お題:彼と何でも屋 制限時間:1時間 読者:78 人 文字数:2273字

想い出の館
 東京にあるレトロな町並みを眺めることができる小金井市。そこにある路地を何度も曲がり、暗く視覚になっている区間にその店はあった。陽が沈み辺りが闇に染まった後でしか開かれない特別な店。
 その名を、『想い出の館』と言った。
「ご来店ありがとうございます」
 扉を開き、薄暗い通路を歩くとホテルマンのような恰好をした男性に出迎えられた。前髪を逆立てたオールバックの金髪はとても攻撃的に見えるが、彼の柔らかな笑みでそのような印象は霧散した。
「ようこそ想い出の館へ。コチラヘ来られたということは、ここがどのような場所なのかはご存知ですよね」
 理解してはいるが来るのは初めて、という旨を伝える。
「ありがとうございます。では、移動しながら簡単にご説明させていただきます。足元、段差になっている箇所もございますのでお気をつけてお進みください」
 腰を直角に曲げたお辞儀をした後に彼は歩きだす。照明はぼんやりとした白い光しか使われておらず、この建物の輪郭自体未だにつかめないままでいた。
「ここは、貴方様の想いを追体験できる場所となっております」
 三歩先を歩く彼は説明を始めた。囁くように、でも聞き取れるようなトーンだった。
「楽しかった想い出。悔しかった想い出。辛かった想い出。幸せのあまり泣いてしまった想い出。様々な色をした記憶を今まさに再度体験しているような感覚をお楽しみいただけます。どんな時にあったことでも、もちろん忘れかけてしまった夢の内容も。何でもです」
 なんでも、と私は彼の言葉を反芻する。ウワサに聞いた通りだった。
「そうです。それと、勘違いされやすいのですが、そういうVRのような施設があるのではなく、そういう能力を持っている主人がいらっしゃるのです――あぁ、そう不思議そうな顔をするのも無理はありません」
 色々考えた結果、催眠術の一種なのだろうと納得した。彼はその言葉に笑顔を返すだけだったが。
「ここが、主人がいる部屋となります。中に入って、主人に追体験したい記憶を言って頂ければ始まりますのでよろしくお願い致します。それと、代金は最後にいただきますので、入り口近くに在るカウンターへ寄ることを忘れずに」
 案内は終了したらしく、彼はそのまま去っていった。もう少し聞きたいことがあったけれど仕方ない。
 薄明かりに照らされた木製の扉をノックし、返事を待たずに開けた。
 入ると、そこもまた薄い光しか内包していない部屋だった。足元には赤いカーペットが敷かれていて、辺りに厚い本がたくさん積まれていることくらいしかわからず部屋の大きさもわからなかった。
「扉、閉めて」
 と、若い女性の声が響いた。辺りを見渡すが、人らしき影は見当たらない。どうやら暗闇のどこかに潜んでいるようだった。
 言われた通り扉を閉め、より一層部屋が闇に包まれる――と、その刹那。
「始めるよ」
 視界が、ぐにゃりと曲がった。
 ――もう? まだ私は、何も言っていないのに。
 頭を――いや、脳を揺さぶられるような感覚に襲われる。ひどい嘔吐感が思考を支配し始め、耐えるようにギュッと目を瞑ると。
 脳裏に記憶が浮かび上がってきた。
 それは、学生時代の記憶だ。今の彼氏と楽しそうに談笑している光景が広がっていく。
 告白されて、顔を真っ赤にして頷いた光景が。
 帰り道初めて手をつないで帰った光景が。
 彼の家に初めて呼ばれて、初めてキスをした――。
 ――まって、まって! 私が見たかったのはこれじゃない!
 髪を掻きむしり、叫ぶように主人に言葉を投げつける。それでも記憶の連鎖は続いていく。現実の私を置き去りにして。
 クリスマスの夜、二人で食べるには大きすぎるケーキを笑いながら食べた光景が。
 喧嘩して、でもやっぱりまた会いたくなって彼の家に押しかけた光景が。
 社会人になって、仕事で失敗して泣いていた時、彼が慰めてくれた光景が。
 結婚式の、光景が。
 ――私は、私は諦めたかったの!
 私は彼と過ごした記憶が見たかった。それは合っている。でも、これじゃないのだ。
 もっとひどい、彼の嫌なところを思い出すような記憶が見たかったのだ。それで、彼を諦めたかった。

 結婚して、子供を産んでから。今までより仕事が忙しくなったのか彼は人が変わったかのようになってしまった。
 一緒にご飯を食べなくなった。顔を合わせる度に喧嘩をするようになった――この前は、お前は家事するだけでいいから楽そうだよななんて言われたのだ――。子供の世話だってしてくれたことはない。このままエスカレートしたら暴力に訴え始めるかもしれない。それが怖かった。
 だからもう、これ以上ないほど嫌いになって、別れて実家で暮らそうと思ってたのに。
 ――こんなんじゃ、諦めきれないじゃん!
 否定するように頭を振っても記憶は続いていく。どんどんどんどん――また彼を好きになっていってしまう。


「違う。それが、本当の、本当に、貴方が見たかった、記憶」
 館の主人である、魔女のような黒い服を身に纏っている女性はつまらなそうに言った。
「私は、人に、記憶を、何でも見せられる。でも、本当の、本当に、見たいって想って、なきゃ、見れない」
 言葉を区切り区切り話し、説明をするが、きっとその言葉は彼女に届いていない。
「よかった、ね。笑って、嬉しくなれる、記憶が見れて」
 心から祝福するように、言葉を弾ませて館の主人は笑う。こうして今日もまた、一人分依頼を達成することに成功したのだ。
作者にコメント

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:彼と何でも屋 制限時間:15分 読者:48 人 文字数:486字
今でも度々思い出すことがある。それは、ある夏の日に彼が言っていた言葉だ。「人の為になれる男になりたい」まったくもって抽象的で、具体的にどういうことをしたいのか、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:しょうろ お題:どす黒い視力 制限時間:1時間 読者:4 人 文字数:874字
あなたが人間で、あなたの心があなたの過去によって成り立っているなら、朗報がある。 人間は、記憶をほぼ全て脳細胞の中に貯め込んでいるにも関わらず、意識の中にその 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:dokoittan お題:どす黒い視力 制限時間:1時間 読者:9 人 文字数:1778字
小学4年生の視力検査で両眼とも1.0を切った僕は、母親からゲームは週に一日だけ、しかも30分しか遊んではいけないと言い渡された。30分ではダンジョンに潜っても戻 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:イグモ お題:団地妻のデマ 制限時間:1時間 読者:17 人 文字数:1796字
実は、昼下がりに情事に及ぶ団地妻など、現実世界には一人として存在していない。お昼時に団地へ行けばわかるが、お昼時の団地には人喰い暴れ馬の大群が押し寄せてくるのが 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ふぁいとー お題:彼女と眠り 制限時間:1時間 読者:21 人 文字数:2126字
僕の席は教室の一番奥の列、その一番後ろの席だ。少し顔の角度を変えればクラスメイトの様子を見ることができる。まぁ、実際にはクラスメイト全員が席に着くと人と人が被 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:早良しの お題:遅い罰 制限時間:1時間 読者:15 人 文字数:1381字
鐘がなった。 教室前の扉が開いて、教師が入ってくる。教壇に立った教師の視線が生徒たちの頭上をなめていくが、一瞬前に騒いでいた生徒たちはすでに席に着いている。た 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:真紅の怒りをまといし秘部 制限時間:1時間 読者:3 人 文字数:1字

ユーザーアイコン
作者:わなり お題:かたい土 制限時間:1時間 読者:17 人 文字数:448字
今日も掘る。僕は毎日掘っている。身長160と小さな身体でひたすらに掘っている。生まれてから10年でこの仕事を任され、そこから約20年掘っている。僕が生まれる前は 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
創作活動部 ※未完
作者:匿名さん お題:僕と屍 制限時間:1時間 読者:1 人 文字数:805字
”相変わらず凄いわねぇ” サマーバケーションとウィンターバケーションの年2回、政府が芸術を通して、福祉政策を国民に理解してもらうための啓蒙活動を行っている。 こ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:くさい信仰 制限時間:1時間 読者:4 人 文字数:1180字
お題小説が思いつかないのでブログです。 今回は”社会性”です。 日本人は世界各国の人と比べると礼儀正しいと見られるらしいです。これは、悪く言われている”同調圧 〈続きを読む〉

タチバナの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:タチバナ お題:灰色の微笑み 制限時間:1時間 読者:63 人 文字数:986字
煙草の匂いが嫌いだった。キスが黒ずんだ味になるのが嫌で、世間的に迫害されてすらいる娯楽品を前向きに好こうとも思えなかった。 それに、白い煙があなたの寿命のよう 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ お題:昨日の地下室 制限時間:1時間 読者:51 人 文字数:1893字
おじいちゃん家の敷地内には、お家以外にもいくつかの土蔵がありました。お米を貯めておくためだとか、畑で取れたお野菜を漬けておくためだとか、使い方によって分けられ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ お題:すごい目 制限時間:1時間 読者:53 人 文字数:1728字
「あ、もしもし。夜分遅く申し訳ないのですが急患って受け入れてますか?」「おい京華」「あーそうなんですね。失礼しましたー、はい、はーい」 なるほど、精神科って深夜 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ お題:空前絶後の外資系企業 制限時間:1時間 読者:56 人 文字数:1865字
日本で急成長するには、悲しきかな日本を見捨てなければいけない。 全てを見捨てろというわけではない。悪しき風潮を払拭しろと、そういう話をしているのだ。 長時間労 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ お題:素朴な山 制限時間:30分 読者:82 人 文字数:1045字
目を開けると、そこには柚乃お姉ちゃんの寝顔があった。吐息すら交わってしまうくらい、近くに。 咄嗟に声が出そうになったけど寸でのところでひっこめた。身じろぎ一つ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ お題:遅い境界 制限時間:1時間 読者:74 人 文字数:2165字
深夜の公園に鈍い打撃音が浸透するように鳴り響く。喉を酷使して発する絶叫は聞き苦しく、聞いている身としてはひたすらに不快だ。「痛いですか? 痛いですか? 安心し 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ お題:すごい旅行 制限時間:1時間 読者:59 人 文字数:1974字
「水筒は持った?」「……うん」「着替えと、寝袋は?」「……うん、持ってるよ」「よろしい! あとはお姉ちゃんが全部持っていくからね。それじゃあ――」 出発だ! と 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ お題:見知らぬ外側 必須要素:鶏肉 制限時間:30分 読者:63 人 文字数:1107字
町全体に重い轟音が響き渡りました。壁に射出された鉄球はピンボールのように跳ね返り、無人の家屋に突き刺さりました。 絶えることなく攻撃は行われ続けます。爆弾にハ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ お題:静かな朝飯 制限時間:1時間 読者:91 人 文字数:2232字
「私たちに時間が戻せる力が宿ったとしましょう」 と、シオンは人さし指を立てて言った。 閉じていた目を開け、一つ一つ情報が流れ込んでくる。太陽の光が差し込む無人の 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ お題:都会の彼女 制限時間:1時間 読者:85 人 文字数:1667字
彼女との待ち合わせは、いつも村はずれにある寂れたバス停だった。 それは五年くらい前に廃線となり機能しなくなったバス路線の一つ。山奥にある限界集落と山のふもとに 〈続きを読む〉