お題:ぐふふ、平和 必須要素:1500字以上2000字以内 制限時間:1時間 読者:22 人 文字数:2000字 評価:0人

兵隊さん
 丘の下を兵隊さんが行進していった。男なのにスカートを履いて、へんてこな帽子をかぶり、長銃を肩に担いでいる。音楽隊のかき鳴らす楽器の音に合わせて、一糸乱れぬ動きで進んでいく。遠目から見るとおもちゃのようだ。
「今日も平和だ」
 私はベランダから洗濯物を取り込み終え、行進していく平和維持軍を見送った。緑の多い、ひろびろとした丘。数少ない住居もそれぞれ立派な庭つき一戸建て。裕福さの象徴。そんななかを、楽しい曲が遠ざかっていく。あと一時間もすればまた聞けるので、惜しむ者は誰もいない。

 旦那が家の一階を呑み屋に改造すると言い出したときは、不公平を感じたものだ。私がおしゃれな雑貨屋や、甘味を出す喫茶店にしようと提案したら、どうせ続かないと却下したくせに。
「その気になれば飲食店だって開けるスペースが余ってるんだから、もったいないじゃない?」
「だめだめ。素人が安易に挑戦したってうまくいかないのが、その手の自営業なんだから」
 とか言ってたくせに。
 行動は早かった。その日のうちにリフォーム業者を呼んでキッチンを大がかりな調理用に広くすると、内装デザインを知人に頼み、食材の仲卸業者に連絡した。駅前の掲示板にバイト募集の張り紙まで用意した。どう考えても趣味の範囲ではなく、本気だ。
 はじめての呑み屋経営のために、本を読んだり、経験者に話を聞いたり、いろいろ勉強しているようだ。
 私にここまでの熱意と覚悟があったかと聞かれれば、それはないので、ぐうの音も出ないけど。家事のかたわらかわいい雑貨を集めたり、近所の友達とスイーツを手作りしてみたかっただけだけど。
 納得いかない気分はある。
「家がパステルカラーで洋風なのに、生魚が壁から下がってる店はどうなのかな?」
「裏手を入り口にするから大丈夫」
 そもそも私は居酒屋というものが嫌いだった。強いお酒は呑まないし、魚の臭いも好きじゃない。刺し身が苦手なので、食卓に並ぶときにはたいてい焼いてある。それともいままで言わなかっただけで、旦那はそういうのが不満だったのだろうか。
 結局相談もなしに、ふたりで住む家を呑み屋にされたようなものだ。着々と進んでいく工事と準備に、今更止められるはずもなく、私は指を咥えて見ているしかない。

「あんまりじゃない? どう思う、兵隊さん」
 私は行きつけのバーで隣り合った兵隊さんに聞いてみた。お酒は好きじゃないけど、甘いカクテルは好き。グラスに入った見た目がかわいければ、味はあまり気にならなくなる。外見というのは大事だ。
「ぐふふ…ぐふふ…」
 兵隊さんはしたたかに酔っていて、カウンターに突っ伏している。呻いているのかと思いきや、笑っているようだ。長い帽子もへんにょり曲がっていて、豊かな髪の毛が下から覗いている。
「そうだよね、兵隊さんも旦那が悪いと思うよね」
「ぐふふ…」
「ありがとう、慰め上手だね」
 ぐふふ、と兵隊さんは口から泡を吹く。やはり呻いているのだろうか?
 ぬいぐるみに話しかけて自問自答しているみたいで楽しくて、つい夢中になっていたが、救急車を呼んだほうがいいかもしれない。
「兵隊さん、大丈夫? そんなに呑んで、なにかあったの」
「奥さん…なにもないよ。ぼくは幸せに満たされているのさ」
「ならよかった」
「見たかい、このたっぷりの頭髪を。帽子をかぶっていても薄くならないなんて、いい時代になったものだよなあ…」
 嬉しくてつい呑みすぎたようだ。私も嬉しくなって、もう一杯頼んで乾杯した。
「今日は呑みましょう」
「ああ、素敵な夜だよ。もう頭髪のことで悩まなくてもいい。奥さんの悩みも、翌朝には解決しているさ」
 バーにはいつまでも、楽しい笑い声が響いた。

 その晩、兵隊さんは丘の上に集まっていた。おもちゃのような格好をして、おもちゃのように整列する。みんなの願いを叶える、平和のために働く兵隊さんは、そろって勇ましい顔つきをしていた。
 丘の上には、このあたりにあるほかの住居と同じように、裕福そうなパステルカラーの家があった。
「突撃ー!」
 隊長の合図とともに、音楽隊が演奏をはじめた。

 朝になると、私たちの家は木っ端微塵に破壊されていた。寝間着姿の旦那と私のいる寝室だけが野原に残される。旦那は工事が白紙に戻ってしょんぼりしていた。
「新しい家はあちらにご用意してあります」
 整列した兵隊さんから隊長が進み出て、隣の丘を指差した。壊された家の二倍も大きい立派な家がそこにある。二世帯くらい住めそうで、玄関もふたつ。夢の二個目のマイホームだ。
 好きな店をそれぞれの入口で開くといい、と隊長は紳士的に敬礼して去っていった。私は旦那と抱きしめあい、お互いの幸せを喜びあった。
「豊かな物資、親切な人々! 私たちはなんて平和な時代に生まれたんだろう!」





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