お題:安い墓 制限時間:30分 読者:42 人 文字数:806字

最後の願い
その墓にたどり着いた時には、すでに日は暮れかけていた。普段ならこんな時間にとてもいられやしない墓場だが、水葉は感動のあまり打ち震えて泣いた。

墓に掘られた個人の名前も確認した。水内竜也と確かに掘られてある。目で、指でその名を何度もなぞった。墓は苔むし、花の残滓が昔供養した人があったことを知らせている。

「たっちゃん。たっちゃん」

完全に陽が落ちて、夜のとばりが降りても、水葉は墓の前でその名を呼んでいた。

「初めて会った時もこんな風に暑い日だったね」

水葉がこの墓を探し出すために丸3年の月日を要した。

心が通わない夫との生活に疲れ果てていた。左足の腓骨は何度も折られたせいでもはやまっすぐにはならなかった。右の視力もほとんどない。

これだけしておいて、自分を捨てたことに気が狂わんばかりに怒り、夫は自分を殺すつもりで血眼で探しているはず。

水葉が家を出たのは二週間ほど前のこと。その執念と獣のような嗅覚で、いずれ水葉の居場所を嗅ぎつけるだろう。ここに来るまでの間、三度ニアミスしていた。

病気に罹り心身が弱っていたあなたを、あの気狂いは追い立て回し、私の全てを粉々にしてしまった。

ここに来れたのだから、もう何も思い起こすことはない。生前に遂げられなかった想いは告げることができた。苔が頬を撫でる感触は竜也の頬のように思えた。


あの外道は、私とあなたとの子も殺してしまった。泰葉の知らぬ間に腹から抜かれ、まだ週数が満たなかったので、産業廃棄物として捨てられてしまった。

胸には家から持って来て、なまくらの出刃がある。

これで。これで。

あの男には私の身体にも、たっちゃんのお墓にも触らせない。地主だったというたっちゃんの先祖が暮らしたこの地で、私の生は終わる。

全てを覚悟した時、あの男の雪駄の音が聞こえた。

同時に、あたりの墓から一斉に青白い人型のものたちが立ち登った。
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