お題:当たり前の唇 必須要素:復讐劇 制限時間:1時間 読者:38 人 文字数:3809字

屋上から見える景色+1

 屋上から見える空と雲、そして風が好きだった。

 教室でご飯を食べた後は、屋上に向かう。屋上には鍵が掛かっているけれど、私はこっそり合鍵を作って持っている。昔、この学校で教師をしていたお姉ちゃんから譲ったものだ。
 そして屋上の一番高いところに登って、一枚だけ写真を撮る。町と空が写っている写真。
 特にこれといった理由もないけれど、それが私の日課になっていた。強いて理由を挙げるとすれば、空が好きだからかもしれない。あとは風。だけどそれを写真で撮れるほどのテクニックはないから、想像でいつも補っている。この趣味を初めて一年くらいが経つけれど、最近になってようやく空の具合で風の様子が想像できるようになっていた。
 昼休みの残った時間は、ぼーっと空を眺めて過ごす。雲の形から色々なものを連想している内に、チャイムが鳴るのはいつものことだ。そんな風に一人でいる時間が多いから、自然と友達を作る機会も失ってしまった。でも不満はなかった。私は、空を見ている時間の方が好きなのだ。
 ある日、いつものように屋上に行くと、鍵が既に開かれていたので、私はちょっとだけ驚いた。業者の人が、屋上にある何かの設備を点検しているのか、それとも教師が見回りでもしているのか。
 考えても答えが出なかったので、私は中の様子をこっそり覗くことにした。すると、屋上のフェンスにしがみついて、町を見下ろしている男の子がいた。とりあえず大丈夫そうだったので、私はこそこそといつも通り一番高いところに登って、写真を撮った。別に隠れる必要はなかったけれど、知りあいでもなさそうだったので、話すことも特になかった。
 それから三日くらい、ずっと男の子は私よりも先に屋上にいて、フェンスから町を見下ろしていた。私はちょっとだけ、彼のことが気になっていた。鍵が掛かっているはずなのにどうやって入ったんだろう、というのもあるんだけど、何より私だけの秘密の場所を取られたみたいで嫌だった。
 それから更に一週間くらいが経って、梅雨の時期に差し掛かった。月曜日からじめじめとして、しとしとと鬱陶しい雨が降っていた。そんな日でも、私は屋上に行かずにはいられない。傘とカメラを持って屋上へ続く扉に手を掛けると、案の定開いていた。
 まさか、と思ってみると、いつもの通り男の子はいた。傘を差して、開いている方の手でフェンスを掴んでいる。
 流石に、私は好奇心を抑えきれなくなっていた。背後から「あの」と男の子に話しかけた。
「いつもここで、何をしているんですか?」
一瞬だけ男の子はこちらを振り返ったが、またすぐに視線を戻してしまった。感じ悪いなぁ、と思いつつ、そんな態度をされた以上、こっちから引っ込むのは何か負けたみたいで嫌だ。
 私は男の子の隣に並んで、一人分くらい離れたところから横顔を覗き込む。意外と整っているのに、人として必要なパーツを何個か抜き取られてしまったような、そんな物足りなさがあった。
 彼の視線を追うと、どうやら空や風ではなくて、街を見ているようだった。
「街を見ているんですか? ここから見下ろす街はいいですよね。綺麗です」
「ここから街を眺めていると」
 男の子が言った。同年代とは思えないほど、ずっしりとした重みのある声だったので、私は気圧されそうになってしまった。
「自分の住んでいる場所がちっぽけなんだって思えるんだ」
「はぁ……」
 と私はいった。確かに、そんな風に思う時はある。だけど、そんなに思いつめて考える様なことではなかった。私にとってみれば街は別に大切な要素ではなくて、空と風と一緒に映っている街が重要なのだった。
「お前こそいつも屋上に来てるけど、何をしてるんだ」
 お前呼ばわりがちょっと勘に触ったけど、いちいち反応するのも馬鹿馬鹿しいので「空の写真を撮っているだ。綺麗なんだよ」といった。
「毎日毎日、同じところの写真を撮ってて飽きないのか?」
「飽きないよ。空や雲は毎日違うからね。それに、風の様子もあるから、同じ空は二つとしてないんだよ」
「……そういうものなのかな」
「そういうものなのだよ」
 と私がいうと、彼は困ったような顔で考え込んでしまった。どうやら彼は、深く考えすぎてしまうタイプのようだ。疲れそうな生き方をしているなぁ、と私は思った。



 彼は雨の日を好んで屋上に現れるようだった。その理由を聞くと、「雨の日が好きだから」といった。確かに、彼には雨が似合った。陰気だし、物事をうじうじと考えこみすぎる。
 その一方で、思慮深い一面もあるのだということが、段々と一緒に居るうちに分かってきた。私が屋上に現れると、紙パックのジュースを投げて寄越したり、私が撮る写真のどういうところがいいか、みたいなことを自分の言葉で表現しようと必死で考えたりしていた。
 ほどなくして、私は屋上で過ごす時間を楽しみに思うようになっていた。それまではただの習慣だったから深く考えることはなかったけれど。
 家に帰って屋上で撮った写真を整理している時に、空や雲と一緒に、彼が一緒に映っている写真が明らかに増えるようになっていた。



 ある日、私は風邪を引いて学校を休んでしまった。その時に一番に思ったのが勉強のことではなく「ああ、写真……」だったから、私は模範的な生徒とはかけ離れていた。
 我慢できなくて、自宅のベッドから窓の様子を飽きるまで眺めた。結構な雨が降っている。風も強い。雲は……恐ろしいくらい深い黒を湛えてゴロゴロと音を鳴らしている。今にも雷が降ってきそうで、私はびくびくしていた。雷は、いくつになっても怖いのだ。
 ふと、彼はこんな日でも屋上に上がっているのだろうかと気になった。
 だとしたら、風邪を引いていないといいけれど。
 そんなことを私が心配する義理はなかったのに、以降はずっと彼の事が頭を離れなかった。
 顔が赤いのは、熱のせいであって、それ以外の何物でもない。と、思う。多分。



 次の日、すっかり風が良くなった私は、いつものように屋上に向かった。一日ぶりに屋上の写真が撮れる、と考えると、心が軽くなった。
 男の子は今日も先に来ていて、フェンス越しに街を見下ろしていた。
「やっほー」と声を掛けると、男の子は振り返って「もう風邪は治ったのか?」と聞いてきた。あれ、なんでそのことを知っているんだろう?
「なんでも何も、同じクラスだろうが」
「あー……」
 クラスの人の名前、実はあんまり覚えてない。
 彼はそのことを悟ったのか、呆れた表情を浮かべていた。
「ぼーっとしてるというか、抜けているんだよな」
「いいじゃん別に、それが好きなんだからほっといてよ」
 こんな風に、普通の会話をしているだけでも、ちょっとドキドキするようになったのはいつからだろう。
 話が途切れるのが怖かったので、なんとなく話題を振った。
「なんでさ、いっつも街を見下ろしているの?」
「…最初はさ、ここから飛び降りてやろうと思ってたんだ」
 と、男の子はなんでもないことのように言ったので、私は心底驚いた。辛気臭いやつだとは思ったけど、まさかそんなに思いつめていたとは。
「この町にずっと俺を縛りつけやがった両親に対するささやかな復讐、っていうつもりだったんだけどな。でも、お前と話をしているうちに、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたんだ。空と雲だけ眺めて楽しそうに生きてる奴もいるのに、俺は何を深く考えているんだろう、ってな」
 褒められているのか、貶されているのかよく分からなかったけど、私のおかげで人の命が救えたという解釈でいいよね? だから私はよかったね、といった。男の子はそうだな、といった。
 その時、私はすごく安心していた。もし「やっぱり今からここから飛び降りることにするわ」なんて言い出したらどうしよう、と気が気ではなかった。
「ああ、そうだ。携帯の連絡先を教えてくれよ」
「え、いいけど。なんで?」
「いいから」
 そうして彼と連絡先を交換すると、すぐさま、彼から画像が添付されて送られてきた。
 それは、暴風と暗い雲だけが映った、どんよりとした写真だった。私にはそれがなんなのか、すぐにわかった。
「日課なんだろ、写真撮るの。代わりに撮っといてやった。…ヘタだけど」
 そういって、彼は恥ずかしそうに視線を逸らした。
 それにつられて、なんだか私も恥ずかしくなってしまった。
 嬉しかった。この趣味が、今までに誰かに認められたことはなかったけれど、今はこうして認めれくれる人がいる。同じ空を見上げながら、その空について語ることのできる人がいる。
 それは多分、私がずっと欲しかったものだった。
「ありがとう。何かお礼をしてあげよう。そうだな……私の初キッスをプレゼントだ!!」
「願い下げだ馬鹿野郎! 寄るな!」
 男の子は恥ずかしさで顔を真っ赤にしていたけれど、多分私も同じくらい、顔を真っ赤にしていた。
 いつの日か、その唇が当たり前の日が来ればいいなぁと思ったけど、それはあまりにも恥ずかしかったので私の胸にだけ閉まっておくことにした。



 この屋上から見える空と雲、そして風が好きだった。
 その風景に、もう一つ。
 好きなものが増えたという、それだけのお話。
作者にコメント

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