お題:うわ・・・私の年収、洞窟 必須要素:血痕 制限時間:1時間 読者:46 人 文字数:1754字
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権威の対価
 かれこれ二時間近く教授と私はこの洞窟の中をさ迷い歩いている。教授は分かれ道が見つかるたびにしばらく放心したように立ち止まり、私が
「教授?どうしました?」
と声を掛けると
「ああ。こっちだったこっち。ウムウム。」
などと空元気のような声を上げて私が引きとめようとするよりも先に進んでいってしまう。大丈夫だろうか、と私が思い始めたのは教授が三度目の
「ウムウム。」
という悲痛な空元気の声を上げた頃からだった。それがもう今度で二十三度目だ。心無しか初めの頃と比べて放心している時間が十倍くらいになったような気がするのは私だけだろうか。そろそろ哀愁すら漂わせて聞こえる教授のウムウムに対して
「もういいですから、教授。もう。本当にイイデスカラ。」
と喉元まで出掛かった声をかろうじて私は飲み込む。こんなどうしようも無い手遅れになるよりも前に、せめて三度目のウムウムの時にどうして教授を思いとどまらせようとしなかったのか。ここで私の立場というものを簡単に説明しておかなければならないだろう。
 東北の高地に西京大学という考古学に関してだけは昔から有名な大学がある。教授はその中でも特に考古学の権威として学会では有名で、しかも学長を努めている。私はその西京大学の教授の研究室に今年助手として就職したのである。もともと私は考古学が好きで教授の執筆した学術書も何冊か読み、それに憧れて西京大学に来たのだが、蓋を開けてみれば教授は頼りない、というより危なっかしい人だった。私に直接被害が及ばない範囲で見ている分には楽しい人だけど。
 それで私は教授の元で研究の手伝いをしながら考古学を勉強する日々を送っていたのだけど、ある日、大学からそう離れていないところにある開かずの洞窟(地元の人達が大昔の亡霊が住み着いているとかいって近寄らないから)がどうやら千三百年前の平安時代の遺跡と関係がありそうだという話が大学内で持ち上がって、いてもたってもいられなくなった教授が率先して
「では早速調査に向かいましょう。」
と言い出したのが発端なのだ。ちなみに教授はこれでも六十歳を過ぎていて外見は白髪混じりの人の良いお爺さん、私とは三十歳以上年が離れている。
 それで何が問題なのかという話だけど、実はその時どこでどう話を聞きつけたのか某有名雑誌社の記者がやってきて、それなら自分もぜひとも教授の調査に同行したい、権威ある教授の世紀の発見の現場に自分も立会い、記事にして世に知らしめたいと言い出したのである。ちなみにその某有名雑誌社とは以前某ゴッド○ンドの記事を書いて発行部数を伸ばしたところである。
 つまり、今この洞窟には私と教授、その記者の三人がいて、記者は教授のことをほとんど盲目的と言っていいくらい尊敬している。少なくとも現時点では。そして私はこの大学に助手として就職してまだ三ヶ月程度のいわばペーペーだ。これが私と教授の二人きりならお構いなしに
「教授、間違っています。もう戻りましょう。」
と言って引き返せるのだが記者の手前そう私も下手なことは言いづらい。その記者もちらりと見るとさすがに疑心暗鬼の色をかすかに表情に滲ませてはそんな事はあるはずがない、と自分に言い聞かせているようだったが、ふと、前を行く教授がポツリと
「いっそ彼。ここでやっちゃおうか。」
そうすればみんな無かったことになるし、と言った。私は教授がとうとうおかしくなってしまったのだと思った。これはもしかしたらもう、私が逆に教授の頭を殴りつけてこの記者とすぐにも引き返さなければならない事態なのかもしれない。走馬灯のように私の頭の中を、これまでの西京大学での助手としての日々が思い出された。たった三ヶ月だけど。いや、私まだ一年目だけど年収に換算して百万にも満たない低待遇なのにこんな危険な目にばかりあわされて割りに合わない。
 ふと足元を見ると血痕が点々としているのに気づいた。それを見たときとうとう教授が記者をやってしまったのかと私は思った。私は覚悟を決めると教授の背後で鞄を大きく振りかぶり・・・。
 
 気が付いたら私は洞窟の外にいた。私は教授と記者に運び出されたようだった。そしてあの血痕は洞窟の中で眩暈を起こした私の鼻血によるものらしかった。
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