お題:早すぎた失望 制限時間:1時間 読者:49 人 文字数:1540字

なし ※未完
「君はどこに行くのかね?」
 フェリーがゆったりと揺れるのを感じる。ここは二等船室。いわゆるタコ部屋だ。僕は一番隅に陣取っている。暇つぶしに持ってきた文庫本は、思いの外船酔いを引き起こすため、パンパンに膨らんだリュックサックの外側にしまってある。夜が遅くなるまで僕にやるべきことはなく、窓の外に広がる真っ暗に染まった海を所在なく眺めていた。
 唐突に話しかけられたのはそんな時だ。視線を室内へと戻す。いつの間にか隣に老人が座っていた。やけに長く白い口ひげを蓄えており、服装は長袖のアロハシャツにサングラスという、12月のフェリーには全くそぐわない格好をしていた。荷物は枕元に置いてある小さなトートバック一つ。あんたこそどこに行くつもりか、と言いたくなるような格好だった。
「沖縄ですよ」と僕は答えた。
「そんなことは分かっとる」と老人は言った。当たり前だ。ここは大阪から沖縄へと向かうフェリーの中だ。
「儂が言うのは、もっと大局的な目的地だ。君はどこに向かっている? 自分が進んでいるという自覚はあるのかね?」
 何を言っているのか、意味が分かりません、と僕は答えた。
「いずれにせよ、君は動いていく。止まっていることは許されない。君たちはぶつかり、ぶつかられ、あらゆる方向へと無作為に弾き飛ばされる。望まない方向に飛ばされることもあるだろう。しかしだからこそ君の意思が肝要だ。進む方向を一意に定めようとする君の意思が」
 僕はイヤホンを耳に付けて、毛布を頭からかぶり、以降の老人の言葉を無視した。耄碌した老人の相手をする予定は僕にはなかった。
 僕はやるべきことがあったし、その時に向けて僕は決断しなければならなかった。
 イヤホンの奥では、the pillowsのPlease,Mr.Lostmanが流れていた。

 短い微睡から目を覚ました。
 船室は薄暗くなり、オレンジ色の豆電球が頼りなく室内を照らしていた。
 僕は見渡した。起きている人は誰もおらず、いくつかの膨らんだ毛布がそこで眠る人の存在を示していた。隣にいた老人はいなくなっていた。
 僕はリュックサックを手に、足音を忍ばせて部屋を抜け出した。
 廊下を抜け、階段を登り、大きな扉を開けて、甲板へ出る。
 夜の海の上は酷く冷え切っていた。リュックの中からダウンを取り出して身にまとう。それから近くにあったベンチに腰掛け、再びリュックを開けると、小さなビニール袋を取り出した。中には二本の発泡酒と、睡眠薬の入った小瓶が入っていた。
 小瓶を開け、錠剤を口に含み、発泡酒のプルタブを開け、一気に流し込む。それを数度繰り返し、一本目の缶を空ける。そして二本目。これも一気に飲み下す。二つの缶と小瓶をすっかり空にしてしまい、それから僕は、甲板の手すりへと歩み寄った。下を見る。黒い海はまれにしぶきを上げる。口を開けて僕を飲み込もうとしている巨大クジラの幻を僕はそこに見た。
 軽くジャンプし、両腕に力を入れて、体を持ち上げる。手すりの向こうへ上体を乗り出す。
 もううんざりだった。
 上手くいかない就職活動も、上手く書けない卒論も、満足に友達一人作れなかったサークル活動も、ずっと無能扱いされ続けた居酒屋でのバイトも、険悪な両親との息詰まる生活も、全て。
 幸せだった思い出として、辛うじて記憶に残っていたのは、小さな子どもの頃に両親に連れて行ってもらった海だった。
 だから海の中で、ゆっくり眠り続けようと思った。
 僕は落ちる。

 水面に身体を打ち付ける。
 冷たい海水が身体を刺すのを感じる。
 冷たいというより、痛い。
 肺が収縮し、残っていた空気が口から洩れる。
 もう上下も分からない。
 何も見えない。
作者にコメント

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:早すぎた失望 制限時間:1時間 読者:55 人 文字数:970字
「なんだこりゃ」と思った。そしてそれは自分がこの世界に転がり落ちた時に思ったことと同じならいいな、と思った。もっと別の、もっと分かりやすい、もっと面白いものであ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
ギリチョコ ※未完
作者:原人洞窟 お題:早すぎた失望 制限時間:15分 読者:161 人 文字数:558字
「…………」授業も終わって、部活も終わって、部活の仲間も一人、また一人と着替え終わり帰宅していくロッカールーム。「………………」じっとりとした視線を先輩の背中へ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:akari お題:ナウい善 制限時間:1時間 読者:9 人 文字数:1900字
「それで、また孝がさ――」「なにそれウケる!」「……うんうん、ウケるウケる!」 ――何がそんなにウケるんだろう? とりあえず口で同調して、その後で理由を考えてみ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:晴旬深八 お題:記憶の尿 制限時間:1時間 読者:12 人 文字数:2715字
十二月十七日トイレに行くたびに記憶が抜け落ちていると気付いたのは、ほんの数日前のことだ。最近になってなんか頭の一部がもやもやしている気がして、その日は違和感の正 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:冷たい旅行 制限時間:1時間 読者:3 人 文字数:1388字
俺の名前はカイト、俺の趣味は、旅行や外出するのが趣味だ、だから今日は1人でりょうへ行こうとしている。するとお母さんがやってきた「カイト旅行の準備は出来てるの?外 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:苦い船 制限時間:1時間 読者:7 人 文字数:860字
その瞬間、俺の身体は宙に浮き、涙は星になった。 平日の冬の日だというのに、遊園地のアトラクションは、どこも半分近く席が埋まっている。鼻を真っ赤にして、上下する 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:晴旬深八 お題:捨てられた神様 制限時間:1時間 読者:15 人 文字数:2358字
僕は、何をしても駄目な人生を送ってきた。学生時代からそうだ。どれだけ勉強を頑張っても本番で失敗するし、友達ともまともに付き合えたことがない。運がないというか、詰 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:記録にない博物館 制限時間:1時間 読者:5 人 文字数:895字
世間はわたしを一人にさせてはくれない。一人でいれば、友達を作れと言われる。家で本を読んでいれば、外に行ってらっしゃいと言われる。一人でいるのが好きなのだというと 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:阿修羅花 制限時間:1時間 読者:6 人 文字数:1492字
お題小説が思いつかないのでブログです。 今回は”理系職からの文系職へのコンバート”です。 理系学位取得卒業時、30歳前後、40歳手前、50歳手前といった感じで 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:晴旬深八 お題:最弱の強奪 制限時間:1時間 読者:26 人 文字数:1980字
そこは、冷たい空気に満たされていた。ドーム状に閉ざされた天蓋。陽の光が通らない室内に影は深く沈みこみ、肉眼による視認を拒む。ゆえに意識するのは鼻を突く強烈な汚臭 〈続きを読む〉

鰐人の即興 小説


ユーザーアイコン
なし ※未完
作者:鰐人 お題:早すぎた失望 制限時間:1時間 読者:49 人 文字数:1540字
「君はどこに行くのかね?」 フェリーがゆったりと揺れるのを感じる。ここは二等船室。いわゆるタコ部屋だ。僕は一番隅に陣取っている。暇つぶしに持ってきた文庫本は、思 〈続きを読む〉