お題:ラストは誰か 必須要素:首相 制限時間:1時間 読者:96 人 文字数:2507字 評価:0人

新しく生み出す
 奪還作戦は17時にはじまった。武装集団が逃亡手段の用意と身代金の受け渡しを要求した時刻が18時だから、猶予は1時間となる。某国の主導者、といっても、文化も政治形態もまるで違う国のことだ、首相という認識でいると細かな齟齬が生まれるかもしれない。日課である公園の散歩中を襲撃し、護衛を蹴散らしてまたたく間に攫っていった彼らが反政府勢力と限らないように。
 とにかく、偉い人の無事を願う人がいて、依頼されたからには動く。内政干渉にはならないように、秘密裏に。自分たちの属する組織との利害関係とか、恩を売ったり借りを作ったりとか、上層部の意向は実際に現場にいる者たちには関係ない。それが特殊部隊というもので、表には出ずにこっそり任務を達成して、給料をもらう。
 雇われなので、いまいち愛国心には欠けている。
 だから、たとえば今さっき自爆した男が生前に大声で叫んでいた主張にも、共感はわかない。自分たちは反政府勢力ではなく、政府のあるべき姿を取り戻すための有志である、云々。そのために主導者を拉致して洗脳を行い、正しい姿に戻すのだとか。今はもう残骸となり足元に散っている彼の理想は、残念ながら他国の武力介入によって叶わぬ夢となった。
『……無事か』
「ええまあ。巻き込むつもりだったようですが、目算を誤ったんでしょう」
 常時繋いだままの無線から爆発音を聞きつけたのだろう、司令塔からの連絡が入る。顔面を覆う特殊マスクに内蔵された無線機にそう返しつつ。
 胴体に巻きつけた爆発物によって、自ら四肢を吹き飛ばしてくれたので、こちらの手間が省けた。かつては研究室であったらしい、地下に広がる迷路のような施設。経年で傷んだ白い壁に、爆発により黒い煤が放射状に描かれていた。床には人間の中身を絵の具にした、赤黒いペイント。踏み越えて、俺はその狭い通路を先に進んだ。
 はじめてのデートでもあるまいし、テロリストが待ち合わせに早くから現れる道理はない。指定された場所はここから1時間とかからない距離で、つまり時間ちょうどに着くためには、武装集団はまだ本拠地で、わくわくしながら支度しているところ。そこを急襲し、偉い人を取り戻す。
 さっきの男の主張を聞くに、組織は一枚岩でないのだろうと思う。
 理想を掲げて立ち上がった国民と、単に金がほしくて武力を提供したスポンサーがいる。解放のための身代金を要求するという意味は、そんなところだろう。
 事前に内通者から入手した情報どおりに行けば、通路の奥の部屋に主導者は捕らわれているはずだった。すぐに運び出せるようにだろう、扉は開いていた。壁に張り付いて内部を窺ってみた限り、見張りはいない。中央に、椅子に縛り付けられた男がひとり。
 妙なことだ。
 俺は警戒のために肩に入れていた力を抜き、普通に歩いて部屋に入った。
『おい、軽率な行動は……』
 遠くから隊員の動きをモニターしている司令塔がなにやら文句を言ってくるが無視。
 捕らわれた男の顔を確認する。薬物かなにかで気絶させられている。あらかじめ写真で記憶していたのと顔が違う。主導者ではない、別人だ。
 白目を剥いて、だらしなく口を開いた男の顔を両手で掴み、こね回してみる。ずいぶん弛緩していたので別人のように見えた……ではなく、皮膚を支えてきりりとした顔つきに維持してみても別人。間違いないところだろう。
『待て。では今スキャンして参照を……』
 無線機は悠長なことを言ってくるが。
 部屋の奥に扉がもうひとつあった。突入がたったひとりに任されたのは、本拠地に詰めている人数は少なく、制圧も容易だと見込まれたためだ。部屋の前の通路にひとり。部屋のなかにはおそらく二、三人はいたはずだが。
 その数人は、部屋の奥の扉を開けたところで、変わり果てた姿で発見された。奪われた武器で頭を撃ち抜かれたらしい。不意をつかれたせいで、状況を理解できないような表情のまま事切れている。
 外に出るための秘密の裏口に通じていたようだ。
 地上からの光を後光のように浴びて、階段に立っている人物がいた。
 ここまで喜びに満ちた人間の瞳を、俺はこれまで見たことがなかった。例えるなら、まったく新しい真理に目覚めた哲学者。あるいは、生まれたばかりの赤ん坊が、その内心を雄弁に目で語れるとしたなら、こんな感じだろうか。
「これから進むべき道程が、目の前に輝くしるべとなって、示されているかのようだ……」
 本人が言うには、そんな気持ちらしい。
 よくよく顔を見てみても、主導者とは似ても似つかない。小躍りしそうな調子で、スキップで階段を駆け上がっていきかけたそいつの襟首を掴んでとどめながら、考える。椅子にいたのは別人。状況的に、どうやら洗脳済みの理想の主導者的人格のこいつもまた、別人のように思える。では、捕らわれた人質はどこに行ったのか?
『参照の結果が出た。写真とは三親等くらいには近い』
 遅ればせながら、あいまい極まりない結果を告げてくる。俺の見つけた不審人物に対しての疑問も一緒に。
『そいつは誰だ?』
「悟りだか天啓だかを手に入れたようです。この国の行く末が見えているようですがね」
 世界で一番ハッピーそうな笑い声をあげつつ、襟首を掴まれたままで器用にくるくる回っている。
 考えるに……。
 俺は通路で自爆した男のことを思う。唯一、理想を謳っていた。たぶん、部屋にいたのはスポンサーのほうだろう。あの椅子にいた三親等くらい主導者に近い男はやっぱり、探していた人質だったのではないか。復元不可能なほどに顔面が弛緩してしまっただけで。
 主導者のなかに、理想的な部分が欠片もなかったとはいえない。
 で、その部分だけが、いま小躍りしている男の中に移されているとか。洗脳とは、そうした部分を集めて理想の主導者を作り上げることだったのではないか。
 だとしても、この男がじっさいは誰なのかは謎だが。
「世の中はよくなる! これからもっと!」
 嬉しげに叫んでいる。が、まあ一介の隊員には関わりないことなので聞き流す。


 
 







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