お題:団地妻の扉 制限時間:15分 読者:42 人 文字数:1014字
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鳴らない電話 ※未完
 まだ夏の日差しが残っている頃だった。夜には気温が下がるが、昼には衣服に汗の臭いが混じる。僕は長い夜を過ごした後、少しばかり酩酊した頭を日差しの中に横たえて、布団の中にまだ体をうずめていた。倦怠が唯一うっすらとでも実体を持つ季節。僕は布団の中で手を動かしては、自らを慰め続けていた。その手を伸ばし、強い日差しに透かすようにしてみると、つんと、鼻をさす匂いが漂ってくる。僕はそれを犬のように嗅ぎながら、電話を待っていた。彼女からの電話を待っていた。時間が過ぎていくのをとどめようとすることで早めようとしていた僕は、ただ一声を聞きたかったのだ。裸のまま外へ駆け出していきたいと僕は思う。その一声を聞いてから、裸のままで日差しを浴びてみたいと僕は思う。なぜそれが許されないのか。楽園時代には羞恥心がなかった。そうだとすれば、その楽園はむせ返るような栗の花の匂いがしただろうに。僕の頭が真っ白になる。僕は左手を使って、つまり、普段よりはずっと不慣れなやり方で、けれどもしっかりと、夢の内に果てた。持続する意識と、秘められた断絶。持続を装いながら、誰もが夏の日差しの中では意識を失っている。連続の内に静けさがあり、静けさの反動に興奮があった。誰もが体を震わせる時期。夏の終わりに子を宿せば、生まれてくるのは初夏になる。子供は生まれたとき冬の冷たさを知らず、秋のさみしさも知らない。春の豊饒の名残を味わい、夏の狂乱にどっぷりとつかる。夏、命は交尾して、繁殖する。十か月もの時を胎内で過ごすのは人間ぐらいなものだ。だけど、少なくとも、人間の論理の内では、子供を産むのは初夏が良い。僕たちはそのことを知っているのだ。
 僕の待っている電話は鳴らない。僕は鳴らない電話を待ち続けている。僕は電話を待っているのか、それとも、鳴らないことに耐えているのか。耐えるということは甘美でもある。罪を犯せば、もっと甘美だ。だがそれは罰せられる恐怖が常に魂を苛んでいるからである。罰せられてしまえば、その恐怖も終わりだ。終わってしまった恐怖は、もはや甘美ではない。続いている恐怖は甘美だ。その味を、僕たちは少しでも長く味わいたいと思う。犯罪者が逃走するのはその甘美を引き延ばすためだ。犯罪者が現場に戻るのは、その甘美が永遠に追放されることを防ぐためだ。僕たちは恐怖を忌避しながら、恐怖を求めてさまよう。罪を憎悪しながら、罪の刻印をわが身に刻み付けることを願う。
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