お題:近い理由 必須要素:ペロペロ 制限時間:1時間 読者:159 人 文字数:2932字 評価:1人

雨影
雨がガラスを打っていた、楕円に広がり落ちる水は尽きることなく後から後から流れ落ちる。
バス停の中の、ベンチから俺はそれを聞いた。
意味のない待ち時間が苦痛だった、相手が病的なまでの遅刻魔ともなればなおさらだ。

氷雨が空から数えきれないほどの直線を描いたように降り注ぐ。
風はなく、染みる寒さが下の方から這い上がる。
俺は咳をした。二度三度と続けて。
こんなところ、長くいるものじゃない。

形ばかりは新しいこのバス停には一時間に一本くるかどうかも怪しい。ついさっき、訝しむ運転手に手を振って追い払ったばかりだった。これからあと一時間は、一人だけでこの湿気の籠る空間で過ごすことになる。

前方には、アスファルトを雨が叩く様子がある。車はほとんど通らない。
左を見れば、ガラスと雨越しにわずかな緑、山の始まりの木々だ。
右を見れば電柱が、こちらに倒れてくるような威厳を以て立ち尽くしている。背の高い後輩を思い出し、厭な気分になる。
全体的に、どこにでもある地方都市の、どこにでもある道路だ。少し歩けば森林へと入るためか、通る人の影もない。

俺が待っているのは、学校の後輩だった。
来るはずのない後輩だ。
ここで待ち合わせをしたその日、左側にある木々の奥、こんな冷たい雨が降る中、一人で首を吊って死んだ。
俺は、それを知らずにずっと来ない後輩に文句を言った。
いつまで待たせるんだアイツは、と。
今も言っている。


雨が本格的に降り出した。
斜めにせり出した屋根では雨を防ぎ切ることはできず、いくらか振り込んで来る。
俺は靴を脱いで、椅子に足を昇らせた。半端な中腰のような恰好で冷たさをやり過ごす。
宙ぶらりんの右足が、ぷらぷらと揺れた。
雨が降っていた。
冷たいそれが、ぽつぽつと撃ち抜いた。
意志がないように、俺の脚は揺れていた。

なんだか厭な気分になり、俺は靴を履いて座りなおした。冷たく湿った座席の感触が最高に気色悪い。
雨が、なんだってんだ。

――あ、先輩、雨に降られましたか、濡れてますね。

馬鹿な後輩の、馬鹿な言葉が脳内で勝手に再生された。

――せっかくだから舐め取りましょう、ペロペロと!

割と本気で叩いたが、後輩はなぜか嬉しそうだった。
前々から、理解できない奴だとは思っていた。


上を覗くが、分厚い雲から相変わらず水滴をただ落とした。
一時間前の雲が、未だにこの上にいるんじゃないかと思えるほど、変化がない。

「変われよ」

低く唸るように言った声に、返事はなかった。

――先輩、なぁにまた一人で脳内完結したこと言ってんですかぁ!

そんな馬鹿みたいな声も、ない。

雨音が小さく、途切れることなく地面を叩き続ける。
まるで、後輩に対する噂だった。
ひとつひとつは悪意がないささやかなもの、しかし、それらが決して途切れず続く。雨音に終わりがあるように終わりがあるのかどうか、俺は知らない。

悩んでいたみたいだよ――
酷い目に遭ったんだって――
中二病じゃね――
そんな奴じゃなかったけどなぁ――
きっとさ、あの先輩が――

雨が地面を叩いて排水溝に流れ着くように、そのほとんどは俺に届いた。
いや、むしろ積極的にそれを集めた。
誰よりも、俺が理由を知りたかった。

どうして、後輩は自殺しなきゃならなかった?

俺が犯人だ、その原因となったという説はさんざん聞いた。
中には俺が強姦魔扱いするような奴もいた。
もしそうなら、あるいは俺は救われた。ハッキリ俺が悪いと納得できたからだ。

だが、そんな心当たりはまったくありはしなかった。
学校の、先輩と後輩、ただそれだけの関係で、それ以上のものはなかった。
たまに遊びに出かける、少しは仲がいい。他から見れば、誤解はあったのかもしれない。俺が犯人扱いされることにも、一部の理があるのかもしれない。
もしかしたら、このまま過ごすうちに、後輩との仲は自然と発展した可能性もあった。だが、後輩が後輩自身を終わらせた段階で、そんなハッキリしたものは何もなかった。

俺がぶつくさ文句を言っている間に、あいつ一人で森に分け入りロープを準備するような、そんな遠い関係だった。

「――」

傘を差して歩く人が、道路向こうに見えた。
赤い傘、良く見かける革靴とスカートはうちの学校のものだ。足音は、雨音に紛れて聞こえない。顔は、傘に隠れてまるで見えない。

なぜか、心臓が高鳴る。
違うはずだ。
偶然だ。

だが、右から左へと歩いて来た、ここから先は山道だ。学校の制服姿で行くところじゃない。
なんの理由があって、ここに?

雨が降っていた。
雨音だけが聞こえていた。

いつの間にか赤い傘は止まっていた。
立ち止まっていた。

まっすぐの雨が、彼女を透過しているように思えた。
冷たい水が降り注ぐ世界で、俺だけが体温を持つ存在だと錯覚した。
俺の視線は、その赤色に吸い込まれた。

傘が、持ち上がる。
ゆっくりと、じれったいような速度。
白い喉元、冷たい雨が伝うそこに、青黒い跡が。

俺は痛いほど鼓動する胸元を抑える。
忘れていた呼吸を、断続的に行う。
目だけは、ただその動きを追う。

口元が見えた。
青白いそれは、まるでプールの直後、一度も見たことのない角度で笑みを表現している。
慈愛、とも違う、どんな感情とも言えない微笑。

靴先が、動いた。
こちらに体を向けている。
俺は、ふらふらと、立ち上る。ああ、そうだ、言わなきゃいけないことが、山ほどある。どれだけ言っても言い足りない。だから――

右から鋭い警告音が響き、迫った。
視界の一センチ先を何かが通り過ぎる。
一瞬遅れて、風圧が俺を叩いた。

車、トラックが通り過ぎた――

そう理解に及んだのは、俺が尻もちをついて無様に雨に打たれて、左方面から馬鹿野郎の怒声を聴きながらでだった。

「あの、あの、大丈夫ですか!?」

そうパシャパシャ雨をかき分け声をかけたのは、顔見知りくらいの間柄の人間だった。
他校の知り合いだ、後輩なんかじゃない、その首に傷痕なんかも、ない。

見間違えだった――

「あ、ああ、平気だ」

その事実に、酷く落ち込みながら、俺は答えた。
どうやら俺は、俺自身が思う以上に参っているらしかった。

「悪い、じろじろ見て」
「いえ、こちらもちょっと見てしまいましたし」
「たしかに、一人でいるとこじゃないが――」
「あの」

酷く言いにくそうに。

「もう一人、いませんでした?」
「……は?」
「あの、こんなところで、二人っきりで、ペロペロ顔舐めてるとか、そんなことをしてるように見えたので、悪いなと思ったんですが、ついつい覗き見すようなことをしてしまいまして――」

なにを言ってるんだ、と思った。
俺は呆然と雨に打たれながら、背後を振り返る。

真新しいバス停、ガラスが雨を打つ様子。

そのガラスに、乾いた手形がついていた。

小さなそれ、俺の脳味噌が、あるべき位置にあるべき表情を勝手につくる。後輩のそれを。
馬鹿みたいな笑顔。
すぐ傍にあった表情。

手形は、すぐに雨に打たれて消えた。
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