お題:彼女の夏休み 必須要素: 制限時間:1時間 読者:97 人 文字数:3235字 評価:0人

夏だけない名前
それまでコスモスという名称を聞くと、つい頭の中でゼノサーガを思い出してしまう僕だったが、最近はそれが変わった。最近思い浮かべるのは秋桜さんのことになった。

「キラキラネームみたいですが、違います。アキザクラです」
と彼女はそういってシェイクハンドを求めてきた。シェイクハンドつまり握手の事だ。手を差し出してきた彼女がシェイクハンド!って言わなかったら僕は寄生獣か何かの様にいきなりその手が伸びてきて胸を突かれるんじゃないかと思った。ちなみにおーい竜馬っていう漫画が実家にあったが、その作品の中でたしか勝海舟先生が握手のことをシェイクハンドって言っていたような気がする。シェイクハンド、手を振るんだって。握手ってそんなに手を振るものなのだろうか?握手に対してマックシェイクのようポップなイメージは僕の中で無い。スマップの曲のシェイクみたいなイメージもない。

とにかく秋桜さんはそういう人であった。僕と彼女はシェイクハンドの後、二人でリフトの券のもぎりのバイトにいそしんだ。

冬季バイトである。近くのスキー場でそういう募集が出ていた。もぎり係募集というバイトであった。そうはいっても、もぎり以外にも仕事はあるんだろうなあ。大変なのかなあ。大変なのはやだなあ。重たいモノとか持ちたくないなあ。なんて思って心配していたのだけど、そのバイトは本当にもぎりの事しかしなかった。もぎり係という募集に対して、誠実な仕事内容であった。

リフトに乗る客が来たらもぎってもぎってもぎるだけ、これぞまさにもぎり係。もぎり係以外の何物でもない。もぎる客がいない場合は、二人でその辺の地面の雪を踏んだりしていた。踏んだりちょっと大根おろし程度につまんで投げ合ったり食べたりしていた。正直暇であった。ありがたかったのは秋桜さんが僕が雪を食べても平然としていたことだ。ちなみに都会に住んでいる親戚とかの話によると、都会人は雪を食べたりしないそうである。雪を食べたりしたらそれはそれは異常な目で見られるらしかった。雪には埃とか、空気中の汚いものが含まれているので、食べないんだそうだ。都会人はそういうことに敏感であるらしかった。賞味期限が1日でも過ぎると、ぺっぺってなるらしい。

「食べる?」
もぎりがひと段落すると、僕は親愛の念を込めて秋桜さんに大根おろし程度の雪を差し出す。もちろん自分も大根おろし程度の雪を食べながらである。すると秋桜さんは、
「うい、ご相伴に預かりましょう」
と、僕の差し出した雪は遠くに投げて自分でその辺の雪を拾って食べていた。そんで、
「御宅なかなかいきますねえ」
「これはどうも」
なんていう会話をしていた。ある日なんて突然に僕が雪をつまむとポケットからかき氷のブルーハワイのシロップを出して、手にかけてきたりもした。
「ああ、べたべたになるう」
「ししし、ただの雪じゃあもう味気ないだろう!」
「な、なんてことをするんだお前は!」
「ちょっと、べたべたな手を寄越すな」
僕たち二人はもぎる対象がいなくなって暇になると、ずっとそういうことをしていた。
「今日は私が塩おにぎりを結んできましたよ、そちもおひとついかがですか?」
「ええ?いいんですか?」
「どうぞぞうぞ」
「すいませんねえ、こちらは何のお構いも致しませんで・・・」
「食べな、カチコチになっちゃうからすぐ食べな」
「あ、はい・・・ってこれ雪じゃないか!」
「雪ですけど」
「ひどい奴だお前は!僕の純情を弄んだ!」
「うるさいもぎりが」
「お前もだろ!」
僕たちは1日のもぎり時間のほぼ大半をそのような事をして過ごしていた。おそらく来年とかはこのスキー場ももっと仕事内容を考えるに違いないだろうと思えた。それくらい僕たちもぎり係は寸劇めいたことをしていた。考えてみたら去年はそんな募集は出ていなかった。今年初めて導入されたんだろうと思う。スキー場経営者も僕たちのような寸劇めいた奴らにこれでお給金を払わないといけないのは大変だろうなと思った。

しかしまあ、僕たちがそういう事を考える必要はない。僕たちはもぎりである。一介のもぎり係である。もぎりが経営について考える必要はない。甘城ブリリアントパークとかのもぎりとかならまだしも、リフトのもぎりである。しかもバイトなのだから。

「滑りたいなあ・・・」
秋桜さんは時たまそういって奥州山脈を見上げたりしていた。僕はスキーとかスノボとか、したこともなく、ソリですらうまく滑れないタイプの生き物であったため、ほっとしていた。開店前とかに面の状態を調べる人とかが滑ったり、厨房のバイトの人とか、ペンションのバイトの人とかがいひいひうへうへあはあは言いながら滑ったりしていたが、僕たちもぎり係はそういう事をしなかった。

「秋桜さんって滑れる人?」
ある時、あまりにも滑りたい滑りたいと斜面の亡霊に憑りつかれたように言っていたので聞いてみると、
「滑れんよ」
という答えが返ってきた。さらに、
「私はもぎり係で一緒になるやつがいい人そうだったら教えてもらおうと思っていた口だよ」
そう続けた。
「あ、そうなの?滑れないけど僕」
「そうだろうね。興味なさそうだもん」
「あ、わかる?そうです、そうなんですよお。すいませんねえ」
そののち、彼女は除雪車が運んできたコーヒー牛乳みたいな色をしたこ汚い雪の塊、サーロインステーキ10キロくらいの様相の雪をもってきて僕にぶつけてきた。
「何をしやがる!」
「腹で滑れ、その上に私がのってタオパイパイみたいにしてやる」
なんて言ってきたので仰天した。このエピソードは世界仰天ニュースに出してもいいんじゃないかと僕は思った。

またある日の事、
「君はさ、お金稼いでどうするの?」
「何が?」
秋桜さんはもぎり済みの券をスキーウェアのポケットにしまいながら聞いてきた。
「いやだってさ、冬休みだよ?仕事ばっかりしてんじゃん」
「それは秋桜さんもそうでしょう?」
僕たち二人は同い年だった。彼女は冬休みの間、関東圏から親戚の家を頼ってこちらに来て、バイトしているそうであった。僕はその話を聞いてそんなにスキー場で働きたかったのかと思って、やべーなこいつと思っていた。
「うーん、まあでも、アマゾンでね、ほしいものがあるんだよ」
「ああ、そうなの?」
「うん、こっちはね、店もあんまないでしょう?だからさ、ゾンとかを見るとね、こう心が躍るよ、それでほしいものがたくさんできたんだ。ほしいものリストがいつまでたっても減らないんだよね」
「へー」
そんな話をした。秋桜さんは特に興味もなさそうであった。聞いておいて失礼な輩じゃないかこいつはってなった。

「秋桜さんは?」
「私?」
「うん、雪が見たいとか僕からしてみると異常者の発想だけど、どういう事?」
「・・・」
そこで急に彼女は黙ってしまって、雪を一点見つめし始めた。その姿は熱視線を撃つサイクロプス見たいだったので、慌てて、
「言えないなら別にいいんだけど」
と、遠慮をした。すると秋桜さんは、

「私ね、このバイトが終わったらちょうど目標額が溜まるの。詳しくは君も聞きたくないだろうから、端折るけどまあ、色々あってね親の遺産とか、そういうのがあるんだけど、でも、これからの自分の人生設計を去年のカレンダーの裏に書き出してみるとちょっと少なかった。それでバイトしてんだ」
そういった。
「何?大層な話?」
親の遺産とか、重たい話?
「どうかな?でもね、私卒業したら海外に行くの。そんで雪も降らない土地だから、まあ、たまたま、こうして雪を見に来たんだよ」

僕はそれを聞いて、少しセンチメンタルな気持ちになった。きっともうもぎりのバイトもできないことになるだろうと思った。

彼女の名前は、秋桜雪子というそうだ。

今はもう海外である。

永遠の夏に暮らしているらしい。

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