お題:近い理由 必須要素:ペロペロ 制限時間:1時間 読者:78 人 文字数:3534字 評価:0人

近付く気配
 ナホミが大学に来なくなったのは、ペットロスが理由らしい。
 ペットなんて下宿で飼ってたのか、と思ったが、実家の犬だそうだ。
 一週間ぐらいで、何とかまた出てくるようになったが、やはり元気がなさそうだ。
 ペットぐらいで、とわたしは思ったが、リツからは「無神経だよ」とたしなめられてしまった。
「カナってペット飼ったことないでしょ? ペットって家族なんだよ? ずっと一緒に過ごしてきた、肉親なんだよ?」
 リツはナホミと親しい。ナホミが大学に来なくなった理由を教えてくれたのもこの子だ。
「肉親が死んだら、って考えてみなよ。そしたらナホミの気持ちぐらいわかるでしょ?」
 そうだねごめんね、とわたしはその場は謝った。
 何でこんなことぐらいで、それも当事者じゃないリツから責められなきゃならないんだ、と思ったが、その辺は友達付き合いの面倒くさいところだ。
 多分わたしは、肉親が死んだってこんなに凹まないと思うし、動物も別に好きじゃないので一生ナホミの気持ちなんて分からないと思うが。

 それからまた一週間ぐらい経って、ナホミは元気を取り戻した。
 あー、よかったね。悲劇のヒロインを気取るのをやめてくれて、こっちも気を使わなくていいから一安心だ、とこれは口には出さなかった。わたしは成長する生物なのだ。
 リツはそれでも、過剰にナホミに優しかった。こいつは絶対ロクな親にならない、とわたしは思う。こういう時に必要なのは、過干渉ではないだろう。
 その内に、ナホミはこんなことを言い出した。
「最近ね、タロが近くにいてくれる気がするの」
 タロというのが、ナホミが亡くしたペットであり、大事な肉親の犬畜生様である。
 電波かよ。
 ナホミあなた疲れてるのよ、とわたしは休養を勧めたくなったが、リツが「そうだよ、ずっと見守ってくれてるんだよ」などと盛り上がっているので、言えなかった。まあ、リツのその言葉がなかったとしても、言わなかったと思うが。
「タロはね、よくわたしの指をなめてたの。ペロペロ、ペロペロって」
 その感触が、時々するのだという。
 電波だよ。
 ナホミあなた疲れてるのよ、とわたしはやっぱり休養を勧めるべきなのだろうが、リツが「そうだね、きっとタロだよ」と感極まっているので、やっぱり引っ込めてしまった。
 ナホミが「四限あるから」と去った後、わたしは赤い目をしてるリツに言った。
「ナホミまだ精神的に悪そうだね」
「どうして? 元気になったじゃん」
 もう嫌だよこいつら。
「犬が舐めてる感覚がするって、それ……」
「犬じゃなくてタロだよ」
 謝って、と言われて、しょうがなく「ごめん」と言って言い直す羽目になる。
「タロが舐めてる感覚がするって、それちょっとヤバくない?」
「どこが? タロが見守ってくれてるんだよ」
 ホント嫌だよこいつら。
「どっかおかしくなってると思う」
「どっかおかしいのはカナだよ。何でナホミが前向きになってるのに、そんな風なこと言うの!」
 ええー、とわたしは頬を紅くするリツから二、三歩後ずさった。
「乗り越えるために必要なんだよ! あんたみたいな、人の痛みが想像できないサイコパスには分からないかもしれないけどさあ!」
 そこまで言うことないじゃん、とわたしは思う。
 確かに、わたしにはナホミの心の痛みは想像もつかないが、別に葬式で会った人に会いたいがためにもう一人殺したり、追いかけた相手が逃げ込んだマンションの回数を数えたりはしない。
「ナホミのこと、もっと労わってやってよ。冷たいよ、カナ」
「サイコパスなりに努力してみるわ」
 この皮肉を言うのでわたしは精いっぱいだった。もっとも、リツは「サイコパス的な努力はしないでよ」と釘を刺してきたが。

 それからは、わたし達は三人組というよりも、リツとナホミのコンビにわたしがくっついているような関係になった。まあ、元々わたしとナホミはそこまで繋がりがあったわけでもないし、遅かれ早かれそうなる運命だったのだと思う。
 ただ、ナホミの電波っぷりはますます加速していた。
「ペロペロはね、指だけじゃなくて、ほっぺにもしてくれるの。それに最近はね、タロのにおいがするの。臭いんだけど、懐かしいにおい……」
 同時に、リツも電波に飲まれ始めていた。
「わたしも、指をなめてくれるみたいな感覚があって……あ! 何だか今そんな感じのにおいがしてる!」
 大丈夫か、こいつら。
 わたしはそれを冷めた目で見つめていた。
 サイコパスなどと断定されてしまってから、リツはわたしに同意を求めることが少なくなった。ナホミなどは、三人でいてもリツにしか話しかけない。
 そのことはわかっている。わかっているんだけれど、わたしは二人から離れることもできなかったし、その態度についてとやかく言う気も沸かなかった。
 その内に、わたしも何だか電波に飲まれ始めてきたようだった。
 そう、においがしてくるようになったのだ。
 ナホミのように懐かしい気持ちなどにはならない、何というか膿が腐ったみたいなにおい。
 これが本当にナホミの飼っていた犬ならば、その「お犬様」はゾンビになって化けて出てきたんじゃない? と言いたくなるようなにおいだった。
 実際言ってみたら、ナホミは泣いたし、リツは怒った。
 やっぱり「サイコパス」だとなじられ、わたしはナホミに舌の間辺りから謝罪した。まあつまりは、口から出まかせということだ。
 そんなこともあったものだから、ちょっと疎遠になっていたのだ。
 あのことが、起こった時には。

 二人はわたしに内緒で、というかわたしをグループからほぼ追い出して、何かをしようとしていたらしい。というのも、大学の空いている教室に二人きりでいるところをよく目撃されていた。
 リツとナホミはデキている、なんて話も同じ学部の学生から聞いたことがあるほどだ。
 まあどっちにしたっていいよ、わたしとはもう関係のない人になりつつあるから。
 そう思っていた、ある日のことだった。
 その日は、わたしは五限がある曜日だった。一限から三限まで講義を受けて、四限は空きで五限に講義という感じだ。これは一緒に時間割を組んだ、リツとナホミも同じだった。
 これまでは、三人で駄弁ったりもしていたが、この時は既に避けられる時期に入っていたので、わたしは一人だった。
 そんな折に見かけたのだ、リツとナホミが二人きりで講義の行われていない空き教室へ入っていくのを。
 手なんて繋いじゃって。わたしはつい、それを追いかけてしまった。
 教室のドアについた窓からのぞくと、二人は机の上に座って何やらしゃべっているようだった。
「……タロが……これを……で、その……」
「……戻る、そう……時間を……」
「本当に? でき……でも、ううん……」
「中国の……せん……だから、うん。きっと……」
 途切れ途切れに聞こえるが、どうやらあの死んだ犬の話のようだった。中国とか聞こえたが、多分第二外国語の話だろう。
 その内に、ぷうんと嫌なにおいが漂ってきた。
 嗅ぎ覚えがある。アレだ、あのゾンビ犬のにおいだ。
 それもあの時嗅いだものよりも、格段に強いにおいだ。わたしはハンカチを取り出して、火災の避難訓練よろしく、鼻と口を覆った。それでもかなりきついにおいがしている。
 においの出所は、わたしは少し大胆に窓を覗き込んだ――この教室の中だ。
 本当に、ナホミの犬がゾンビに? いやいや、そんなことはありえな……!
 その時だった。
 空き教室の奥、窓際の角から何か大きなものが飛び出したのは。
 それは半液状の体を飛び散らせながら、リツとナホミに飛びかかった。無数の牙が生えた大きな口を開けて、体を寄せ合い硬直したようになった二人をくわえ込んだ。
 絶望的な音が響いた。
 わたしは恐ろしくなって目を背けていた。気絶しなかったのが不思議なくらいだ。ハンカチで鼻と口を押さえたまま、ドアの陰に隠れて震えていた。
 どれくらい時間が経っただろう。
 恐る恐るわたしは、空き教室のドアを開けた。
 しかし、そこには誰もいなかった。
 ただ、何かよく分からない吐しゃ物か膿のような、得も言われぬにおいの液体だけが残されているばかりだった。
 わたしはただ恐ろしくて、その場から逃げ出した。

 結局それから、わたしはリツとナホミのことを大学で見ていない。
 二人がどうなったのかは知らないし、行方不明者として捜索されているのかも知らない。
 そして、あの巨大な怪物が何であったのかもわからないままだ。
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