お題:彼女の夏休み 必須要素: 制限時間:1時間 読者:169 人 文字数:3394字 評価:2人

夏休みの終わる日
 目の大きい少女だな、というのが第一印象だった。
 それを上目づかいにこちらに見せてくるのだから、たまらない。
「ねえ、おじさん。あたし泊まるとこないんだけど」
 俺は頭のてっぺんから足元まで、少女を見回した。セーラー服に身を包んでいることから、多分高校生ぐらいだろうか。頬にかかる黒髪と赤い唇が、白い肌を際立たせている。
「泊めてくんない?」
 大きな目を何度も瞬きさせる。長い睫で、風を起こそうとも言うのか。
 俺は今度は天を仰いだ。都会ににょきにょきと生えるビルの間に、真っ青な空が広がっている。もう十一月だというのに、まだ少し汗ばむ陽気だ。
 時刻は午後2時、ちゃんと昼間だってのに、と俺は頭の後ろをかいた。
「お嬢ちゃん、いつから寝るつもりなんだ?」
「何それ? やらしー質問?」
 違ェよ、と俺はスーツの内ポケットに手を入れて――おっと、喫っちゃいけないな。
「今は午後2時だ。14時、わかる? 寝る時間じゃないだろ」
「え……? あ、そっか」
 短めに切りそろえられた髪に手をやって、そうだそうだと少女はうなずいた。
「じゃ、遊びにいこ。カラオケとかさ」
「……散歩ならいいぜ」
 俺は少し考えたが、結局それしか思いつかなかった。


 行先は「おじさんに任せる」というので、俺は市街地から離れることにした。それに気付いたか、少女は少し不満げに「どこ行くの?」と口を尖らせる。
「俺に任せるんだろ? じゃあ任せてついて来い」
「おじさん絶対モテないタイプだよね?」
「ああ、そうだ。よくそんなのに声掛けたな」
「ボランティア、かな? ぴちぴちの女子高生と遊ぶようなアレ、ないでしょ?」
 アレ、なんだ。チャンスとでも言いたいのか。そいつは社会的にはチャンスというよりピンチな気もするが。
「女子高生ねえ……。その女子高生が、あんな時間にあんな場所にいたのはどういうことだ?」
「夏休みだよ」
「随分と長い夏休みだな」
 いいでしょー、と少女は屈託なく笑った。
「本当にいいと思ってるのか?」
 少女は笑顔のままだったが、何も言わなかった。
「どこの学校だ?」
 俺は質問を変える。
「制服見りゃわかるんじゃないの? あたしらと遊ぼうって大人はさ」
 女子高生を買うような人間はそうなのかもしれないが、生憎と俺は違うのだ。
「誰がそんなこと言ってたんだ?」
「ゆりっぺだよ」
「友達か?」
 少女は答えない。だから、俺は少し後戻りした。
「ゆりっぺは、夏休みが長くなった原因か」
 うぇ、と少女は形のいい眉をしかめる。
「何でわかったの? ジンセーケーケン?」
「大体察しが付くさ。おじさんも昔は男子高校生だったからな」
 もっとも、多くの大人がそうだったことを忘れて暮らしている。俺だって、この少女に会わなければ、多分今日は思い出さなかった。
「ゆりっぺとケンカしたか?」
「……さあ?」
「男でも盗ったか」
 三度、少女は質問に答えなくなった。わかりやすいな、こいつは。正解を引き当てると黙るんだ。
「そんな気はなかったんだろ、どうせ」
「……なかったよ、トーゼンじゃん。飯田くんは、ゆりっぺと付き合ってたの知ってたし、あたしは別に、言っちゃ悪いけどああいう不良っぽいのは好きじゃなかったから……」
「飯田くんに何かされたか?」
「されてない。でも、ゆりっぺはしたと思ってた」
 そこから、少女は長い話をした。大人でも堪えるような話だ。
 ゆりっぺと仲が良かったころの話、ゆりっぺが飯田くんと付き合い始めたころの話。
 付き合い始めて、ゆりっぺが段々変わって行った話、夜遊びを始めた話。
 ゆりっぺの金遣いが荒くなってきた話、飯田くんが喫煙が見つかって退学してしまった話。
 飯田くんが浮気したとゆりっぺが泣いた話、浮気相手として疑われ始めたころの話。
 ゆりっぺのグループに無視され始めた話、他のクラスメイトからも避けられ始めた話。
 女子トイレに呼び出された話、痛めつけられた話、物がなくなり始めた話、お金を盗られた話。
 ゆりっぺらの所業が学校で問題になった話、それでも学校に行けなくなった話……。
 辺りは完全に市街地から住宅地に変わっていた。一車線の細い道を抜けると、鼻腔をくすぐる香りが近づいてくる。
「どこに行くの、って聞いてたな」
 会話を断ち切って、俺は道の先を指差した。
「もうすぐ着く」
 道は大きな幹線道路と丁字に交わっている。トラックが走り抜けるその向こうを見て、少女は大きな目を輝かせた。
「わぁ……」
 海だ。市街地の辺りは晴れていたが、さすがに快晴とはいかない。灰色の雲が重たく垂れ下がるその下に、それは広がっている。
「おじさん、ここに連れてきたかったの?」
「まあな。夏休みだろ、あんた」
 夏休みは海に行こうぜ、と俺はキザに決めたつもりだったが、少女は聞いちゃいなかった。そもそも、俺が山派なのがまずいのかもしれない。


 幹線道路沿いの歩道を歩き、俺たちは砂浜に降りた。
 よっぽど寒い時期にならない限りは、この砂浜は閉鎖されない。何度か来たことがあるので、それはよく知っていた。
 少女のはしゃぎっぷりと言ったらなかった。砂浜に降りるなり、海へダッと向かっていった。
 そして波打ち際に立って、じっと水平線の方を見ている。
 随分と歩いたな。市街地で少女と会った時には昼だったのに、もう夕日が沈みかけている。海の色にオレンジが映って揺れていた。
 少女は海をボーっと見つめている。俺は離れた砂浜からじっとその背中を見ている。
「おじさん……」
 さざ波の音の間から、少女はこちらを振り返った。
「あたしさ……」
 俺は少女の言葉を待った。本当のことを聞かれると黙ってしまう少女は、自分で本当のことを言うのも苦手なのだろう。
 でも、そんなの当然だ。俺だって苦手さ。苦手だから、ずっと歩いている間は少女がしゃべるに任せていたのだ。
「思い、出した、の……」
 それでも、少女は俺みたいな歳ばっかり食ってるクソ野郎よりも、よっぽど勇気があったみたいだ。大きな目に揺れる雫をいっぱい溜めて、こっちを見つめて言った。
「あたし、あたし――死んでたんだね」


 ああ、そうだ。そうだとも。
 漆原美咲、あんたは死んでたんだ。
 ゆりっぺとその他のクラスメイトからいじめを受け不登校になって、長らく引きこもってた。
 ある日ひょいといなくなって、その三日後に向こうの埠頭で浮いてんのが見つかった。
 遺書が靴と一緒に置かれれて、「ゆりっぺと仲直りしたい」って書いてあったんだ。
 おじさんは、それをよく知ってる。何せ、漆原美咲、あんたの両親から頼まれたからな。
 あんたの両親は、ゆりっぺを訴えるのを止めたぜ。あんたは優しいな、あんなことされても、まだゆりっぺなんていう脳みそカリフラワーの女のことを案じてるんだから。
 あまりにゆりっぺへの思いが強すぎて、あんたは死んでからもゆりっぺの行動を真似ちまった。
 だから生前にできないような、おじさんに声掛けるなんてことができたんだな。ゆりっぺが、やってたみたいなさ。
 ご両親は驚いてたぜ。何せ、娘の幽霊が援助交際しようとしてるんだから。生前からやってたんじゃないかって風評被害にも苦しんでた。
 俺は全部は語らなかった。全部明らかにする必要なんてないし、それが俺の仕事ってわけじゃない。そうさ、おじさんは真実が怖い臆病者だからな。
 おじさんの仕事は、この子を無事にあの世へ送り届けることだ。
「何でだろ、ね……。海なんて、ほとんど行ったことなかったのに。海で死んで、海で、こうして、こうして……」
 少女は、美咲は唇を噛んで俺に背を向けた。俺は波打ち際まで行って、その肩を抱いた。
「海はいつでも清いんだよ。だから、真実を映す。何でかわかるか?」
 横に振ったその頭を俺は撫でた。
「清めの塩ってあるだろ? 塩を含んでるから、海はいつだって清くて、そして間違わない」
 間違わずに、あんたを送り届けてくれるのさ。
 俺は美咲の背中を押した。美咲の体はふわふわ光る玉になって、海の上をゆっくりとまっすぐ西へ進んでいく。
 俺はそれを見送って、静かに手を合わせた。ここまでが、俺の仕事だ。
作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:キュウミリ お題:彼女の夏休み 必須要素: 制限時間:1時間 読者:95 人 文字数:2328字 評価:2人
――あれは遠い夏の日だった。 両親の結婚記念日ということで、二人が前々から旅行を企てていたのは知っていた。 僕も今年で一五歳。中学三年生ということもあり受験勉 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:彼女の夏休み 必須要素: 制限時間:1時間 読者:169 人 文字数:3394字 評価:2人
目の大きい少女だな、というのが第一印象だった。 それを上目づかいにこちらに見せてくるのだから、たまらない。「ねえ、おじさん。あたし泊まるとこないんだけど」 俺 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:disturbおじさん お題:彼女の夏休み 必須要素: 制限時間:1時間 読者:67 人 文字数:3693字 評価:1人
――始まりは春だった―― 初めて彼女と出会ったのは中学二年生の春だった。県内で行われていた小説のコンテストで知り合ったのだ。同じお題で小説を書いた私は彼女の書い 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:彼女の夏休み 必須要素: 制限時間:1時間 読者:96 人 文字数:3235字 評価:0人
それまでコスモスという名称を聞くと、つい頭の中でゼノサーガを思い出してしまう僕だったが、最近はそれが変わった。最近思い浮かべるのは秋桜さんのことになった。「キラ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:彼女の夏休み 必須要素: 制限時間:1時間 読者:82 人 文字数:2649字 評価:0人
島にはろくに遊ぶものがなく、最近では人家から発見した将棋盤がもっぱらの暇つぶしだった。とはいえ駒も足りてないし、盤もひび割れ四隅が欠けてるし、ついでに僕もレイ 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:inout お題:彼女の夏休み 必須要素: 制限時間:1時間 読者:98 人 文字数:3012字 評価:0人
夏休み、吸血鬼になった、最悪だ。私は夜の落ち切った中を静かに進む、周囲は木々、フクロウが呑気に鳴いていやがる。月明かりすら差し込まない完全な闇は、今の私にとって 〈続きを読む〉

雨宮ヤスミの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:汚れた狐 制限時間:15分 読者:13 人 文字数:956字
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」 これがやりたい、とある狐は思った。 別に銃で撃たれて死にたいわけではなく、人間にショックを与えてやろうと、こう考 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:やわらかい道 制限時間:15分 読者:16 人 文字数:1467字
固い道を歩き続けると、足が疲れるものだ。 たまにはやわらかい道を歩いたっていいんだよ、とわたしの恩師は言った。「というわけで、ここが世界一やわらかい道です」 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:有名な昼 必須要素:唾液 制限時間:1時間 読者:24 人 文字数:4200字 評価:0人
いくら美人が作ってるからって、こんなのは異常だ。 佐々木フミカはスパイスの臭気漂う会議室を見渡した。 フミカの勤める会社は、お昼時になると二つある会議室の内の 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:優秀な本 制限時間:15分 読者:17 人 文字数:1513字
「この本は非常に優秀な本よ」 彼女は自慢げに一冊の本を掲げて見せる。「何せ、武器になるんだもの」 本はカヴァーがかかっていて書名は見えないが、どうやら大きさと厚 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:左の神話 制限時間:15分 読者:17 人 文字数:1057字
左利きの人は天才が多い。 そういう風潮が、南タモツは嫌いだった。 彼は左利きであるが、ちっとも天才ではなかった。 それなのに、人は左利きであるというだけで、タ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:昨日食べた村 制限時間:15分 読者:24 人 文字数:1028字
村中の人間が、外に出て不安げに空を見上げている。太陽も月も雲も星もない、真っ暗な空を。 夜中に大きな地鳴りがしたことは覚えている。地震のような衝撃で、みんなが 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:輝く暗殺者 制限時間:15分 読者:19 人 文字数:1107字
照岡は優れた技術を持つ暗殺者であったが、特異体質のために実戦では苦労していた。 その特異体質とは、「人を殺した瞬間に体が一分間発光する」という職業上致命的なも 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:失敗のエデン 制限時間:15分 読者:20 人 文字数:1070字
神はそれを見て「悪し」とされた。 それ故に、66番目の「エデンの園」はそのまま放棄されることになった。 現在につながる「エデンの園」ができたのは、それから×× 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:都会のあいつ 制限時間:15分 読者:19 人 文字数:1374字
都会に行ってあいつは変わっちまった。「清い空気の所でしか住めないもんだ。それなのに、あんな汚れた場所にいるからああなるんだ」 じいちゃんはそう言うけど、俺には 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:つらい「えいっ!」 必須要素:コミケ 制限時間:1時間 読者:35 人 文字数:3565字 評価:1人
「えいっ、えいっ……!」 またあのおじさんいるよ、とマナは眉をひそめた。 白髪と長い髭が特徴的なそのホームレスは、マナの通学路にある広い運動公園によく出没する。 〈続きを読む〉