お題:遠い同情 必須要素:複雑なストーリー展開 制限時間:1時間 読者:106 人 文字数:3703字 評価:2人

 浅村ミユのお母さんが亡くなったらしい。
 あんなに元気だったのに、と僕は少しだけ悲しくなった。
 どうして、クラスメイトの母親のことをそんな風に思うのか。
 それは、浅村ミユが僕の従妹で、浅村ミユの母親は僕の父方の叔母にあたる人物だからだ。
「ミユちゃん、一人ぼっちになっちゃったな……」
 お通夜から帰ってきた父の目は赤かった。
 浅村ミユには父親がいない。3年前、彼女が中学一年生の時に交通事故で亡くなった。
 それに続いて母親も、となると彼女の心の傷は僕には想像もつかない。
「泣いてた?」
「堪えたよ。大の男がそうそう泣くわけにはいかない」
「じゃなくて、ミユ」
 ああ、と父はうなずく。
「もう涙も枯れたんじゃないかな。ずっと身を固くして、座り込んでいたよ」
 僕には、浅村ミユが泣くところを想像できない。
 浅村ミユは、クラスでもずっとニコニコとしている。人当たりがよく、頭もいい。交友関係も広い。
 ある女子がいうには、「ミユちゃんは目立つ方じゃないけど、いないと困るタイプ」らしい。
 何が「困る」のかは定かではないが、多分人数調整とか潤滑油役だろうな、と僕は察する。
 女子というのは、男子よりもグループが厳密だ。A子とB子は仲がいいけど、A子とC子はダメで、B子とC子は仲良し。そんなのがざらにあるそうだ。
 「××人ずつにグループ分けしてー」と教師が言い出した時に、どこのグループにでも入れるワイルドカード的な存在、それが浅村ミユなのだ。
 浅村ミユの、そういう態度は親戚の集まりでも変わらない。
 父は三人兄弟の長男で、二つ下の妹が今回亡くなった叔母、そしてもう一人弟、僕から見ると叔父にあたる人物がいる。
 この叔父さんは今日日珍しい大家族で、五人もの子どもを抱えている。父方の従兄妹の間では、僕と浅村ミユが最年長で、叔父さんの子どもたちはみんなまだ中学にも上がっていない。
 親戚の集まりでは、必然的に僕らが面倒を見ることになるのだけれど、浅村ミユはその役目を率先して引き受けた。笑顔で優しく接してくるこのお姉さんに、やんちゃ盛りの年下の従弟たちも心を開き、親よりも彼女の言うことをよく聞く、なんていう場面もあった。
 浅村ミユは、そういう子だ。僕はそれ以外の彼女の面を見たことがない。
 教師の受けもいいし、陰口も言われない。ある意味完璧な彼女を、それ故に僕は苦手としていた。

「父さんな、みんなに相談したいことがあるんだ」
 浅村ミユの母の葬儀の後、父は僕と母をリビングに呼んでこう切り出した。
「ミユちゃんを、うちで引き取ろうと思う」
 え、と言いかけたそれを僕は飲み込んだ。
 お祖母ちゃんが引き取るという話になっていたと思ったのだが。
 確かに、我が家は家族三人で暮らすには少し広い。部屋も空いている。元々二世帯住宅として建てられたせいだ。同居しようとしていた祖母は、「あんたの奥さんに悪い」とそれを土壇場で拒んだそうだ。
「いいと思うわ」
 母はすぐに承諾した。
「お義母さんも、もうお歳ですし。高校の間だけうちから通ってもらったら」
 僕は何も言わなかった。両親が決めればいいことだから。
 祖母の説得はすんなりいったようだ。浅村ミユ自身も、異論はないそうだ。
 そんな話し合いがもたれていたにもかかわらず、浅村ミユは学校で一言もそんなことは言わなかった。お悔やみを教師や友達から述べられても、ちょっと困った顔で笑って「平気だから、心配しないで」と言うばかりだ。
 僕には、一言もなかった。ちらりともこっちを見なかった。
 そうして、浅村ミユは僕の家にやってきた。
「これからよろしくお願いします」
 そう挨拶するクラスメイトで従妹で、これから先一緒に暮らす彼女のことを、僕は直視できなかった。父も母も必要以上に愛想よく、浅村ミユもいつもよりニコニコした感じで、そこには「余所行き」の空気があって、これから先「家族」になるには壁のようなものを感じてしまわざるを得ない。
 その壁は、僕の中にしかないものかもしれないが。

 浅村ミユがきてからというもの、僕の家は僕の家じゃなくなったようだった。
 朝、起きてくると彼女が朝食を作っている。
 母が「気を遣わなくていい」と言っても、「習慣ですから」と譲らない。
 食べてみるとおいしいのか、父は「じゃあやってもらおうかな」と声を弾ませる。
 僕は自分でパンを焼く。もそもそと食べて、できるだけ目を合わせないようにして家を出る。
 彼女と僕の登校時間は被らない。僕には陸上部の朝練があるから。始業までに必ず校地の周りを5周せねばならない。走っている時は、少し浅村ミユのことを忘れられる。
 朝練を終えて教室に行くと、浅村ミユがいる。
 クラスメイトと話している。僕は目を合わせないように、というかそれは無駄な努力で彼女はこちらをちらりとも見ないのだが、自分の席に突っ伏す。
 授業が終わったら、僕は部活に行く。浅村ミユは帰る。どこに? もちろん僕の家だったところにだ。だから、部活から帰るとやっぱり彼女が夕ご飯の支度をしている。
 母が仕事から帰ってきて、三人で食卓を囲む。
 浅村ミユは学校であった事を母に話し、母は楽しげにそれを聞いている。
 僕は気まずい。
 すぐに食べ終わって、僕は自分の食器を流しに持って行って、即自室にこもる。
 浅村ミユが来てから、僕は深夜に風呂に入ることにした。彼女と風呂でかち合うのが嫌だからだ。だって彼女は寝るのが早いから。深夜ならば絶対に合わない。僕は朝が早いのに、部活で汗をかいたのに、夜遅くまで風呂に入れない。
 相談しておけばいいのかもしれないが、彼女と話すのははばかられた。
 僕は、浅村ミユが苦手だから。

 浅村ミユが来て三か月ほど経った。
 父と母は新しく来た彼女を既に「娘」と思っている。
「高校だけじゃなく、大学も家から通えばいい」
 母までこんなことを言い出したから、両者の間の壁はなくなったようだ。
 壁を感じているのは僕だけだ。
 ある日の夕方、僕は帰宅途中に知らないおじさんに声をかけられた。30代くらいの、ちょっと渋めな男の人だった。
「浅村ミユさんと、同居している子かな?」
 僕は一瞬怯んだ。彼女が僕の家にいることを知る者は少ない。もちろん、行政的な手続きは踏まれているが、そういう意味じゃなくて、あまり人に喧伝していないという意味でだ。
「そう、ですけど……」
 僕は男の顔を見上げる。怪しい、と言えば怪しいが、その根拠はない。
「そうか……」
 彼は僕の顔を見下して、厳しい顔で言った。
「気をつけなさい」
 それだけを残して、男は立ち去ろうとした。僕は受け止めかねて、「ちょっと!」と立ち去ろうとする彼の前に回り込んだ。
「どういう意味ですか?」
 男の人は困ったように頭をかいて、辺りを見回してから小声で言った。
「私は浅村ハナエさんと恋人関係にあったものだ」
「え!?」
 浅村ハナエは、亡くなった僕の叔母の名前だ。もちろん、彼女の母親である。
「ハナエは、殺されたのかもしれない。私はそう思っている……」

 浅村ハナエさんは自殺だった。そう発表されているし、僕らもそう飲み込んでいる。
 父が浅村ミユを引き取ったのは、自分の妹がこの世に置き去りにしてしまった彼女への罪滅ぼしだったのかもしれない。
「ハナエは自殺する理由なんてないんだ」
 僕らは家から少し距離のある喫茶店に移動していた。
 オザワさん、と名乗ったその男はそう言って肩を落とす。
「だって私とハナエは、もうすぐ再婚しようとしていたんだよ? それなのに……」
 この人と再婚するのが嫌だったからじゃないか、と僕は一瞬考えたが、口には出さない。
「そりゃまだ籍を入れたり、挨拶だったり、そういうのはやってなかったけどさ。一年後には再婚しようってことにはなってたんだよ」
「その、再婚については……浅村ミユは何て?」
 オザワさんは「それなんだ」とうなずく。
「ミユさんは、私たちの再婚を快く思っていなかったようなんだ」
 だから母親を自殺に見せかけて殺したのではないか、とオザワさんは言った。
「いや、それはあまりに……」
 僕は顔をしかめる。そうするなら、血のつながりのないオザワさんを殺すべきでは? その失礼な指摘に、オザワさんは気分を害した様子もなく、しかし「そうじゃない」と否定した。
「私も一応、成人男性だ。同居はまだしていなかったし、殺すならお母さんを狙う方が楽なんだよ」
「楽だからって、血のつながった……」
 いや、待てよ。
 僕の脳裏に、浅村ミユの笑顔が浮かぶ。
 彼女の笑顔は、すべてのものに平等に向けられている気がする。
 平等。それはとても正しい概念に見えて、正しさとは全く別の冷酷さがある概念だ。
 何にも分け隔てなく、すべて同じ価値に彼女には見えているとしたら?
 それが、僕が彼女へ覚えた違和感の正体だとしたら?
 少し、寒くなってきた。
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