お題:緩やかな深夜 制限時間:15分 読者:31 人 文字数:1000字

十六夜
 秋の夜長というけれど、それほど長さに差を感じない。
 それはすぐに寝てしまうからだ、と彼は言ってわたしを外に連れ出した。
 玄関先で大きな欠伸をすると、外にいた彼は笑って南の空を指差した。
「あの月も入りそうな口してる」
 月はほとんど新円に近い姿で南中していた。
 そんなわけあるか、と言う気も起きずに、わたしは無言で靴を履いた。

 日中は、まだまだ夏かと思うぐらいに暑いくせに、夜になるとさすがにひんやりとしている。
 街灯に照らされたアスファルトは黒く、大きな穴が開いていても分からないだろう。そう思うと、あんまり歩いていく気がしない。
 引き返そう、とわたしは家から5メートルぐらいのところで言った。彼はまた笑う。笑って、「まだまだ夜は長いよ」と返す。
 彼はいつも笑っているように思う。そういう風に意識して、わたしの前では振舞おうとしているだけかもしれない。
「おあつらえ向きの、満月の夜じゃないか。秋は月がきれいなんだって言うだろう?」
「月なんていつ見たって同じだよ」
 おあつらえ向き、と聞いてわたしは彼の笑顔のことを思う。いつも満月に見える月として、わたしの周りを回ってくれている、そんな風な傲慢な想像をしてしまう。
「そんなことないよ」
 月には色々あるのだ、と彼は言った。
 地球に近くて大きく見える満月が「スーパームーン」、一か月で二回目の満月を「ブルームーン」、他にも「ブラッドムーン」とか、色々な呼び方があるらしい。
「もちろん、形も変わるからね。三日月、上弦の月、下弦の月……」
 理科の授業が始まったので、わたしはそっぽを向いた。
「今日は、何の月? 満月?」
 彼はスマホを取り出して、「正確なところを調べる」と言った。
「……ああ、違うんだ」
「何?」
「今日は十六夜だよ」
 日にちとちょっとずれてるんだ、太陽暦だから。ピンとこないが彼はそう言った。
「あるいは、『キボウ』とも言うそうだよ」
「きぼう……」
 どんな字を書くのだろう。希望、ではないと思う。
 既に望月をすぎたから、で「既望」と書くと彼は言った。
「どっちでもいいや。『きぼうのある』夜空だと思って」
 ないよ、と言いかけてわたしはやめた。
 ない、と言うのは簡単だ。でも、わたしはもう昼間に家から出られなくなって久しいのに、彼はこうして構ってくれる。それを、突っぱねるような気がしたから。
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