お題:彼女の夏休み 必須要素: 制限時間:1時間 読者:194 人 文字数:3394字 評価:2人

夏休みの終わる日
 目の大きい少女だな、というのが第一印象だった。
 それを上目づかいにこちらに見せてくるのだから、たまらない。
「ねえ、おじさん。あたし泊まるとこないんだけど」
 俺は頭のてっぺんから足元まで、少女を見回した。セーラー服に身を包んでいることから、多分高校生ぐらいだろうか。頬にかかる黒髪と赤い唇が、白い肌を際立たせている。
「泊めてくんない?」
 大きな目を何度も瞬きさせる。長い睫で、風を起こそうとも言うのか。
 俺は今度は天を仰いだ。都会ににょきにょきと生えるビルの間に、真っ青な空が広がっている。もう十一月だというのに、まだ少し汗ばむ陽気だ。
 時刻は午後2時、ちゃんと昼間だってのに、と俺は頭の後ろをかいた。
「お嬢ちゃん、いつから寝るつもりなんだ?」
「何それ? やらしー質問?」
 違ェよ、と俺はスーツの内ポケットに手を入れて――おっと、喫っちゃいけないな。
「今は午後2時だ。14時、わかる? 寝る時間じゃないだろ」
「え……? あ、そっか」
 短めに切りそろえられた髪に手をやって、そうだそうだと少女はうなずいた。
「じゃ、遊びにいこ。カラオケとかさ」
「……散歩ならいいぜ」
 俺は少し考えたが、結局それしか思いつかなかった。


 行先は「おじさんに任せる」というので、俺は市街地から離れることにした。それに気付いたか、少女は少し不満げに「どこ行くの?」と口を尖らせる。
「俺に任せるんだろ? じゃあ任せてついて来い」
「おじさん絶対モテないタイプだよね?」
「ああ、そうだ。よくそんなのに声掛けたな」
「ボランティア、かな? ぴちぴちの女子高生と遊ぶようなアレ、ないでしょ?」
 アレ、なんだ。チャンスとでも言いたいのか。そいつは社会的にはチャンスというよりピンチな気もするが。
「女子高生ねえ……。その女子高生が、あんな時間にあんな場所にいたのはどういうことだ?」
「夏休みだよ」
「随分と長い夏休みだな」
 いいでしょー、と少女は屈託なく笑った。
「本当にいいと思ってるのか?」
 少女は笑顔のままだったが、何も言わなかった。
「どこの学校だ?」
 俺は質問を変える。
「制服見りゃわかるんじゃないの? あたしらと遊ぼうって大人はさ」
 女子高生を買うような人間はそうなのかもしれないが、生憎と俺は違うのだ。
「誰がそんなこと言ってたんだ?」
「ゆりっぺだよ」
「友達か?」
 少女は答えない。だから、俺は少し後戻りした。
「ゆりっぺは、夏休みが長くなった原因か」
 うぇ、と少女は形のいい眉をしかめる。
「何でわかったの? ジンセーケーケン?」
「大体察しが付くさ。おじさんも昔は男子高校生だったからな」
 もっとも、多くの大人がそうだったことを忘れて暮らしている。俺だって、この少女に会わなければ、多分今日は思い出さなかった。
「ゆりっぺとケンカしたか?」
「……さあ?」
「男でも盗ったか」
 三度、少女は質問に答えなくなった。わかりやすいな、こいつは。正解を引き当てると黙るんだ。
「そんな気はなかったんだろ、どうせ」
「……なかったよ、トーゼンじゃん。飯田くんは、ゆりっぺと付き合ってたの知ってたし、あたしは別に、言っちゃ悪いけどああいう不良っぽいのは好きじゃなかったから……」
「飯田くんに何かされたか?」
「されてない。でも、ゆりっぺはしたと思ってた」
 そこから、少女は長い話をした。大人でも堪えるような話だ。
 ゆりっぺと仲が良かったころの話、ゆりっぺが飯田くんと付き合い始めたころの話。
 付き合い始めて、ゆりっぺが段々変わって行った話、夜遊びを始めた話。
 ゆりっぺの金遣いが荒くなってきた話、飯田くんが喫煙が見つかって退学してしまった話。
 飯田くんが浮気したとゆりっぺが泣いた話、浮気相手として疑われ始めたころの話。
 ゆりっぺのグループに無視され始めた話、他のクラスメイトからも避けられ始めた話。
 女子トイレに呼び出された話、痛めつけられた話、物がなくなり始めた話、お金を盗られた話。
 ゆりっぺらの所業が学校で問題になった話、それでも学校に行けなくなった話……。
 辺りは完全に市街地から住宅地に変わっていた。一車線の細い道を抜けると、鼻腔をくすぐる香りが近づいてくる。
「どこに行くの、って聞いてたな」
 会話を断ち切って、俺は道の先を指差した。
「もうすぐ着く」
 道は大きな幹線道路と丁字に交わっている。トラックが走り抜けるその向こうを見て、少女は大きな目を輝かせた。
「わぁ……」
 海だ。市街地の辺りは晴れていたが、さすがに快晴とはいかない。灰色の雲が重たく垂れ下がるその下に、それは広がっている。
「おじさん、ここに連れてきたかったの?」
「まあな。夏休みだろ、あんた」
 夏休みは海に行こうぜ、と俺はキザに決めたつもりだったが、少女は聞いちゃいなかった。そもそも、俺が山派なのがまずいのかもしれない。


 幹線道路沿いの歩道を歩き、俺たちは砂浜に降りた。
 よっぽど寒い時期にならない限りは、この砂浜は閉鎖されない。何度か来たことがあるので、それはよく知っていた。
 少女のはしゃぎっぷりと言ったらなかった。砂浜に降りるなり、海へダッと向かっていった。
 そして波打ち際に立って、じっと水平線の方を見ている。
 随分と歩いたな。市街地で少女と会った時には昼だったのに、もう夕日が沈みかけている。海の色にオレンジが映って揺れていた。
 少女は海をボーっと見つめている。俺は離れた砂浜からじっとその背中を見ている。
「おじさん……」
 さざ波の音の間から、少女はこちらを振り返った。
「あたしさ……」
 俺は少女の言葉を待った。本当のことを聞かれると黙ってしまう少女は、自分で本当のことを言うのも苦手なのだろう。
 でも、そんなの当然だ。俺だって苦手さ。苦手だから、ずっと歩いている間は少女がしゃべるに任せていたのだ。
「思い、出した、の……」
 それでも、少女は俺みたいな歳ばっかり食ってるクソ野郎よりも、よっぽど勇気があったみたいだ。大きな目に揺れる雫をいっぱい溜めて、こっちを見つめて言った。
「あたし、あたし――死んでたんだね」


 ああ、そうだ。そうだとも。
 漆原美咲、あんたは死んでたんだ。
 ゆりっぺとその他のクラスメイトからいじめを受け不登校になって、長らく引きこもってた。
 ある日ひょいといなくなって、その三日後に向こうの埠頭で浮いてんのが見つかった。
 遺書が靴と一緒に置かれれて、「ゆりっぺと仲直りしたい」って書いてあったんだ。
 おじさんは、それをよく知ってる。何せ、漆原美咲、あんたの両親から頼まれたからな。
 あんたの両親は、ゆりっぺを訴えるのを止めたぜ。あんたは優しいな、あんなことされても、まだゆりっぺなんていう脳みそカリフラワーの女のことを案じてるんだから。
 あまりにゆりっぺへの思いが強すぎて、あんたは死んでからもゆりっぺの行動を真似ちまった。
 だから生前にできないような、おじさんに声掛けるなんてことができたんだな。ゆりっぺが、やってたみたいなさ。
 ご両親は驚いてたぜ。何せ、娘の幽霊が援助交際しようとしてるんだから。生前からやってたんじゃないかって風評被害にも苦しんでた。
 俺は全部は語らなかった。全部明らかにする必要なんてないし、それが俺の仕事ってわけじゃない。そうさ、おじさんは真実が怖い臆病者だからな。
 おじさんの仕事は、この子を無事にあの世へ送り届けることだ。
「何でだろ、ね……。海なんて、ほとんど行ったことなかったのに。海で死んで、海で、こうして、こうして……」
 少女は、美咲は唇を噛んで俺に背を向けた。俺は波打ち際まで行って、その肩を抱いた。
「海はいつでも清いんだよ。だから、真実を映す。何でかわかるか?」
 横に振ったその頭を俺は撫でた。
「清めの塩ってあるだろ? 塩を含んでるから、海はいつだって清くて、そして間違わない」
 間違わずに、あんたを送り届けてくれるのさ。
 俺は美咲の背中を押した。美咲の体はふわふわ光る玉になって、海の上をゆっくりとまっすぐ西へ進んでいく。
 俺はそれを見送って、静かに手を合わせた。ここまでが、俺の仕事だ。
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