お題:遠い同情 必須要素:複雑なストーリー展開 制限時間:1時間 読者:61 人 文字数:3024字 評価:0人

友情の証
 子供向けのアニメキャラクターをかたどった、その全長20センチほどの人形は、瓜二つのもう一体と同期している。片方に加えられた刺激、たとえば腕をもいだり、頭を坊主に剃り上げたりといったことをすると、自然にもう一体が同じ姿となる。
 なにも藁人形と呪われた対象のような用途ばかりでなく、話しかけて答えてもらったり、頼んでダンスしてもらったり、遠く離れたところで人形を持つ相手が、どのように過ごしているのか知る手がかりになったりする。
「引っ越しても、ずっとともだちだよ」
 少年は、遠く、異国へ行ってしまう親友に、人形の片割れをプレゼントした。夜、毎晩、寝るまえに話しかけてね。君がどんなふうに生活しているか、人形を通じてぼくは知ることができるから。そう言うと、親友はその友情に感激して、君も同じようにしてねとお返しに言った。君がなにに悩んでいるか、悲しいことがあったときに、自分も同じ感情を共有したいから。
 ふたりはいつかまた遊ぼうと再会を誓い、最後に抱きしめ合ってから別れた。そうして少年は、友人の乗った飛行機が、空に旅立っていくのを見送った。

 幼いころの友人と、いつまでも仲良しでいることは難しい。近くにいたってそうなのだから、遠くにいって、何年も会わずにいたら、疎遠になるのが自然だった。
 はじめは、手紙やメールのやりとりがあった。親にパソコンを買い与えてもらってからは、テレビ電話で。彼らは毎晩会話していた。といっても時差がある。友人にとって夜でも、少年には朝だった。画面に映る子供部屋、窓から見える光は、夕日と朝日、それなのに同じ太陽のものであるのが不思議で、おかしかった。
 そうはいっても、朝の時間にいつもいつも電話をするのは面倒だ。次第に、少年は連絡をとらなくなっていった。携帯のメッセージはたまるばかりで、手紙は開封されずに束になった。
 ふたりの絆である人形も、いつしか机のよく見える位置から、棚の飾りへ、押入れへと場所を移していき、もう見ることもなくなった。
 たまに、誰もいない部屋から物音が聞こえるのを妙に思う。それでも、進学して新しくできた友達と遊ぶのに忙しく、少年は存在を気にかけなくなった。

 少年が大人になり、ひとり立ちしたころに、両親が離婚した。これまで順調な人生を歩んできた彼に、それははじめて差した影だった。予兆もなく、どうしてそんなことが起きたのか、わからない。子供の説得にも応じず、楽しい青春時代を過ごした生家は売り払われ、両親のどちらとも会うのが気まずくなった。
 落ち込んでいた矢先、仕事のほうもうまくいかなくなった。はじめての就職先は、一度歯車が狂いだすと、あとは落ちぶれるばかりで、「使えない奴」の烙印を押されたが最後、もう挽回はきかなかった。一度、リセットしようと一念発起して退職し、その後の仕事はまえほどのやりがいがなく、日々、鬱憤が溜まるばかりだった。
 今の人生がうまくいかないと、過去の輝かしい時代にすがりつきたくなるものだ。学生時代の写真を見て、同様にうまくいっていない友人と呑みに行き、あのころはよかったと愚痴を言い合った。しかしすこしでも成功した同級生の話を聞くと不快になり、そのうち友人たちとも会わなくなった。
 もっと昔、成功とか失敗とか考えずにいられた、幼い少年時代の楽しい思い出を、彼は思い出すようになった。毎日が刺激にあふれて楽しく、仲のいい子とならいつまでだって遊んでいられた。押入れを探って、あの頃のおもちゃを発見しては、記憶を探って懐古にふけった。
 そんななかに、ボロボロになった人形を見つけた。はまっていたヒーローアニメの主人公だが、ずいぶん傷んでいた。何度も壁にぶつけたように、胴体はひん曲がり、手足は引っこ抜かれててんでばらばらの位置に突っ込まれていた。なにより異様なのは、その全身、ヒーローのマントにいたるまで、細かい文字でびっしりと恨み言が書かれていることだ。
 彼には覚えがなかった。
 が、その文字のなかに異国の文字を見つけて、かすかに頭に引っかかる存在があった。
 そして手紙を見つけた。開封されていない、数年ぶんのもの。
 やりがいもなく、特別彼でなければできないわけではない。必要とされていない職場は簡単に休むことができ、その日、彼はむかしの友人に会いにいくことにした。

 ろくに言葉も通じない地で、迷いながら、住所の家を探した。もし、まだ住んでいるなら、そこにいるはずだった。向かっている途中で、あの日、飛行機を見送ったことを思いだした。最近は過去のことばかり考えていたから、一度思い出すと、芋づる式にいろいろな記憶が蘇ってきた。
 移動中に、手紙を読んだ。そこで、友人が異国の学校でうまくいっていないこと、少年だった彼との会話だけが心の拠り所だったことを知った。だんだんと性格の暗くなる友人に、すこし嫌気がさした彼のほうから距離を置き始めたことも、思いだした。
 手紙の返事はこない。テレビ電話には出てくれない。ゆいいつ、人形だけが友人の意思を少年に伝えることができる。友達ができずに部屋に引きこもっていた友人にとって、人形に恨みをぶつけることしかできなかった。
 悪いことをしたな、と思う。
 でも、それもずいぶん昔の話だろう。通りがかった店で、おもちゃが売っていた。ウィンドウに張り付いてはしゃいでいるのは小さな子供たち。彼らが、あんなに幼かったころの話だ。今は彼の友人も、人形なんか大事に持っていないだろうし、大人になって外にも出たはずに違いない。
 人生がうまくいかずにくすぶっている彼より、成功していたら嫌だなと思った。だから、それを確認するためにやってきたのだ。
 彼がたまたま足を止めたその店では、同じアニメの世代を経た新シリーズのヒーローが売っていた。あの同期する人形だ。ふらりと誘われるように入って、二体、人形を購入した。

 通りを行くと、友人の家が見えてきた。二階の角部屋が目についた。窓ガラスが内側から割られ、修繕してもすぐ割られるためだろう、適当な板で塞がれていた。その隙間からでも、怒鳴り声が聞こえてきた。家庭は荒れ果てているのだろう、家を外から見るだけでもすさんだ雰囲気は伝わってきた。
 死ねだとか殺すだとか直接的な罵倒のあとに叫ばれているのは、彼の名前だ。
 友人は変わってないんだな、と懐かしい気分がわきあがってきた。今も子供のころと変わらず、いつまでも大人になれないまま。同情よりも先に安心した。
 訪れれば、母親だろう、随分やつれた婦人が応対に出て、友達なら会っていくかと訊ねた。彼は首を振り、かわりに人形を片方渡した。
「これを彼に。古いほうはもうボロボロになってしまったでしょうから」
 彼と友人はいつまでも友達だ。プレゼントをきっと喜んでくれるだろう。

 片割れの人形を大事に抱え、帰路につく。
 帰りの飛行機に乗っている最中、人形の首が飛び、顔面に罅が入った。家に帰ったら直してやろうと思う。友人は遠いところに住んでいる。新しいものはそうそう届けてやれない。壊されるたび、きちんと直してやっていれば、長持ちする。彼がこれまでやってやれなかったことだ。
 人形は、どこにいても目に入る、部屋のいちばんいい位置に置いてある。毎日遠くの友人を思うことで、彼は明日もがんばれる。



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