お題:彼と何でも屋 制限時間:1時間 読者:53 人 文字数:2273字

想い出の館
 東京にあるレトロな町並みを眺めることができる小金井市。そこにある路地を何度も曲がり、暗く視覚になっている区間にその店はあった。陽が沈み辺りが闇に染まった後でしか開かれない特別な店。
 その名を、『想い出の館』と言った。
「ご来店ありがとうございます」
 扉を開き、薄暗い通路を歩くとホテルマンのような恰好をした男性に出迎えられた。前髪を逆立てたオールバックの金髪はとても攻撃的に見えるが、彼の柔らかな笑みでそのような印象は霧散した。
「ようこそ想い出の館へ。コチラヘ来られたということは、ここがどのような場所なのかはご存知ですよね」
 理解してはいるが来るのは初めて、という旨を伝える。
「ありがとうございます。では、移動しながら簡単にご説明させていただきます。足元、段差になっている箇所もございますのでお気をつけてお進みください」
 腰を直角に曲げたお辞儀をした後に彼は歩きだす。照明はぼんやりとした白い光しか使われておらず、この建物の輪郭自体未だにつかめないままでいた。
「ここは、貴方様の想いを追体験できる場所となっております」
 三歩先を歩く彼は説明を始めた。囁くように、でも聞き取れるようなトーンだった。
「楽しかった想い出。悔しかった想い出。辛かった想い出。幸せのあまり泣いてしまった想い出。様々な色をした記憶を今まさに再度体験しているような感覚をお楽しみいただけます。どんな時にあったことでも、もちろん忘れかけてしまった夢の内容も。何でもです」
 なんでも、と私は彼の言葉を反芻する。ウワサに聞いた通りだった。
「そうです。それと、勘違いされやすいのですが、そういうVRのような施設があるのではなく、そういう能力を持っている主人がいらっしゃるのです――あぁ、そう不思議そうな顔をするのも無理はありません」
 色々考えた結果、催眠術の一種なのだろうと納得した。彼はその言葉に笑顔を返すだけだったが。
「ここが、主人がいる部屋となります。中に入って、主人に追体験したい記憶を言って頂ければ始まりますのでよろしくお願い致します。それと、代金は最後にいただきますので、入り口近くに在るカウンターへ寄ることを忘れずに」
 案内は終了したらしく、彼はそのまま去っていった。もう少し聞きたいことがあったけれど仕方ない。
 薄明かりに照らされた木製の扉をノックし、返事を待たずに開けた。
 入ると、そこもまた薄い光しか内包していない部屋だった。足元には赤いカーペットが敷かれていて、辺りに厚い本がたくさん積まれていることくらいしかわからず部屋の大きさもわからなかった。
「扉、閉めて」
 と、若い女性の声が響いた。辺りを見渡すが、人らしき影は見当たらない。どうやら暗闇のどこかに潜んでいるようだった。
 言われた通り扉を閉め、より一層部屋が闇に包まれる――と、その刹那。
「始めるよ」
 視界が、ぐにゃりと曲がった。
 ――もう? まだ私は、何も言っていないのに。
 頭を――いや、脳を揺さぶられるような感覚に襲われる。ひどい嘔吐感が思考を支配し始め、耐えるようにギュッと目を瞑ると。
 脳裏に記憶が浮かび上がってきた。
 それは、学生時代の記憶だ。今の彼氏と楽しそうに談笑している光景が広がっていく。
 告白されて、顔を真っ赤にして頷いた光景が。
 帰り道初めて手をつないで帰った光景が。
 彼の家に初めて呼ばれて、初めてキスをした――。
 ――まって、まって! 私が見たかったのはこれじゃない!
 髪を掻きむしり、叫ぶように主人に言葉を投げつける。それでも記憶の連鎖は続いていく。現実の私を置き去りにして。
 クリスマスの夜、二人で食べるには大きすぎるケーキを笑いながら食べた光景が。
 喧嘩して、でもやっぱりまた会いたくなって彼の家に押しかけた光景が。
 社会人になって、仕事で失敗して泣いていた時、彼が慰めてくれた光景が。
 結婚式の、光景が。
 ――私は、私は諦めたかったの!
 私は彼と過ごした記憶が見たかった。それは合っている。でも、これじゃないのだ。
 もっとひどい、彼の嫌なところを思い出すような記憶が見たかったのだ。それで、彼を諦めたかった。

 結婚して、子供を産んでから。今までより仕事が忙しくなったのか彼は人が変わったかのようになってしまった。
 一緒にご飯を食べなくなった。顔を合わせる度に喧嘩をするようになった――この前は、お前は家事するだけでいいから楽そうだよななんて言われたのだ――。子供の世話だってしてくれたことはない。このままエスカレートしたら暴力に訴え始めるかもしれない。それが怖かった。
 だからもう、これ以上ないほど嫌いになって、別れて実家で暮らそうと思ってたのに。
 ――こんなんじゃ、諦めきれないじゃん!
 否定するように頭を振っても記憶は続いていく。どんどんどんどん――また彼を好きになっていってしまう。


「違う。それが、本当の、本当に、貴方が見たかった、記憶」
 館の主人である、魔女のような黒い服を身に纏っている女性はつまらなそうに言った。
「私は、人に、記憶を、何でも見せられる。でも、本当の、本当に、見たいって想って、なきゃ、見れない」
 言葉を区切り区切り話し、説明をするが、きっとその言葉は彼女に届いていない。
「よかった、ね。笑って、嬉しくなれる、記憶が見れて」
 心から祝福するように、言葉を弾ませて館の主人は笑う。こうして今日もまた、一人分依頼を達成することに成功したのだ。
作者にコメント

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:彼と何でも屋 制限時間:15分 読者:37 人 文字数:486字
今でも度々思い出すことがある。それは、ある夏の日に彼が言っていた言葉だ。「人の為になれる男になりたい」まったくもって抽象的で、具体的にどういうことをしたいのか、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:真城うさ お題:小説家の口 制限時間:1時間 読者:21 人 文字数:1503字
何日の夜を病院で越したのか、覚えていない。ひとり落ち着いたと思えば一人が急変し、新たな患者が救急車に乗ってやって来る。急性アルコール中毒の為に外来で暴れる患者が 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
レイニー ※未完
作者:はるちか お題:求めていたのはオチ 制限時間:1時間 読者:11 人 文字数:1385字
AM7:26家を出てすぐの道路のど真ん中に蛙がいた。昨夜から降り続いている雨のせいで生息地から離れたのだろう、緑の少ない住宅街で蛙を見つけたのは何年ぶりかだった 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:篠束ネル お題:難しい即興小説 制限時間:1時間 読者:14 人 文字数:1376字
弾いたこともないピアノについての小説なんてかけるわけがない。 そう言ってさっさと投げ出しにかかった私に、先輩は呆れた顔をした。「君ねえ、文章の練習がしたいから 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:苦い冤罪 制限時間:1時間 読者:16 人 文字数:1909字
「このひと痴漢です」 ああ、終わった。 違うという否定の声より先に、その感慨が脳裏を巡り、反論をにぶらせた。 満員の通勤電車でもつれた舌がやっと紡いだ「ち、ちが 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:篠束ネル お題:最弱のオチ 制限時間:1時間 読者:13 人 文字数:416字
○○だけど、お前が一番最弱だ。 あるところに腕の立つ青年が居た。彼は剣技においては生まれた時から一度も負けたことが無かった。 我流でありながらも必殺の剣を極めた 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:メソと青い鳥_ SRI お題:シンプルな罪人 制限時間:1時間 読者:19 人 文字数:1822字
夜中に目を覚ますと、私は喉の渇きを感じた。もう夏がすぐそこに迫っている六月の半ばといっても、夜はまだ少し肌寒い。布団から這い出て、日中の日の暖かさを完全に忘れて 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨箕悠 お題:マンネリな雑踏 制限時間:1時間 読者:19 人 文字数:1138字
男は物心ついた時から「普通」に「平凡」に生きる事を目指していた。幼い男の家には父親はおらず、その理由を母に訪ねてはいけない、と男は幼いながらに察していた。 母 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:部屋とYシャツと村 制限時間:1時間 読者:4 人 文字数:569字
田中にとってはどうでも良い事だが、今泉にとってはどうでも良くない事が目の前で繰り広げられていた。今泉の顔色は忙しなく変化をしているのだが、田中の顔は平時と何ら変 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:フォロワーの敗北 制限時間:1時間 読者:12 人 文字数:1055字
誰だって、少しくらいは承認欲求を満たしたいという感情はあるものだ。もし、そんなことを考えたことがなかったとしても、ひとたび誰かに肯定的な言葉をかけられればそれ 〈続きを読む〉

タチバナ@小説書きたい探索者の即興 小説


ユーザーアイコン
作者:タチバナ@小説書きたい探索者 お題:打算的なデマ 制限時間:1時間 読者:47 人 文字数:1516字
噂話が好きだった。嘘か真かわからない、出所さえも掴めない煙のようなリアルなフィクションは私の胸を躍らせた。 あの人とあの人は付き合っている。この学校には七不思 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ@小説書きたい探索者 お題:そ、それは・・・時計 必須要素:コメディ 制限時間:1時間 読者:41 人 文字数:1974字 評価:0人
平素とは違いクラスメイト達が帰宅して静まり返った教室で、シオンはただ一人机に行儀悪く腰かけて遠くを見ていた。窓の外では運動部の熱を余した人たちが居残って部活に 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ@小説書きたい探索者 お題:意外!それは希望 制限時間:1時間 読者:65 人 文字数:1782字
死にたい。死んでしまいたい。消えてしまいたいいなくなりたい。 決して強い感情に突き飛ばされて死にたいわけではなく。決意を以てして死にたいわけでもなく。 そうで 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ@小説書きたい探索者 お題:セクシーな始まり 制限時間:15分 読者:48 人 文字数:556字
口から漏れ出る嬌声は、隣まで響いていないだろうか。他人事のように頭の奥底で考えながら、私は手を激しく動かしていた。 何度も、何度も勉強机の前で声を上げ続ける。 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ@小説書きたい探索者 お題:見知らぬコウモリ 制限時間:1時間 読者:63 人 文字数:2306字
今日も獣と鳥は喧嘩していました。獣は鳥を見上げるようにして唸り、鳥は獣をあざけ笑うように見下ろします。「お前は地を駆け回る楽しさを知らない。未熟な足しか生えて 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ@小説書きたい探索者 お題:彼女と寒空 制限時間:1時間 読者:84 人 文字数:2255字
「京華がっ、い、い今病院に、運ばれて! 飛び降りたって!」「もしも……えっと、京華のお母様? 落ち着いてください。落ち着いてください」 京華の母親から連絡が来た 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ@小説書きたい探索者 お題:情熱的な火事 制限時間:1時間 読者:77 人 文字数:1672字
パチパチと私の秘密基地が燃えていく。もう既に崩壊しかけていて燃えるものなんてほとんどなかったけれど、燃やしたいものはいくらでもありました。 物質として残ってい 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ@小説書きたい探索者 お題:恥ずかしい門 制限時間:1時間 読者:71 人 文字数:2120字
杠葉 京華は昔から、本当の自分を見せることが苦手でした。 怖かったからではなく、さらけ出して、開けっ広げにして、今までの人間関係を崩したくなかったからでもなく 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ@小説書きたい探索者 お題:アブノーマルな動揺 制限時間:15分 読者:68 人 文字数:698字
どうして私はまだ生きるんでしょう。どうしてまだ私は生き続けなければいけないんでしょう。虚無だけが包むこの世界で、歩き続けろなんて――どうしてそんなひどいことが 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:タチバナ@小説書きたい探索者 お題:わたしの嫌いな紳士 制限時間:15分 読者:72 人 文字数:677字
ほら、私もう一人で歩けるんですよ。 笑って家に帰れるんですよ。もうおじさんに手を引っ張ってもらわなくてもいいんです。 今まで、ありがとうございました。 なのに 〈続きを読む〉