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お題:空前絶後の曲 制限時間:15分 読者:24 人 文字数:632字

火中のカフカ

 男は、思考のための言語として音階を用いた。
 音楽の才能があった訳ではない。幼いころにわずかばかりピアノを習い、五線譜の読み方を習っただけで、彼から音楽は取り上げられた。父親が失業し、ピアノ教室へ通うための月謝など望むべくもなくなったのだ。バッハにもモーツァルトにも辿り着く前のことだった。
 その後も長く男の生活は貧しく、音楽への道は閉ざされつづけた。貧困に落ちた家庭は重苦しく、父も母も鼻歌をうたうような人間ではなかったし、広場でかき鳴らされるロマのアコーディオンも、みすぼらしい男の前はただ通り過ぎるだった。何といったって、コインを乞うロマたちよりも、男の服の方が擦り切れてぼろぼろだったのだから。
 けれど寡黙な男の頭の中では常に音楽が響いていた。
 正確に言えばそれは音楽ではなかった。音階を伴う思考、あるいは、思考を伴う音階でしかなく、そこには旋律も歌詞もなかった。長い音楽の歴史上、その理論との繋がりも、ほとんど僅かにしか残っていなかった。その音楽は男以外に聞き手を持たなかったから、特にそれで不都合はなかった。不都合があるとすれば、その音楽を人と会話するための言葉に置き換える翻訳が困難で、男の口がいつも重かったということくらいだ。

 やがて男は年老いて、一度も音楽の道に戻ることなく息を引き取った。
 五線譜の書き方もろくに習わなかった男は、それでもたった一度だけ、脳裏で鳴り響く思考をたどたどしく音符に書き留めていた。たった一枚の楽譜は、
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