お題:彼女の夏休み 必須要素: 制限時間:1時間 読者:99 人 文字数:3012字 評価:0人

夏休みの宿題(猫)
夏休み、吸血鬼になった、最悪だ。

私は夜の落ち切った中を静かに進む、周囲は木々、フクロウが呑気に鳴いていやがる。
月明かりすら差し込まない完全な闇は、今の私にとっては炎天下の日中とさして変わらない。ああ、それは言い過ぎか。高画質の白黒画像を見ている感じ、精密だからあんまり不自由はない。

私は、狩りをしようとしていた。
獲物を捕らえるのだ。
それが、私を吸血鬼にした奴の命令だった。

車が通過する音も遠い、町の喧噪はカケラも届かない、こんなところにいるのかと思うが、アイツ曰く絶好のポイントだとのこと。
吸血鬼としては素人の私は、プロの意見を参考にするより他にない。
まあ、不本意この上ないけれども――

森の奥へ行く。
人間だったときと視界が違っていることは、もう慣れた。
前からそうだったかのように自然だった。というか、以前に夜の暗闇はどう見えていたっけ?

「――」

あ、と声を上げそうになるのを堪えた。
息だけは出たかもしれない。
その証拠に、その音を聞いたのか獲物が立ち止まり周囲を油断なく見渡している。

――本当にいた。

心臓があればドキドキと煩かったと思う。けれど、今はまったく平静で機械的に、仮初のもののように動いている。
夜は暗い、相手との距離は近い、私は音もなく滑り寄る。
相手は今、考え込むように目を閉じ、鼻を動かしている。
その動きよりも無音で手を伸ばし――

「えい」

思ったよりも、あっさりと「片手で」捕まえることができた。
片手で可能だったのは、当然だ、だって相手は人間じゃないし、そもそもこれは私を吸血鬼にした奴の好物なのだから。

「まじで趣味が悪い」

私は、キュゥキュウと鳴く『ネズミ』を捕えながら息を吐いた。
ガジガジと指を噛まれているけど、肌を突き破られる先から再生してる。



「おい、取ってきたぞ」

その後、もう二三匹ばかりを捕えた後に帰宅した。
ぞんざいな私の言葉は、もう使われていない廃墟の奥、積まれた残骸の上に座布団を敷いて丸くうずくまる猫に対してのものだ。

黒一色のそれが片目を開き、黄金の色を見せる。
狂った月のような色だと毎回思う。

そう猫、猫だった。
私を吸血鬼にした吸血鬼は、脊椎動物だけど人間ってわけじゃなかった。

「ほう、首尾よくこなしたか――」

黒猫の声はやけに渋い。

「我がペットは、思ったよりも、やる」

声の合間に覗く口、その牙はやけに長い。
あの牙で私の血を吸ったのだと思うと、妙な気分になる。

「うっせ、これでいいんだろ」
「後で吸う、そちらの籠に放り込んでおけ」
「……へいへい」
「それが終わった後は、こちらに来い」
「次の命令はなんだよ」
「撫でろ」
「は?」
「首が痒くて敵わない。お前の器用な前足が必要だ」
「前足じゃない、指と言え指と」

渋く落ち着いた声で情けないことを要求しないで欲しい。

本当に、この声だけは、好みなのだった。
ついつい誘われてふらふら廃墟奥に来てしまうくらいには。

私はネズミを放り込み、ついでにペットボトルで手を洗う。
吸血鬼って流水だめじゃなかったっけと思うけど、ちろちろ流れる水を見てもなんともなかった。



「ふぅむ――」

私よりもずっと年上の吸血猫を撫でる。
首筋を爪で軽くひっかいてやるようにすると、ごろ、と音がした。

「今、喉鳴らさなかった?」
「気のせいだろうとも」

黒猫は、私の膝の上に乗っている。
気持ちよさそうに目を細めている。
口からは牙がにょきっと伸びてる。
鼻の息がふすぅふすぅとうるさい。

「……普通に気持ちよさそうだし」
「そんなことはない」
「またたび買ってこようかな」
「やめたまえ」
「だめか?」
「あれは魔女どもが使う毒草だ、すべての猫を堕落させるために作り出された悪徳だ」
「……弱いんだ?」
「前後の記憶がない、ネズミではなく人を襲ってしまうかもしれないが、それでもいいのかね?」
「やめとく」
「それが賢明だとも」

廃墟の中には、必要なものしか揃っていない。
私でいえば食糧その他はあんまり必要ない。そのうちに飢えてしまうのかもしれないけど、今のところは何の不足もなかった。
ただ、ぽつりと二つの影がある。
一つは私用のテントだ、あの中で更に寝袋にくるまって日中の太陽をやり過ごす。
もう一つ隣にあるのは猫用キャリーケースだ、黒猫な吸血鬼はあの中で太陽をやり過ごす。

「まあ、棺とか簡単に手に入らないしね……」
「ああ、あれか、君を眷属として良かった」
「いきなり何を言ってる」
「あのような猫にとって最適の棺を手に入れることができるとは」
「まあ、少し隙間はあったけどね」

空気穴的なものはガムテープでぺたぺた塞ぐ作業が必要だった。

「程よい大きさの密閉空間は、猫にとって心地が良いものだ」
「イザとなったら抱えて運べるしね」
「そこ、そこをもう少し強く掻きたまえ……!」

クリティカルなポイントだったらしい。突然の命令に、私は頬あたりをカリカリと撫で掻いてやる。

「……ねえ」
「なんだ」
「あんたノミとかいないよね?」
「はて」
「吸血猫の血を吸ったノミって、やっぱり吸血鬼になるんじゃ……」
「ふむ、パンデミックが起きるかもしれんな」

どうやっても死なないノミとか、一歩間違えば大パニックを起こすんじゃないだろうか。いや、さすがにないか、だって太陽の元で普通に死ぬ。

「私まで痒くなったら嫌なんだけど」
「知ったことではないな」

そのうちに、私はノミまみれになるのかもしれない。
太陽光の下にいられないからノミだけが増える。主な被害者が吸血鬼のみとか。

「風呂にも入れない、お菓子食べられない、ネットにはまあ繋がるけど、基本最悪だよね」
「仲間を増やしてほしいのか?」
「それは止めて」

私は真面目に言う。

「私以外の人間を増やそうとするのは、やめて」
「ふむ――」

黒猫は少し考え。

「君を眷属としたのは、半ば以上偶然の産物だ。自らそうする気はないが――」
「ないが?」
「全身をこの前足で撫でられ掻かれるのはどのような気分となるのか興味がある」

黒猫が、何本もの手で撫でられている様子が思い浮かんだ。
ぐるぐると鳴きながらご満悦そうにしている様子も。

「……威厳とかカケラもねえ……」
「む」

猫は片目だけを上げて私を見た。
しばしの沈思黙考、たぶん私と似たような想像をした。

「――諦めるか、致し方が無い」

どうやらプライドを取ったようだった。
尻尾が不満を表すように、左右にぶんぶん振られている。

その首筋を、また撫でながら、思う。
今は夏休み中だ。つきあってやることもできる。だけど、元の生活に戻らなきゃいけない。
私は、この休みの間に、「この猫を殺すことができる」だろうか?
この血を吸い返し、私への命令権を奪い直すことが可能だろうか?

どちらであっても現れる血、それを想う。
ひどく塩辛く、きっと吐き気を催すそれ。

「お前は、我がペットだ」

気づくと、黒猫が首を回し私を見上げていた。
月のような黄金色が二つ、上弦を描いている――笑っている。

「逃がさんよ」

渋い声で、そう囁かれる。

夏休みの宿題、学校のとは異なるそれは、酷く重そうだった。

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