お題:ラストは誰か 必須要素:首相 制限時間:1時間 読者:84 人 文字数:3902字 評価:0人

戦いたくない英雄
「戦場に……女、だと?」

 これだから、戦いなんて嫌いだ。戦う事が嫌いだという事実と戦う事はまた別の事で、それは痛いのが嫌だと同じような理屈でもって僕に戦う事を強いるのだ。痛いのは勿論嫌だ。だが死ぬのはもっと嫌だ。死ななくて済むのであればどんな痛みでも受け入れる覚悟だ。だから戦うのだ。理由はそれだけでいい。そのはずだったが、戦い続ける以上は戦はなければならない。逃げれば死ぬ。この剣を捨ててしまえば戦いは終わる。僕の中では終わる。そして僕自身も終わる。戦いの果てに待つものが何であれ、戦い続けた結果にまだ辿り着いていない。今やめればこれまでを否定することになる。逃げたら終わりだ。それは死ぬという事だ。死なないとしても、今は助かったとしても、逃げたというその事実だけは僕の背中を一生追いかけ付き纏ってくるだろう。それはこの国では死ぬのと変わらない。死ぬより苦しい。居場所なんてどこにもなくなる。だから、もはや戦い続けるしかない。どうあれ、こうして戦う事で僕は何も失うことなどないのだし、敵は僕らの平和を奪うためにやってきているのだ。ここに幸せを求めてやってきている。故国に残してきた家族のため。僕はそんなことは考慮しない。今もまた、射かけられた矢を払いのける刹那、ここまで共に戦ってきた友の首を矢が貫くのを見た。

「ああ、痛そうだなぁ」
「これしき、何のことはない、まだ戦えるさ、はははは、お前も気をつけろよ!」
「そりゃそうだ」

 ただ首に矢が刺さっただけだ。さぞ痛かろう。死なないとはいえ、いずれ死ぬだろう。あの矢が抜けたら死ぬんだろうか。気付けば奴はさらに戦場の奥へ、奥へ、剣を敵の血で染めながら、屍を踏み締めて力強く行軍する。一人で。ああ、痛そうだなあ。もしかしたら死なないで済むかもしれない。とにかく生き残って陣地まで戻れば、死なないで済むかもしれない。そのためには生きて帰らなければならない。だから死ぬわけにはいかない。生きている以上は生きているのだし、戦わなければ死ぬのだから、矢が刺さってても戦わなければならない。僕は戦場を突き進む友の背中を眺めながら、さてこのまま彼を追いかけていこうか、それともここに釘付けにされている以上、目の前の敵に集中すべきか、考えあぐねている。

「貴様、ずいぶんと良い度胸をしているじゃないか。さっき私を見て女かと言ったな。それがどうした、これから貴様は私に殺されるのだ。他の者たちも、皆まとめて、片付けてやる」
「――そう、確かに、僕はさっき君を見て女だと、と思った。それは成り行き上仕方がなかったんだよ。まさか女がいるとは思わない。無礼だったのなら、まあ、謝っておこうか」
「必要ない。これからお前は私に殺されるんだからな」
「同じことを言うなよ。それにしても――やあ、まったく君のところの弓兵はしつけがなっとらんのじゃないかな。好きじゃないんだ、こういうのを見るのは」
「我々の部隊の弓兵はしつけが良い方だ。なぜなら自分で手柄を立てようなどとは思い上がっていない。適度に敵の戦意を削ぎ着実に戦力を削り敵陣を抉る、自らの役目に恥じない見事な働きだ。そして賢い。どうやら貴様には弓は当たりそうもない、どいつも的を変えたようだ」
「みんな良く我慢できると思うよ。さっきのアレ見たろ、首に矢が刺さってるのにまだ戦っているんだ。まあ、僕らには帰る場所があるし、その場所を守るために君たち侵略者と戦っているって言う大事な自負もあるわけだから、戦って死んでもそれは負けじゃないんだ、自ら負う責務に殉ずる事で天寿を全うする。道は続いていく。彼らの流したちが僕らの未来になる」
「長話はそこまでにしておきな、貴様に未来などない、なぜなら私に殺されるのだからな」
「皆が頑張っているのを尻目にこんなことをいうのもなんだけれど、僕は戦うのが嫌いなんだ。……その次に嫌いなのが、痛いこと。で、その次に嫌いなのが――」
「ぶつくさと喧しいんだよ、この唐変木野郎ッ!」
「…………自分の事を強いと思いこんじゃっている人」
「なっ」
「君さ、何で僕みたいなのが生き残っているのかって考えたりしたのかな。もう一つ嫌いな事があって、それは出来もしないことを何度も言うやつだよ。ついでに、偉そうな女もとっても嫌いだ。だから、君にも、もし考える頭ってのがくっついてるんだとしたら、自分と目の前の相手の力量くらい見てわかるようにならなきゃ。僕だってね、戦うのは嫌いだし、痛いのもいやだけど、何より死にたくないから、もし矢が腕に刺さろうが、足に刺さろうが、戦うのをやめたりはしないと思うんだ。君も見ているように、僕らは死ぬまでは戦わなければならないから」
「バカみたいに喋ってんじゃないぞ、たかが一閃交えた位で、御大層ぶって!」

 と言うのが、彼女の最後の言葉になった。あんまり喚かれてもしんどいんだ。と言うか、いろいろと喚いてはいたんだけれど、何を言っているかもよく分からなかったから、きっとご自慢の弓兵さんたちの援護射撃か終ぞ何の沙汰も無くなっている事にも気付いていなかったのかもしれない。みじめなほどじゃないか。ちょうど僕の友たちがされていたように、まず右腕を削ぎ落した。彼女の利き腕は左らしい。剣はそちらで握っていた。なおも抵抗を続けるようなので、鬱陶しい左腕も斬り落とした。本当に僕を殺すつもりでいたのなら、まだ歯向かってこなければそれは嘘だったという事になる。それじゃあ何の信念もない。そんなんだから故郷に帰る道も無かろう。と僕は思うのだった。さぞ痛かろう、しかし両腕奪われてしっかりと立っていられるのだから、まだ抵抗の意志ありと言う所、憎しみと恐怖と嘲りと侮蔑の視線が僕の胸に突き刺さる。嫌だなあ。
 僕は今、心が痛んだよ。何でこんな思いをしなければいけないのだろう。さっさと殺せばよかった。痛む心をどうやって癒せばいいのか。温泉にでも入ったらいいだろうか。

「敵部隊完全に沈黙だ! 我々の勝利だ!」

 ずいぶん遠くから戦勝の叫びが響いてくる。よくもまあ声を張り上げられるものだ。首に矢が刺さったままで。たぶんまだ刺さっているんだろうな。だって抜いたら死ぬかもしれないし。という事は彼は生き残ったわけだ。撤退を始めていた敵部隊もその殿もきっちり片付け終わっているらしい。という事は周りで生き残っている所の敵は、彼女一人と言うわけだ。
 最後の一人。飽きもせず、懲りもせずにやってくる侵略者ども。戦う力を持っている僕たちはともかく、彼らは僕らと同じ平民を殺して、ここまでやって来ているのだ。僕らの生活を支えてくれる農民たち。そんな彼らを殺すためにやって来ている彼らを、僕らが殺さなければ誰もこの国を守れない。他でもない僕らがやらなければ、戦いは終わらない。いい加減諦めてくれればいいのに、敵国の首相はどうしてこう無益な戦いを望むのか。彼らにとっての勝利とは何なのか。僕らを残らず滅ぼすことなのだろうか。先祖伝来のこの土地を、国を、人々を、守るために戦わなければならないのはどうしてなんだろう。どうして僕がやらなければならないのだろう。

「も…………やめ…………」

 目の前で頽れ真っ赤な目を泣き腫らして、戦士の慟哭が空しく響く。

「おい、どうしたジェドフレーメン。そいつトドメくれてやんねえのか」
「ああ、今更ながらどうしたものかと思ってね。腹立たしい事に、こいつら腕を斬った位じゃあ死なないからさ。そりゃ殺してやろうかとも思ったけれど、こういうもんを殺したところでどうにもなるもんじゃない。だって君らのおかげで今日も僕らは勝ったんだろう」
「ああ、俺たちの勝ちだ。だが南方は向こうさんの方が上手らしいぞ。こっち劣勢を強いられているらしい。救援の要請が来たところでな。とまれ我々が今から向かったところでどうなるか、という気もするがな」
「鳥はいいよな、空が飛べて」
「何だ急に。ほら、早く伝令を返さないと」
「もちろん、救援には向かう。次の戦場は決まった。そうだ、それでいい、大至急救援に向かう――これで、彼らは僕らが来るまでは戦い続ける希望が持てるわけだ。それでいいんだ。問題は戦い続けることだ」
「ああ、俺も同じ考えさ相棒。しかし、この首の矢はどうにかならんもんかな」
「とりあえず両端は斬って短くしたらいいんじゃないか。寝る時どうするんだそれ」
「それも問題だな。しかしこのまま全速力でも明日の昼にでもならなきゃ向こうまでは辿り着けないな」
「それは睡眠を入れた場合の話だろう。寝ないで良いんじゃないか、そうすれば明日の朝には向こうにつけるし、そのあとで交代で睡眠を取ればいい。我々が現着するのが先決なんだ。辛いかもしれないけれどみなにもそう伝えてくれ」
「了解した、ああ、期待してくれていいぜ、夜通し早駆けでさっさと連中安心させてやらなきゃならんものな」
「任せたよ」

 こっちの話は済んだ。後はこっちの始末をつけなければならない。

「まったく、本当に見ていて嫌になるよ、君たちって」
「う、うぅ…………くそやろぉ……」
「君のその信念――執念と言い換えるべきか――は、僕も認めるにやぶさかではない。死に怯えるどころか、その闘志は僕の心を充分痛め付け脅かしてくれている。本当に困ったね、もう血が止まっているじゃないか。本当に、こういう身体だから思い上がっちゃうんだよな。僕もそんな体に生まれれば、滅多なことにおびえたりしなくていいんだけど。ねえ誰か」
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