お題:彼と何でも屋 制限時間:1時間 読者:30 人 文字数:2273字

想い出の館
 東京にあるレトロな町並みを眺めることができる小金井市。そこにある路地を何度も曲がり、暗く視覚になっている区間にその店はあった。陽が沈み辺りが闇に染まった後でしか開かれない特別な店。
 その名を、『想い出の館』と言った。
「ご来店ありがとうございます」
 扉を開き、薄暗い通路を歩くとホテルマンのような恰好をした男性に出迎えられた。前髪を逆立てたオールバックの金髪はとても攻撃的に見えるが、彼の柔らかな笑みでそのような印象は霧散した。
「ようこそ想い出の館へ。コチラヘ来られたということは、ここがどのような場所なのかはご存知ですよね」
 理解してはいるが来るのは初めて、という旨を伝える。
「ありがとうございます。では、移動しながら簡単にご説明させていただきます。足元、段差になっている箇所もございますのでお気をつけてお進みください」
 腰を直角に曲げたお辞儀をした後に彼は歩きだす。照明はぼんやりとした白い光しか使われておらず、この建物の輪郭自体未だにつかめないままでいた。
「ここは、貴方様の想いを追体験できる場所となっております」
 三歩先を歩く彼は説明を始めた。囁くように、でも聞き取れるようなトーンだった。
「楽しかった想い出。悔しかった想い出。辛かった想い出。幸せのあまり泣いてしまった想い出。様々な色をした記憶を今まさに再度体験しているような感覚をお楽しみいただけます。どんな時にあったことでも、もちろん忘れかけてしまった夢の内容も。何でもです」
 なんでも、と私は彼の言葉を反芻する。ウワサに聞いた通りだった。
「そうです。それと、勘違いされやすいのですが、そういうVRのような施設があるのではなく、そういう能力を持っている主人がいらっしゃるのです――あぁ、そう不思議そうな顔をするのも無理はありません」
 色々考えた結果、催眠術の一種なのだろうと納得した。彼はその言葉に笑顔を返すだけだったが。
「ここが、主人がいる部屋となります。中に入って、主人に追体験したい記憶を言って頂ければ始まりますのでよろしくお願い致します。それと、代金は最後にいただきますので、入り口近くに在るカウンターへ寄ることを忘れずに」
 案内は終了したらしく、彼はそのまま去っていった。もう少し聞きたいことがあったけれど仕方ない。
 薄明かりに照らされた木製の扉をノックし、返事を待たずに開けた。
 入ると、そこもまた薄い光しか内包していない部屋だった。足元には赤いカーペットが敷かれていて、辺りに厚い本がたくさん積まれていることくらいしかわからず部屋の大きさもわからなかった。
「扉、閉めて」
 と、若い女性の声が響いた。辺りを見渡すが、人らしき影は見当たらない。どうやら暗闇のどこかに潜んでいるようだった。
 言われた通り扉を閉め、より一層部屋が闇に包まれる――と、その刹那。
「始めるよ」
 視界が、ぐにゃりと曲がった。
 ――もう? まだ私は、何も言っていないのに。
 頭を――いや、脳を揺さぶられるような感覚に襲われる。ひどい嘔吐感が思考を支配し始め、耐えるようにギュッと目を瞑ると。
 脳裏に記憶が浮かび上がってきた。
 それは、学生時代の記憶だ。今の彼氏と楽しそうに談笑している光景が広がっていく。
 告白されて、顔を真っ赤にして頷いた光景が。
 帰り道初めて手をつないで帰った光景が。
 彼の家に初めて呼ばれて、初めてキスをした――。
 ――まって、まって! 私が見たかったのはこれじゃない!
 髪を掻きむしり、叫ぶように主人に言葉を投げつける。それでも記憶の連鎖は続いていく。現実の私を置き去りにして。
 クリスマスの夜、二人で食べるには大きすぎるケーキを笑いながら食べた光景が。
 喧嘩して、でもやっぱりまた会いたくなって彼の家に押しかけた光景が。
 社会人になって、仕事で失敗して泣いていた時、彼が慰めてくれた光景が。
 結婚式の、光景が。
 ――私は、私は諦めたかったの!
 私は彼と過ごした記憶が見たかった。それは合っている。でも、これじゃないのだ。
 もっとひどい、彼の嫌なところを思い出すような記憶が見たかったのだ。それで、彼を諦めたかった。

 結婚して、子供を産んでから。今までより仕事が忙しくなったのか彼は人が変わったかのようになってしまった。
 一緒にご飯を食べなくなった。顔を合わせる度に喧嘩をするようになった――この前は、お前は家事するだけでいいから楽そうだよななんて言われたのだ――。子供の世話だってしてくれたことはない。このままエスカレートしたら暴力に訴え始めるかもしれない。それが怖かった。
 だからもう、これ以上ないほど嫌いになって、別れて実家で暮らそうと思ってたのに。
 ――こんなんじゃ、諦めきれないじゃん!
 否定するように頭を振っても記憶は続いていく。どんどんどんどん――また彼を好きになっていってしまう。


「違う。それが、本当の、本当に、貴方が見たかった、記憶」
 館の主人である、魔女のような黒い服を身に纏っている女性はつまらなそうに言った。
「私は、人に、記憶を、何でも見せられる。でも、本当の、本当に、見たいって想って、なきゃ、見れない」
 言葉を区切り区切り話し、説明をするが、きっとその言葉は彼女に届いていない。
「よかった、ね。笑って、嬉しくなれる、記憶が見れて」
 心から祝福するように、言葉を弾ませて館の主人は笑う。こうして今日もまた、一人分依頼を達成することに成功したのだ。
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