お題:ラストは誰か 必須要素:首相 制限時間:1時間 読者:113 人 文字数:2577字 評価:0人

実験
柄にもなく遺書なんて残してみた。ただ、その遺書というものの書き方がわからなかったので、
「本日はお日柄もよく」
なんて言葉で始まる長文を書いてしまった。便せんにして四枚くらい。しかしここに来てみて、実際に自殺するのだと思って、そしたら不意に、
「ネットで調べたらそういうのも出てくるんじゃない?遺書のテンプレみたいの」
って思いついて、
「ああ、書き直そうか」
とは思ったが、結局面倒なのでやめた。樹海まで来ておいて自殺しないというのも無粋だと思った。とにかく自殺しよう。そうしよう。遺書もまあこれでいいじゃないか。ほどほどのところでとどめておくのが分別ある大人である。こだわり続けても、結局納得するものができるという確証があるわけではない。それに遺書にこだわり、それでみずからの死期をいたずらに伸ばすなど本末転倒である。今あるもので何とかするのが基本である。無いものはない。できることも限られている。完全な、完璧な自殺を求めているわけではない。

死ぬと決断したのなら、死ななくては。

そのような思いで、樹海に足を踏み入れた。改めて死ぬと決断すると、心が軽くなった。紐の切れた凧のようにどこまでも飛んでいけるような感覚があった。
「でもまあ、首つるんですけどね」
紐の切れた凧のような感覚なのに、結局結わっちゃうんですけどね。

「ひひひ」
笑えた。


その後、樹海を散策してなだらかな場所を見つけた。枝ぶりのいい樹木もあった。
「これはまた随分と立派なヒノキだ」
ここまで立派なヒノキだったら、もしかしたらすでに先客もいるのではないか?場所はなだらかだし、こんなに立派なヒノキだし、生きている人間よりも死んだ人間の方が圧倒的に多いのだから、この場所がべスポジだといって自殺する人間もいたのではないか?

「・・・」
しかしあたりを見回してみても、ぐるりを見回してみても、その場所は綺麗だった。誰も足を踏み入れた人がいないかのようにきれいだった。南極点じゃないのだから、そんなことはあり得ないだろうとは思う。しかし遺留品の類が落ちているわけでもないし、骨っこが転がっているわけでもない。足跡の類もない。

近くにあるのは、沼、それから足場に利用できそうな、椅子。

「椅子!」
近くまで行ってみて、形状を確認したら、やっぱりそれは椅子であった。小さめの沼のほとりに足の四本ある、椅子。椅子の材質は木、ヒノキ。

「まさか樹海に来て、椅子つかって首を吊れるなんて思わなかったなあ」
椅子で自殺するというのはつまり、住宅地、集落、人口があるところで行う首吊りであるはずだ。

まず天井のシャンデリアか何かに紐をひっかけ、首にわっかを通す、それからのっている椅子を何度か、大体セオリーだと四、五回、ぎっ、ぎっ、ってやる。学生が座っている椅子を斜めにするみたいに、
「自分、斜に構えています、そういうのがかっこいいと思っています。無頼を演じています」
と言わんばかりにしてから、椅子から足を離す。バターンって椅子は音を発する。

その時にはすでに足は蹴る場所を、踏み込む大地を失っており、宙に浮いている。少ししてバタバタしだす。しかしそれもすぐに終わる。そうして首吊り自殺は終わる。イメージの首吊りはそういうものだ。実際の足のバタバタはもっと長いのかもしれない。しかしそれも有史以来経過した時間に比べたら些末なものだ。それからあとおしっことかうんこが出てしまうという話も聞くが、それだって本当なのかどうかはわからない。どっちでもいいじゃないかそんなの。そもそも死んだらみんなそうなんじゃないかと思う。死んだらいろいろと出るんだろう。おしっこも出ればうんこもでる。よだれや涙、あと鼻水だって出るかもしれない。出るのだ。いろいろと出るのだろう。

でも本音が出るわけではない。本音が出たらいいのにと思う。本音が出てくれたら遺書なんて残さないで、ボイスレコーダーを置いておくのに。

「おっと・・・」
そうこうしているうちに、日が暮れかけていた。樹海の日暮れは早い。

日が暮れて、夜になって、心細くなって、今日はいいか、明日にしようなんて事になったら面倒である。人間の決意は崩れやすい。環境の変化によって、たやすく変わりやすい。天気なんて目じゃない。山頂の天気くらい変わりやすい。

椅子を木の根元まで運ぶ、それに乗って枝に紐を通す。ほどけない様にちゃんと確認する。指差呼称する。わっかに首を通す。心の中でさんにいいちと唱える。そのさんにいいちに合わせて足で椅子をぎっ、ぎっ、ぎっ、とする。

そして、

ばしゃあ。

音がした。水の音だった。

目の前の小さい、汚らしい沼を見ると、そこから何か出ていた。黒い、ウエットスーツ、人、

「ばああ!」
そのウエットスーツの人がマスクを脱いで、そう叫んだ。

しばし、動けずに見ていた。椅子の足はすでに片面二本が浮いており、今、すぐ倒れる。すぐにでも首が吊れる。サーカスのような状態。バランス感覚に自信があったわけでも何でもない、でも今これはサーカスのような状態だろう。

そんな状態でしばしウエットスーツの人を見ていた。マスクをとったその人は、

「本日はお日柄もよく」
なんて挨拶をした。書いた遺書とかぶるじゃないか。そう思った。そういえば、遺書はどこにやったのだったか?どうするつもりだったのか、足元に置いておくつもりだったのか、あるいは衣類にしまっておくつもりだったのか、今どこにあったか?どこにやったんだっけ?

「ふっ!」
考え事に思考を巡らせていると、声が聞こえた。ウエットスーツの人を見ると、手に棒みたいのを持っていた。よくみると筒だった。吹き矢かな?なんとなくそう思った。

それからすぐなんか首元に痛みが襲ってきて、意識が遠のいた。


*

「それでですね、今実験をしてまして、これが死んだ人を体に取り込む実験なんですよ。それができたら、体の再利用ができるじゃないですか。ねえ?死んだ首相とか、織田信長とかを体に宿す実験なんですね。でもなかなかやってくれるっていう人がいなくて、あなた死ぬつもりだったし、いいですよね。大丈夫ですよね?ね?」

車に乗せられている。どこかに連れていかれている。
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