お題:遠い同情 必須要素:複雑なストーリー展開 制限時間:1時間 読者:19 人 文字数:3024字 評価:0人

友情の証
 子供向けのアニメキャラクターをかたどった、その全長20センチほどの人形は、瓜二つのもう一体と同期している。片方に加えられた刺激、たとえば腕をもいだり、頭を坊主に剃り上げたりといったことをすると、自然にもう一体が同じ姿となる。
 なにも藁人形と呪われた対象のような用途ばかりでなく、話しかけて答えてもらったり、頼んでダンスしてもらったり、遠く離れたところで人形を持つ相手が、どのように過ごしているのか知る手がかりになったりする。
「引っ越しても、ずっとともだちだよ」
 少年は、遠く、異国へ行ってしまう親友に、人形の片割れをプレゼントした。夜、毎晩、寝るまえに話しかけてね。君がどんなふうに生活しているか、人形を通じてぼくは知ることができるから。そう言うと、親友はその友情に感激して、君も同じようにしてねとお返しに言った。君がなにに悩んでいるか、悲しいことがあったときに、自分も同じ感情を共有したいから。
 ふたりはいつかまた遊ぼうと再会を誓い、最後に抱きしめ合ってから別れた。そうして少年は、友人の乗った飛行機が、空に旅立っていくのを見送った。

 幼いころの友人と、いつまでも仲良しでいることは難しい。近くにいたってそうなのだから、遠くにいって、何年も会わずにいたら、疎遠になるのが自然だった。
 はじめは、手紙やメールのやりとりがあった。親にパソコンを買い与えてもらってからは、テレビ電話で。彼らは毎晩会話していた。といっても時差がある。友人にとって夜でも、少年には朝だった。画面に映る子供部屋、窓から見える光は、夕日と朝日、それなのに同じ太陽のものであるのが不思議で、おかしかった。
 そうはいっても、朝の時間にいつもいつも電話をするのは面倒だ。次第に、少年は連絡をとらなくなっていった。携帯のメッセージはたまるばかりで、手紙は開封されずに束になった。
 ふたりの絆である人形も、いつしか机のよく見える位置から、棚の飾りへ、押入れへと場所を移していき、もう見ることもなくなった。
 たまに、誰もいない部屋から物音が聞こえるのを妙に思う。それでも、進学して新しくできた友達と遊ぶのに忙しく、少年は存在を気にかけなくなった。

 少年が大人になり、ひとり立ちしたころに、両親が離婚した。これまで順調な人生を歩んできた彼に、それははじめて差した影だった。予兆もなく、どうしてそんなことが起きたのか、わからない。子供の説得にも応じず、楽しい青春時代を過ごした生家は売り払われ、両親のどちらとも会うのが気まずくなった。
 落ち込んでいた矢先、仕事のほうもうまくいかなくなった。はじめての就職先は、一度歯車が狂いだすと、あとは落ちぶれるばかりで、「使えない奴」の烙印を押されたが最後、もう挽回はきかなかった。一度、リセットしようと一念発起して退職し、その後の仕事はまえほどのやりがいがなく、日々、鬱憤が溜まるばかりだった。
 今の人生がうまくいかないと、過去の輝かしい時代にすがりつきたくなるものだ。学生時代の写真を見て、同様にうまくいっていない友人と呑みに行き、あのころはよかったと愚痴を言い合った。しかしすこしでも成功した同級生の話を聞くと不快になり、そのうち友人たちとも会わなくなった。
 もっと昔、成功とか失敗とか考えずにいられた、幼い少年時代の楽しい思い出を、彼は思い出すようになった。毎日が刺激にあふれて楽しく、仲のいい子とならいつまでだって遊んでいられた。押入れを探って、あの頃のおもちゃを発見しては、記憶を探って懐古にふけった。
 そんななかに、ボロボロになった人形を見つけた。はまっていたヒーローアニメの主人公だが、ずいぶん傷んでいた。何度も壁にぶつけたように、胴体はひん曲がり、手足は引っこ抜かれててんでばらばらの位置に突っ込まれていた。なにより異様なのは、その全身、ヒーローのマントにいたるまで、細かい文字でびっしりと恨み言が書かれていることだ。
 彼には覚えがなかった。
 が、その文字のなかに異国の文字を見つけて、かすかに頭に引っかかる存在があった。
 そして手紙を見つけた。開封されていない、数年ぶんのもの。
 やりがいもなく、特別彼でなければできないわけではない。必要とされていない職場は簡単に休むことができ、その日、彼はむかしの友人に会いにいくことにした。

 ろくに言葉も通じない地で、迷いながら、住所の家を探した。もし、まだ住んでいるなら、そこにいるはずだった。向かっている途中で、あの日、飛行機を見送ったことを思いだした。最近は過去のことばかり考えていたから、一度思い出すと、芋づる式にいろいろな記憶が蘇ってきた。
 移動中に、手紙を読んだ。そこで、友人が異国の学校でうまくいっていないこと、少年だった彼との会話だけが心の拠り所だったことを知った。だんだんと性格の暗くなる友人に、すこし嫌気がさした彼のほうから距離を置き始めたことも、思いだした。
 手紙の返事はこない。テレビ電話には出てくれない。ゆいいつ、人形だけが友人の意思を少年に伝えることができる。友達ができずに部屋に引きこもっていた友人にとって、人形に恨みをぶつけることしかできなかった。
 悪いことをしたな、と思う。
 でも、それもずいぶん昔の話だろう。通りがかった店で、おもちゃが売っていた。ウィンドウに張り付いてはしゃいでいるのは小さな子供たち。彼らが、あんなに幼かったころの話だ。今は彼の友人も、人形なんか大事に持っていないだろうし、大人になって外にも出たはずに違いない。
 人生がうまくいかずにくすぶっている彼より、成功していたら嫌だなと思った。だから、それを確認するためにやってきたのだ。
 彼がたまたま足を止めたその店では、同じアニメの世代を経た新シリーズのヒーローが売っていた。あの同期する人形だ。ふらりと誘われるように入って、二体、人形を購入した。

 通りを行くと、友人の家が見えてきた。二階の角部屋が目についた。窓ガラスが内側から割られ、修繕してもすぐ割られるためだろう、適当な板で塞がれていた。その隙間からでも、怒鳴り声が聞こえてきた。家庭は荒れ果てているのだろう、家を外から見るだけでもすさんだ雰囲気は伝わってきた。
 死ねだとか殺すだとか直接的な罵倒のあとに叫ばれているのは、彼の名前だ。
 友人は変わってないんだな、と懐かしい気分がわきあがってきた。今も子供のころと変わらず、いつまでも大人になれないまま。同情よりも先に安心した。
 訪れれば、母親だろう、随分やつれた婦人が応対に出て、友達なら会っていくかと訊ねた。彼は首を振り、かわりに人形を片方渡した。
「これを彼に。古いほうはもうボロボロになってしまったでしょうから」
 彼と友人はいつまでも友達だ。プレゼントをきっと喜んでくれるだろう。

 片割れの人形を大事に抱え、帰路につく。
 帰りの飛行機に乗っている最中、人形の首が飛び、顔面に罅が入った。家に帰ったら直してやろうと思う。友人は遠いところに住んでいる。新しいものはそうそう届けてやれない。壊されるたび、きちんと直してやっていれば、長持ちする。彼がこれまでやってやれなかったことだ。
 人形は、どこにいても目に入る、部屋のいちばんいい位置に置いてある。毎日遠くの友人を思うことで、彼は明日もがんばれる。



作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:遠い同情 必須要素:複雑なストーリー展開 制限時間:1時間 読者:49 人 文字数:3703字 評価:2人
浅村ミユのお母さんが亡くなったらしい。 あんなに元気だったのに、と僕は少しだけ悲しくなった。 どうして、クラスメイトの母親のことをそんな風に思うのか。 それは 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:富士口勇生@何者にも染まらない無職 お題:遠い同情 必須要素:複雑なストーリー展開 制限時間:1時間 読者:21 人 文字数:805字 評価:0人
今日も俺はガチャを回す。レアキャラの出ないガチャを。不毛な無駄遣いを。どうして出ないとわかっていて回すのか。それは少しでも出ることを信じているからだ。ガチャを回 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:遠い同情 必須要素:複雑なストーリー展開 制限時間:1時間 読者:19 人 文字数:3024字 評価:0人
子供向けのアニメキャラクターをかたどった、その全長20センチほどの人形は、瓜二つのもう一体と同期している。片方に加えられた刺激、たとえば腕をもいだり、頭を坊主 〈続きを読む〉

にいの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:にい お題:愛と欲望の娘 必須要素:カレー 制限時間:30分 読者:11 人 文字数:1219字
今日も窓の外を人が落ちていって、庭木なんて気の利いたもののないマンションの駐車場へまっさかさま、どすんと重い音を立てた。死んだに違いない。事故物件で、かつ空き 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:どこかの娼婦 制限時間:15分 読者:23 人 文字数:807字
本来とるはずだった宿が、いろんな不運が重なって駄目になった。一日の営業回りを終えて、あたたかい寝床で一息つける予定だったのだ。それが訪れてみれば受付で告げられ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:消えた酒 制限時間:15分 読者:12 人 文字数:689字
「「ウーロン茶で」」 注文の声が隣とかぶった。酒を出す店にきているというのに、開口一番がそれ。おまけにカウンターにひとりでかけているところまで一緒。気まずさを覚 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:重い映画館 必須要素:ダイアモンド 制限時間:30分 読者:16 人 文字数:1372字
ポップコーンを買って戻ると、妹の姿はどこにも見当たらなかった。薄暗いホールに、予告やら上映案内の音声やらが反響している。平日の午後なので客の入りはまあまあ。そ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:遠い同情 必須要素:複雑なストーリー展開 制限時間:1時間 読者:19 人 文字数:3024字 評価:0人
子供向けのアニメキャラクターをかたどった、その全長20センチほどの人形は、瓜二つのもう一体と同期している。片方に加えられた刺激、たとえば腕をもいだり、頭を坊主 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:飢えた世界 制限時間:15分 読者:17 人 文字数:758字
「豚の去勢は無麻酔で行われる。子供のころにやれば痛みが少ないとは大嘘で、ショック死する個体もいるくらいの耐え難い苦痛が襲うそうだ。実際のところ、『雄臭』を防ぐた 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:調和した黒板 制限時間:15分 読者:18 人 文字数:647字
長年その仕事を続けてきて、自分なりに自負があった。ほかの人間にはできない、とまではいかないが、もっとも上手くこなせるのが自分である、と……握りしめた拳を俺はぼ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
デザイン重視 ※未完
作者:にい お題:隠された傘 制限時間:15分 読者:31 人 文字数:746字
冬といっても紫外線対策を怠ってはならない。曇天であろうと、路面にまだとけていない雪が残っていようとも。うかつに素肌をさらしたが最後、十年、二十年後にしっぺ返し 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:馬鹿なお天気雨 必須要素:小説 制限時間:1時間 読者:25 人 文字数:2561字 評価:0人
暴風雨の日にカッパ着ながら傘差して、吹き飛ばされそうなマイクを握って必死に実況しているアナウンサーを見るだに、雨がすごいのはわかったから早く帰ってきなよあぶな 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:初めてのデザイナー 制限時間:15分 読者:18 人 文字数:784字
四足でしゃんと立ったモデルは、りっぱな服を着せてもらったおかげか、こころなし誇らしげな顔をしていた。自分はあくまで付き添いとばかり、いたって地味な服装できた飼 〈続きを読む〉