
「この野郎をよぉ、何とか殺っちまってくれねぇかね?」
「了解した……。ちなみに、平田というあの構成員だが……」
「もちろん料金は払うさ」
「いや、結構だ……」
 包帯男は「気分を害した」とでも言いたげな様子であった。
「……ちっ。おい、サブ!」
 そう言った瞬間、古賀は「うっ」と呻いて心臓を押さえて倒れた。
「え!?」
「は!?」
 突然のことに顔を見合わせる橋本と井上をよそに、若頭の佐伯がいきり立つ。
「どういうことだ貴様! オヤジはただサブと……」
 掴みかかろうとした佐伯であったが、そこまで言った瞬間やっぱり「うっ」と呻いて心臓を押さえて倒れた。
 慌てて橋本は古賀と佐伯の脈を調べる。
「し、死んでる……!」
「えぇぇぇ!? これ、なんで……」
 悲鳴じみた声を井上は上げた。橋本は包帯男の方を見やる。どこかばつが悪そうにしている。
「そうか、わかったぞ……」
 橋本の言葉に包帯男は彼の顔を見上げた。
「『代理』とか『下請け』って意味の英語と取ったんだな?」
「どうやらそうらしい……」
 クソ! と橋本は、橋本三郎はやり場のない怒りに任せて手近の椅子を殴りつけた。
「俺の呼び名が、そういう意味のある言葉じゃなかったら、こんなことには……!」
「まったくの悲劇だ……。これだけの命が失われたのに、俺には一銭も入らない……」
 包帯男は、平田を含む三人の死を悼むように帽子を取った。
「……とりあえず、あんたを車で送る。おい、いつまで座ってやがる!」
 橋本は井上に声をかけた。パッと若い彼は立ち上がると、事務所の物入れから車の鍵を取り出してきた。
「兄貴、キーで……」
「お前!」
 鍵を取り落とし、井上は床に仰向けに倒れた。
「馬鹿かよ、こんな最後の最後で……」
「酷い話だ……」
 包帯男は、半ば呆れたように首を横に振った。
「どうすりゃいいんだ……こんな数の遺体……」
「それは任せろ……。こういう不慮の事故はよくあることでな、うちの職員に頼めば処理してくれる……」
 そうかすまんな、と応じながら橋本はもう一つこぼす。
「これで極虎会は俺一人じゃないか……」
「俺の付き合いのある別の組に紹介してやろう……」
「あんた、面倒見いいな」
 そういうのを何て言うんだったか、外来語で病院みたいな言葉で……。
 いや、やめておこう。思い出したら、口に出してしまうかもしれない。
 とにかく今は親父が最期に言い残した仕事をするんだ。
「じゃあ、行くぜ」
 包帯男を先に行かせ、橋本は四つの遺体の転がる事務所の電気を消した。
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