お題:凛とした駄作 必須要素:CD 制限時間:1時間 読者:12 人 文字数:3714字
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バカな天才と梅雨と僕
「どうだった、かな?」

タマキは爛々と目を輝かせながら僕に向けてそう尋ねた。

「あ、あぁー。えっとね…………」

答えあぐねて空を見る。相変わらずの快晴が続いていて、照る日差しに容赦はない。
いきなり夏が来たような陽気にテンションが上がるほど子供でない僕らは、クーラーという武器を「節電」の名の下に奪われたまま三十度近い気温と格闘していた。
気象庁の梅雨入り宣言も当てにならないと舌打ちが止まらない心中だ。
勝手にごきげんな青空から視線を移し、狭くやる気のない教室へ意識が戻ってくる。クラス内でただ一人楽しそうなタマキが若干浮いていた。
僕は話を逸らす意味も込めて彼女に質問を返した。

「あのさタマキ、勉強しなくていいのか?」

「……? 勉強? なんで?」

「なんで? って……。今日は中間テスト最終日だろ、みんなを見てみろよ」

僕が顎でしゃくった方向へ律儀に顔を向けるタマキ。彼女はいちいち素直な性格をしていた。野球をしていたなら持ち球はストレートのみだろうし、弓道をやらせれば全て的の真ん中を射抜くだろう。そんな女の子だ。

「みんながどうしたっていうの?」

「見てわかんねーのか。今頭上げてる人間は何人いる?」

「見当たらないね」

「それじゃうつ伏せになってため息ばっかついてるやつは?」

「数え切れないほど」

「流石にそこまでじゃねえよ。数え切れるよ、クラスメイトだろ」

すると、タマキは右前から名簿順にうつ伏せているクラスメイトの背中を指さしながら数え始めた。

「えーっと……相川さん、稲田さん、石川さん……」

「本当に数えんな! 失礼だろ! あ、ごめんね相川さん、起こしちゃった? ゆっくり寝てて、ほんとごめんね」

「なんで謝るの? もうすぐ国語のテスト始まるよ? 起きてなきゃ」

「さっきの英語のテストの難易度考えたら寝たくもなるって。もう気力の半分は持ってかれたよ」

「わぁ、我妻は半分も残ってるんだね、すごいなぁ」

「お前に言われても……」

イヤミにしか聞こえない、という言葉がそのままイヤミであることに気づき、僕は口を閉じた。
代わりに発する言葉を探していると、またも先手をタマキに取られる。

「それで、どうだった?」

「だから……それは」

「それは?」

「……まだ、読んでない」

間に入るべきだった半分しか、という言葉は伏せておく。

「えぇ! どうして!」

「……ど、どうしてもこうしてもねーよ。この世のどこにテスト期間中に自作小説読ませる奴がいるんだよ」

「ここに」

「ああ、確かにそうかもな。でもお前はノーカンだ。別の世界の人間だから」

そんなー、仲間に入れてよー、と嘆くタマキをあしらう。
こいつは本当にいつ勉強しているのだろう。いや、もしかして『タマキ七怪談』の一つが事実で、こいつは本当に勉強をしていないのではないだろうか。
そうとしか考えられない。テスト期間に五万字オーバーの小説をこしらえて送ってくるような奴には、逆に勉強なんてしていて欲しくない。

「タマキ、お前ってさ……」

天才なのか? とわけのわからない質問が声帯から発せられる前に教室のドアが開いて本当に良かったと思う。
おっとりと安藤先生が入ってくると、みんなもおっとりと眠りから目覚め、残酷なテスト期間中の世界へ意識を取り戻していく。そんなクラスの様子を横目に見ながら、僕はこれ幸いとタマキを促した。

「ほら、国語始まるぞ、学年トップ」

タマキは言葉の続きをとても気にしているようだった。僕が話すつもりはないと顔で語ると、タマキは表情を固めたまま口だけを動かして、

「……テスト終わったら、続き、聞くからね」

そう言い残して身を翻した。
なびく黒髪は肩口でふわりと舞って、タマキの聡明な頭に追従していった。
タマキの後ろ姿を見送りながら、なんて説明すればいいのか考えていた。
天才だと思ったのは本当だった。
理由は二つある。
一つはあいつがノー勉で学年トップを守っていること。
もう一つは、俺が今寝不足であること。その原因があいつであること。
そのまま伝えるのは癪で、なんだか認めたくなかった。かといって、嘘をつくようなことでもない。正直に賞賛すればいいのだろうけれど、僕は人を褒めることに慣れていない。タマキに『天才』などという冠を乗せて特別視することも嫌だった。
なにか、良い言い方はないものか。
逡巡、逡巡、逡巡。
結局答えが出るより早く問題用紙と回答用紙が回されて来て、僕の思考はそこで一旦、停止する。


※ ※ ※


それなりにかけた、という言葉が前方の男子たちから響いてきて、「それなりに書けた」なのか「それなりに賭けた」なのかを黙考していると、タマキが僕の席に近づいてきていた。
こんなくだらないことに頭を使っている暇などなかった。早くタマキに対する言い訳を考えなくては。
しかし、定期テスト明けの頭がそう上手く働くはずもない。結局言葉はまとまらないまま、タマキが少し不機嫌な表情をしながら座る僕を見下ろしていた。

「続き」

「お前、少しは国語のテストの感想を言い合うとかないわけ?」

「ないよ。国語なんてセンスじゃない。問題は関係ないし」

「うわ、すげぇむかつく」

その言葉に眉根をピクリとも動かさないまま、タマキはまた同じ言葉を吐いた。

「続き」

「分かったよ! えっと、そうだな……」

「……」

「あー、その。タマキはさ、勉強してないのか?」

「してない。学校の授業だけはちゃんと受けてる」

「そうだな、家では全くしてないんだよな?」

「してない」

そっかー。と曖昧な相槌を打ちながらタマキを見上げる。
視線は先程から全く変わらず、僕の目を貫いて脳の奥、思考を全て見通そうとしているような鋭さをはらんでいた。
それならば。もういっそ、すべて見られてもいいのかもしれない。
僕は自分の両目を指差した。

「……目が、どうかしたの?」

「なんか、気づかないか?」

「…………綺麗な、二重」

思わず顔を逸らした。
少しばかり顔が熱いのは、先程から直射を辞めない日光のせいだと思い直し、再度タマキに向き直る。
このストレートしか持っていない女の子に、もし変化球が加わったら……。恐ろしい。そう思った。

「あ、あのな。分かってると思うけど、そんなことを聞いているわけじゃない」

「うん、わかってる。クマ、でしょ」

「なんだよ、からかってたのか?」

「ううん、からかってないよ。本当のことを話してる」

知ってる。
僕は大きく息を一つ吐いて、一息に言った。

「このクマはお前のせいだ。お前の書いたあの駄作のせいだ。あまりに駄作だからどう罵ってやろうかと思って、ツッコミどころを羅列していたら朝になってた。おかげで眠くて仕方ない。どうしてくれるんだよ」

「……そ、れは、ごめん」

「とにかく、まだ最後まで読んでない。読めるわけないだろ、一晩で五万字なんて」

「それも、確かに」

「……だから、もう少し、待っててくれよ」

「……読んでくれるの? 最後まで」

「読むよ。あれ、俺が貸したCDが元ネタだろ」

「っな、なんで、分かるの?」

「そんくらい分かる。小説もそれなりに読んできてるし、なにより付き合いも長いしな」

「……天才?」

「……それ、お前がいうとイヤミでしかねえよ」

ふふっ、とタマキは柔らかく笑った。初夏の風が吹き込んで、教室に少し湿った空気が満ちた。
外に目を向ける。遠くの山の山頂に分厚いローストビーフのような黒雲がのしかかって、こちらへ雨を運んできているのが見えた。
やっとだ。思わずそう呟いた。
雨が、好きだった。
雨の日に読む本は静かに僕に寄り添ってくれる気がして、好きだった。
昼間なのに暗い部屋、起き抜けにコーヒーを淹れて自室に戻って、電気をつけて、本を開く。午前十時の静寂に雨音とコーヒーの香りが立ち込める。文字を追う。そんな季節が大好きだった。
ちょうど、積ん読がなくなっていたことに気がついて、本当に気がついたというだけで、僕はタマキに言った。

「また、CD貸してあげるから」

「え、いいの?」

「いいよ。その代わり、さ」

タマキが首を少し傾げた。
このバカな天才に、変化球を教える気はなかった。だけど、少しだけ、気が変わった。
タマキが投げる変化球が、見たくなった。

「また、小説読ませてくれよ。一番に、僕に」

サァァ、と静かに水の音が満ちる。雨だ。
至高の雨読を実現するために、そして、この天才を少しでも理解するために。
僕は、梅雨を待ち侘びていた。
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