お題:早すぎた失望 制限時間:1時間 読者:21 人 文字数:1540字

なし ※未完
「君はどこに行くのかね?」
 フェリーがゆったりと揺れるのを感じる。ここは二等船室。いわゆるタコ部屋だ。僕は一番隅に陣取っている。暇つぶしに持ってきた文庫本は、思いの外船酔いを引き起こすため、パンパンに膨らんだリュックサックの外側にしまってある。夜が遅くなるまで僕にやるべきことはなく、窓の外に広がる真っ暗に染まった海を所在なく眺めていた。
 唐突に話しかけられたのはそんな時だ。視線を室内へと戻す。いつの間にか隣に老人が座っていた。やけに長く白い口ひげを蓄えており、服装は長袖のアロハシャツにサングラスという、12月のフェリーには全くそぐわない格好をしていた。荷物は枕元に置いてある小さなトートバック一つ。あんたこそどこに行くつもりか、と言いたくなるような格好だった。
「沖縄ですよ」と僕は答えた。
「そんなことは分かっとる」と老人は言った。当たり前だ。ここは大阪から沖縄へと向かうフェリーの中だ。
「儂が言うのは、もっと大局的な目的地だ。君はどこに向かっている? 自分が進んでいるという自覚はあるのかね?」
 何を言っているのか、意味が分かりません、と僕は答えた。
「いずれにせよ、君は動いていく。止まっていることは許されない。君たちはぶつかり、ぶつかられ、あらゆる方向へと無作為に弾き飛ばされる。望まない方向に飛ばされることもあるだろう。しかしだからこそ君の意思が肝要だ。進む方向を一意に定めようとする君の意思が」
 僕はイヤホンを耳に付けて、毛布を頭からかぶり、以降の老人の言葉を無視した。耄碌した老人の相手をする予定は僕にはなかった。
 僕はやるべきことがあったし、その時に向けて僕は決断しなければならなかった。
 イヤホンの奥では、the pillowsのPlease,Mr.Lostmanが流れていた。

 短い微睡から目を覚ました。
 船室は薄暗くなり、オレンジ色の豆電球が頼りなく室内を照らしていた。
 僕は見渡した。起きている人は誰もおらず、いくつかの膨らんだ毛布がそこで眠る人の存在を示していた。隣にいた老人はいなくなっていた。
 僕はリュックサックを手に、足音を忍ばせて部屋を抜け出した。
 廊下を抜け、階段を登り、大きな扉を開けて、甲板へ出る。
 夜の海の上は酷く冷え切っていた。リュックの中からダウンを取り出して身にまとう。それから近くにあったベンチに腰掛け、再びリュックを開けると、小さなビニール袋を取り出した。中には二本の発泡酒と、睡眠薬の入った小瓶が入っていた。
 小瓶を開け、錠剤を口に含み、発泡酒のプルタブを開け、一気に流し込む。それを数度繰り返し、一本目の缶を空ける。そして二本目。これも一気に飲み下す。二つの缶と小瓶をすっかり空にしてしまい、それから僕は、甲板の手すりへと歩み寄った。下を見る。黒い海はまれにしぶきを上げる。口を開けて僕を飲み込もうとしている巨大クジラの幻を僕はそこに見た。
 軽くジャンプし、両腕に力を入れて、体を持ち上げる。手すりの向こうへ上体を乗り出す。
 もううんざりだった。
 上手くいかない就職活動も、上手く書けない卒論も、満足に友達一人作れなかったサークル活動も、ずっと無能扱いされ続けた居酒屋でのバイトも、険悪な両親との息詰まる生活も、全て。
 幸せだった思い出として、辛うじて記憶に残っていたのは、小さな子どもの頃に両親に連れて行ってもらった海だった。
 だから海の中で、ゆっくり眠り続けようと思った。
 僕は落ちる。

 水面に身体を打ち付ける。
 冷たい海水が身体を刺すのを感じる。
 冷たいというより、痛い。
 肺が収縮し、残っていた空気が口から洩れる。
 もう上下も分からない。
 何も見えない。
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