お題:8月のクリスマス 必須要素:グミ 制限時間:1時間 読者:61 人 文字数:2769字 評価:2人

抱擁の時、抱擁を遠ざける時
 わたしが小学生の時に住んでいた家には、大きなグミの木があった。春には白い花をつけて、六月ぐらいになると2センチくらいの赤い実がなる。
 そう、だからあれは小学校三年生の年の、六月半ばのことだったと思う。
 わたしは仲良しの友達と放課後、ゴムとびをしていて、ちょっと遅い時間に家に帰ってきたのだ。
 すると、家の塀から垂れ下がっているグミの枝になった実を、知らない男の子がもいで食べていた。
 びっくりしてしまって、わたしはつい「わっ!?」と言ってしまった。そういうことをする子は、わたしの住んでる地域にはいなくて、「どろぼうだ」なんて思ってしまったせいでもある。
 その子もわたしの声に驚いた様子で、飛び上がってこっちを見た。
 坊主頭でちょっと痩せている。白いランニングシャツを着ていて、ズボンも短パンだった。首から褪せた水色のヒモで下げた鍵が、重そうに揺れたのを妙に覚えている。
 わたしとその子は気まずく見つめあっていた。どっちも固まって、動けないみたいだった。
 何、どうしたの? お母さんの声が家の中からして、わたしはホッとした。男の子はまた飛び上がって、くるりと踵を返して、走って行ってしまった。すごく足は速かったように思う。
「どうしたの?」
 お母さんが玄関から出てきて、わたしは飛びつくように駆け寄った。
「あのね、今木の実を食べてた子がいたの」
 わたしの母は、大らかというかそういう人なので「あらそうなの、びっくりしちゃったわね」と意に介さない風でうなずいて、わたしに早く家の中に入るように促した。
 家の中に入る前に、わたしは男の子が走って行った先を見た。もう、あのランニングシャツの背中は見えなかった。

 次の日、わたしは寄り道せずにまっすぐ家に帰った。
 部屋で宿題をしていて、何気なく窓の外を見た。わたしの部屋は二階それも庭の真上で、机の隣の窓からは庭とそれが面する道路の様子がよく分かるのだ。
 グミの木が少し揺れている。あの男の子が来てる、とわたしはドキリとした。
 お母さんに言おうか。でも、お母さんは別に怒っていなかった。学校では去年、六年生の人の何人かが、どこかの家の庭になっていたみかんを勝手に食べちゃって、朝礼で校長先生が怒っていたのに。
 お母さんがしないなら、わたしが言わなきゃ。
 意を決して、わたしはそっと玄関を出た。恐る恐る庭を歩いて、門扉を開く。
 わたしが家から出てきたのを見て、男の子はまたぎょっとした様子だった。
 やっぱり白いランニングシャツ姿で、昨日から着替えていないようにも見えた。
「い、いけないんだー!」
 わたしは必死に声を出した。
「ひ、人の家のもの、勝手に取って食べたらけしからんって、校長先生言ってたでしょ!」
 男の子は目をぱちくりさせて、ちょっと考えてから言い返してきた。
「こうちょうって、どこのこうちょうだよ?」
 わたしが小学校の名前を挙げると、男の子は勝ち誇ったような調子で言った。
「なら関係ないな! おれは東小学校だから!」
 東小学校の学区からここまで来てるのか。わたしは少し驚いた。わたしの家は通っている小学校から近く、当然別の学区からは距離がある。
「東小? こんなとこまで一人で来て、何してんの?」
「関係ないだろ!」
 と、その時遠くから放送の音が聞こえた。「遠き山に日は落ちて」のメロディと一緒に、「よい子のみなさんはお家に帰りましょう」という帰宅を促す文言。それを聞いて、わたしは「ほらー!」と援軍を得たような気持ちになった。
「お家に帰りましょう、って言ってるじゃない。帰りなよ」
「……帰っても、誰もいないし」
 男の子はふてくされたように、そう言い捨てた。
「いつも親遅いし。家おっても腹減るだけだから……」
 お腹が空いているのか、とわたしはそこで初めて、盗み食いするということの切実な気持ちを知ったのだった。何故だか、とても恥ずかしくなったのを覚えている。
「待ってて」
 わたしはそれを誤魔化すみたいに言い置いて、家の中に戻った。そして目についた買い置きのお菓子を取って来てやった。
「これ、あげるから」
 男の子は、わたしとお菓子を見比べるみたいな顔をした。
「お腹空いてるんでしょ?」
 顔を真っ赤にしたから、わたしは最初男の子が照れたのかと思った。
 だけど、違った。
 男の子は乱暴にわたしの手からお菓子をはたき落とし、胸を突いた。わたしは尻餅をついて、男の子の顔を見上げた。胸もお尻も手も、じんじんと痛かった。
「何じゃお前、おれがそんな、こじきみたいなことしてると……!」
 男の子は、右の拳を固く握って振り上げた。左側のシャツの裾がずれて、胸の辺りに青黒いあざがあるのが見えた。反射的に頭をかばったわたしに、しかしその手が振り下されることはなかった。
 足音がして、恐る恐る顔を上げてみると、男の子はまた昨日みたいにすごい速さで走って行ってしまった。わたしは、何が何だかわからなくて、立ち上がることもできなくて、涙が伝うままに泣いたのだった。
 その後、お母さんがやって来て、わたしを起こして話を聞いてくれた。お母さんは「怒らせちゃったのね」と言った。
「人間はね、優しい気持ちで接したとしても、必ずそれを受け取れるわけじゃないの」
 男の子は確かにお腹が空いていた。だけど、受け取るわけにはいかなかった。
「それを受け取ってしまったら、とてもみじめな気持になってしまう。そう思ったのよ」
 わたしは、自分がしたことが正しかったのかどうか知りたかった。でも、お母さんはそれを教えてはくれなかった。
「いつか分かるようになるわ」

 男の子は二度と家に来なくなった。ホッとしたような、悲しいような。謝る機会を逃したような、それでよかったような。わたしには分からなかったし、それでよかったのかは20年経った今でも時々分からなくなる。
 グミの木から実が落ちて、夏休みになった頃、思いがけないところでわたしは彼の顔を見た。
 それはテレビの中で、小さな丸く囲われた写真だった。
「警察は、男の子の母親で飲食業の×××××と、その内縁の夫である×××××を保護責任者遺棄致死の疑いで……」
 ニュースの映像は、東小学校の学区の古いアパートを映していた。


 わたしが自分の立ち上げた子ども食堂に、「8月のクリスマス」と名付けたのはこの経験からだ。
 クリスマスとしたのは、サンタクロースなら誰にだって物を渡すことができるから。
 週に三回、ボランティア職員たちと食事の提供や学習支援をやっている。
 今のわたしからなら、あの子は食事を受け取ってくれるだろうか。
 そう自問自答しながら、毎日を送っている。
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