お題:団地妻の脱毛 必須要素:二号機 制限時間:1時間 読者:170 人 文字数:3662字 評価:3人

脱毛ババアの部屋
「脱毛ババア?」
 田中はあくまで真面目な表情で、すっさまじい名前だなあ、と俺は顔をしかめた。
 俺と田中は、とある団地に来ていた。かなり古びた建物群で、地元民の田中によれば畜30年以上が経っているという。
「老朽化もあって、もうあんまり人は住んでないんだって」
「で、心霊スポットになった、と?」
 逆だよ、と田中は首を横に振った。
「心霊スポットになったのもあって、人がごっそり減ったんだ」

 俺と田中は、大学の史跡サークルに属している。とは言っても、別に史跡に興味があるわけじゃない。文系の飲みサーという感じで、花見の時に気になる感じの人がいたから入ってみただけだ。
 春学期の終わりにやった飲み会で、田中が「うちの地元に心霊スポットがあって」と話し出した。
 幽霊否定派の俺は、「そんなもん馬鹿らしい」と鼻で笑った。田中も「確かに馬鹿らしい」と意外や同意してきた。
「馬鹿らしいんだけど、不気味なことには変わらないんだな。だから、一人で探索しようにも難しい。地元の友達は、みんな信じてるからよりつかないし」
 ってわけで武村どうかな? そう俺に水を向けてきた。つまり、一緒に行ってほしいのだ。
 何が悲しくて、男二人で心霊スポットに行かねばならんのか。そう思ったが、ここで進藤という先輩が口を挟んできた。
「武村くん、行ってあげたら? それで写真でも撮ってきて見せてよ」
 進藤さんは屈託のない笑顔を向けてくる。この先輩に俺は抗う術を知らない。史跡サークルに入った理由の8割は、この人である。
 大和撫子という言葉がぴったりの、白い肌と長い髪。そう、花見の時に気になったのはこの人なのだ。この人がそう言うなら、俺は動くしかない。
 というわけで、俺は貴重な夏休みの一日を田中と二人、不気味な団地で過ごすことになったのである。

「脱毛ババアは、かつてこの団地に住んでいた主婦なんだ」
 団地の間の、乗用車が一台通れるかどうかという道を、俺と田中は一列になって歩いた。土地勘のある田中が先頭だ。
「旦那さんと二人で住んでたんだけど、実は不倫してたんだよ」
 灰色の団地は五階建てということだが、妙に高く見えた。洗濯物を干している窓は少なく、その数少ない窓の一つから、きついパーマのおばさんがこっちを見下している。そちらに目をやると、おばさんはさっと中に引っ込んだ。警戒されているような気がした。
「ある時、旦那さんに不倫がばれたんだ。二人でまぐわっているところに、旦那さんが帰ってきてしまった」
 アブラゼミの声が耳を引っかく中で、田中の声は何だかよく聞こえた。直接脳に言い聞かせられているみたいだった。
「旦那さんは怒って、離婚しようとした。でも、奥さんが泣いて反省するから、思い止まったんだ」
 その代わりに、一つ条件をつけた。そう言って田中は足を止めた。
「ここだよ」
 団地の並ぶ最も奥、三方を建物に囲まれたどん詰まりに立って、田中はその内の一つを見上げた。
「この棟の五階に、脱毛ババアはいる」
「なあ、条件って何だ?」
 田中はこっちを振り向いた。四角い黒縁のメガネの奥の目は無表情で、教科書を読むような淡々とした口調で、田中は応えた。
「奥さんを丸坊主にさせたのさ。そうしたら、不倫できないだろうって」
 旦那の方が手ずから、奥さんの髪を剃り上げたらしい。
「丸坊主になった奥さんは、じっと部屋に閉じこもるようになった。そしてそのまま、気がおかしくなっちゃって……」
 ある晩、団地の屋上から飛び降りた。
 田中は再び、屋上に目を向けた。
「それ以来、この団地の共同廊下を徘徊する坊主頭の女の霊が目撃されるようになった」
 幽霊を恐れて、住人がどんどん出て行った。また、噂が広まって物見高い連中が見物に訪れるようになったのも、人離れに拍車をかけたという。
「旦那はどうしたんだよ?」
「真っ先に引っ越したよ」
「無茶苦茶な男だな」
 田中はそこでまた、俺の顔に視線を戻した。
「そうかな? 浮気された上に自殺されて、しかも引っ越さなきゃならなくなった。旦那さんの方が被害者に思えるけどね」
「坊主にさせなきゃ、こんなことにはならなかっただろ?」
「でも、それは浮気したせいだろう? そして、それでも離婚したくなかった女の方のエゴだよ」
 えらく旦那の肩を持つ。俺はそれ以上は何も言わなかった。もしかしたら、似たような経験が田中にもあるのかもしれない。高校時代に、付き合ってた女に浮気されたとか。
 いや、ないか。田中は田中という苗字を直接擬人化したような地味男だ。とても女と付き合いがあったようには見えない。
 まあ何であれ、これ以上突っ込んでもしかたあるまい。俺は少し話題を変えることにした。
「坊主の奥さんだから、脱毛ババアって名前なの? ちょっと変じゃね?」
「いいや。髪を要求してくるんだ。会ったら、『ちょうだい』って言ってくるんだよ」
 ちょうだい。その長い髪、ちょうだい。
「髪が元に戻れば、また全部上手くいくのに。死ぬ間際にそう言っていたのを聞いた人がいるんだってさ」
 不気味とか怖いとか、そういうのを通り越して哀れすらに思えてきた。
 別に幽霊がいるとか、本当に思っているわけじゃない。死んでしまってからも、自分の死をネタにされて弄ばれているその奥さんとやらが――実在するのなら、だが――可哀想に感じるのだ。
「じゃあ、行こうか」
「こんな真昼間からか?」
 さっきの話では、共同廊下に現れるのは夜だったはずだ。まだ昼の14時で、太陽は高い。
「昼間はね、元住んでいた部屋に出るんだよ」
 この棟の五階さ。言って、田中は建物の入り口、薄暗い階段に向かって歩き始めた。

 やけに足音が響く階段を上って、俺たちは五階までやってきた。
 田中は一度来た道を歩くように、すいすいと進んでいく。俺たちが上った階段は建物の中央にあるのだが、「よく知っている」かのように田中は迷わず右に曲がった。
 右側に並ぶ鉄扉は、もう長いこと使われていないようだった。人の気配というか、生活感がない。
「ここだよ」
 田中が足を止めたのは、一番奥の角部屋から数えて三番目の部屋だった。
「この中にいる」
 田中はドアノブを回して、鉄扉を開いた。鍵と掛かってないのかよ、と俺は目を見開く。
「田中、お前……」
「中、先入って」
「鍵は……?」
「入ってよ」
 俺は言われるままに、部屋の中に足を踏み入れた。昼なのに暗い部屋の中は、異臭がした。黴臭さの中に、何だか新しい生臭いにおいが混じっている。
 ガチャン、と大きな音を立てて背後で扉が閉まった。驚いて振り向くと、田中はちゃんと一緒に入ってきていた。
「靴とか脱がなくていいから、奥に行って」
「お前……」
「いいから行って」
 臭いよね、と田中はちょっとボヤいた。鍵が何で開いてるのかとか、何でお前が家主みたいな口ぶりなのかとか、色々聞きたいことはあったが、俺は土足で廊下に上がって奥に進んだ。
 廊下の突き当たりは居間になっているようだった。居間へのドアは開きっぱなしなのだが、薄暗いせいでよく見えない。ただ、段々と異臭が強くなっていく。
「……ん?」
 今に一歩足を踏み入れて、俺は一瞬違和感を覚えた。
 黒いカーペットのようなものが敷かれているのだ。空き家のはずなのに、と思って今の真ん中に目をやり、俺は悲鳴を上げた。
 そこには、丸坊主の女がいたのだ。真っ裸だが、肌の色には生気がない。周りには、虫が羽音を立ててたかり、顔の周りを黒い虫が這いまわっている。
 そして、カーペットかと思った黒いもの、その正体がわかった。
 髪の毛だ。長い、この死体の女の……?
「腐っちゃってたか」
 田中の言葉がどこか空虚に響いた。そう思った瞬間、俺は背中に激しい痛みを感じた。耐えがたいそれは俺の震える膝を崩し、前のめりに、つまり黒い髪の広がる床に体を倒した。
「あ、お前、田中……」
 無理して首を回して、痛みの原因がナイフだと見て取れた。田中はもう一本ナイフを取り出すと、逃げようとする俺の背中に馬乗りになって……。


 田中ヒデトは、目の前の二つの死体を見下して、よしと一つうなずいた。
 今しがた刺殺した武村と、少し腐り始めた進藤の死体をスマートフォンで写真に収める。
 あとは自首するだけだ。この、かつて自分が住んでいた部屋から警察へまっすぐ向かって。
 田中の母が、彼女の浮気が原因で父と離婚したのは、彼が小学生の頃のことだった。
 父は、頭を丸めた母を許さず、二人でこの部屋を出て行った。学校も転校することになった。
 その後、母が自殺したこと。そのことが「脱毛ババア」なんていう怪談話を作ったことを知ったのは、つい最近になってからだ。
 そう、進藤から二股をかけられていると気付いたのとそれが近かったのは、田中に運命を感じさせるものだったのだ。
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