お題:ラストは誰か 必須要素:首相 制限時間:1時間 読者:47 人 文字数:3285字 評価:0人

彼らは事故をよく見た
「事故死です」

震える唇で、手術用の手袋を暖炉方面に放りながら前原が言った。

「専門の知識があるわけではありません、必要な設備もありません、けれど、私が知る範囲において、あれが殺人だと考えることはできません」

山荘の中の雰囲気が、それでわずかに緩んだ。
とはいえ、誰もまだ喋らない、誰もがまだ重々しいままの空気を拭えない。

「……どうするの、あれ」

地面を見つめたまま、明美が言った。
三角座りの、独白にちかい言葉に対し、誰も返答しない。

「……余分な寝袋はありませんか?」
「どうだろ、調べてみるよ」

苦渋に満ちた前原の質問に、俺はそう返して立ち上がる。
管理人は、ここにはいない。勝手に調べることになるだろう。

立ち上がり動く俺を、幾人かの視線が追い掛けた。
機械的な動作だろうが、どこかしら羨ましさを伴っていた。

「――」

俺は少しだけ、窓の外を見る。
吹雪がガラスを叩き、一切の白だけを情報として返した。風速はまるで弱まっていない。

「……雪山の山荘に閉じ込められるとか……」

しかも、人死にまで出るとか――
他人事ならともかく、自分で体験するとなると、まったく楽しくは無かった。


一人で旅をするのが好きだった。
誰も自分を知らない、顔を会わせる全員が初対面――その感覚が田舎暮らしをしていると新鮮で、やっと自由に呼吸できる気分になる。
知らぬ間に嵌められた枷がひとつ、音もなく緩むかのような。
たまに起きるアクシデントも、狭い範囲で暮らしていては、決して味わうことのできない体験で、いくら周囲の人間が止めようとも、この趣味を止めるつもりは無かった。

この雪山に来たのも、だから登山目的というよりも寄り道のようなものだった。
山を目指さず、一泊だけして下山しようか。

『事故』が起きたのは、そんなときだった。

吹雪の起きる前、まだ雲の動きが早くなろうかというとき、星空を見るため山本が外へと出かけた。
防寒具を着込んではいたが、少しでも暖を取るためか、小屋を背にしながら夜空を見上げる。
彼が最後に見た星座がなにかは知らない、だが、鋭利な氷の切っ先を見たことは間違いない。
凶器と化した氷の塊、つららがその目から脳髄へと突き刺さり、その命を奪った。
その様子を、彼の連れである前原は、目撃した。
ホラー映画に出てくるヒロインのような甲高い叫び声が、彼の口から発せられた。そうして俺たちも、事故が起きたことを知ったのだ。


「なんなんだろうな」
「……ようやく話しかけた……」

体育座りのままの明美が、非難の色も無く言った。
相当参っている。

「ひょっとしたら、良く似た別人かとも期待した」
「そんなわけがない……」
「だよな」

小さいコミュニティに、緊密な関係が構築された場所だった。友人ではないものはいても、知らない人間はいなかった。

俺と同じような趣味を持つ明美とは、旅先でごくたまに出会うことがある。
そういうときは、たいていの場合は礼儀正しい無視をお互いに決め込む、いない人間として扱うのが旅先での暗黙のルールだったが、さすがにこれは例外だろう。

とはいえ、それきり話題も無くなり、微妙な沈黙が生じる。
大半の人間が、そうだった。誰も喋れず、言葉を口にできないでいる。

音源といえば二つ、ひとつは妙に一定の抑揚で流れるテレビのニュース、首相がどうだこうだと言っているが、内容に興味がなさすぎて左から右へと音が流れる。
もう一つは、スマホに向かって何かを喋りかけている田野口だ。

「あれ、なにやってんだ?」

明美は少しだけ顔を上げ。

「たぶん、生放送」
「……動画サイトの?」
「おそらくね。知りたければ、訊いてみれば?」
「見知らぬ人間に対して、俺の顔を晒すつもりはないな」

近づけば必然的に生放送参加になりそうだった。
田野口はところどころドモリながらも、事態を矢継ぎ早に説明していた。冷蔵庫から取り出した缶を片手に力説している。
良く電波が届くなと思ったが、考えてみればテレビが映っている。何らかの手段で通信が通っているのだろう。

情報が遮断されていない山荘って、もう密室とかじゃないよなぁ――

「外から助けが来ない、外へ脱出することができない、ここに篭っているしかないのは、変わらないでしょ?」

どうやら口に出していたらしかった。
俺は決まりが悪くなり、誤魔化すように後頭部を掻いた。

ピイピイ――と甲高い音がしたのは、そんな時だ。どうやら、田野口のスマホの充電が切れているらしい。やたらと煩い設定にしているなと非難の目を向ける先で、やはり立て板に水のように状況を説明し、「死体とか見せれるわけないだろバカかよ、っていうかマジだから嘘じゃないから明日新聞に乗るから、そういう野暮なこと言ってるのはさぁ、そりゃ信じらんないからだろうけど――」と視聴者らしき相手とやりとりをし、充電器を片手にコンセントへと向かい――

「……あ?」

その体が、痙攣した。
一秒か二秒、俺は茫然とした。その茫然とする間は、あまりに致命的だった。
田野口が、糸の切れた人形のように、崩れ落ちた。身を守る素振りの一切ない、危険な倒れ方だった。
焦げ臭い、厭なニオイが発生した。コンセントからは、断続的なバチィという音が発生し、缶がコロコロと転がり中身を床へとぶちまけた。

「感電……?」

明美の呆然とした言葉が、一人減った山荘の中で、やけに響いた。



事故が続いた。事故死は起き続けた。
山荘内の、予備の寝袋は本来とは違う使用方法をされ続けた。
もうすべて使い果たしてしまった。
それだけの数の――事故、アクシデント、不幸な偶然――

目の前で目撃したのだ、それが本当だと俺は知っている。だが、

「本当にか、本当にそうなのか?」

何かの意図があるんじゃないか。誰かしら犯人がいるんじゃないか。いや、そうであって欲しい。

「――」

明美は、俺の二の腕を握ったまま、もう返事もしない。
無理も無かった。

――この吹雪が止めば、あるいは朝日が昇り、捜索隊と警察が来てくれれば、きっと大丈夫です――

青い顔で、明らかに自身でも信じ切れていない顔で、無理に笑いながら言った前原は、物言わぬモノとなって、今はもう倒れている。
その姿を覆ってやるシーツも寝袋も無かった。

俺たちは身を寄せ合って、可能な限り縮こまっていた。
何もかもが凶器と成り得た。何もかもがコッチの命を奪う可能性のあるものだった。
殺人犯がいた方がまだマシだと思えた。
少なくとも、その人間をどうにかすれば事態は収まる。
だが、これは、原因がない。
呪いを相手にしているかのように、捉えどころというものがなかった。

「ねえ……」
「なんだ」
「偶然、なのかな」

当たり前だろ、悔しいけどな――
そう言おうとした口が止まった。

明美を見る、そこに、ある種の共犯者を見つけたような救いがあった。

「……旅先で、いろんなアクシデントを、見たことは無い?」
「――」
「たまたまなんだな、って私、思ってた。狭い所から出たら、思っても見ないことが起きるんだって」
「――」
「本当に、そうだったのかな……?」

人が死ぬ様子を見たことは無い。これが初めてだ。
だが、色々な出来事が起きるのを、確かに俺は見た。

狭い中では、決して見ることのできないアクシデント。
だが、あれは、彼らにとってもそうであるはずで、滅多に起きないことで――

「なんで皆、毎回出るのを、旅するのを止めるんだろうって、思ってたんだ」

俺が暮らしていた、明美が暮らしていたあの場所、なんの変哲もない。
だが、それは、本当に?

「ねえ――」

ほとんど泣きそうな顔で、彼女は言う。

「私とあなた、どっちが、より事故を起こしやすいのかな?」

俺は――
俺は生き残りたいのかどうかも、よくわからなくなっていた。
もし、生き残ったら、俺が犯人だった。



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