お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:38 人 文字数:2991字 評価:1人

『悪魔を憐れむ歌』というタイトルの映画がある。デンゼル・ワシントンが出ていた。恥ずかしい話、映画の内容はほとんど記憶にない。しかし最後のところだけ覚えている。主人公は最後、自らの死と引き換えに・・・。

これ以上は無粋か。いやもう十分無粋だ。映画の最後のところだけ書き出そうとしているわけだから。しかしどうして私がそのシーンだけ覚えているかというと、それは主人公の演技、つまり、デンゼル・ワシントンの演技に得も言われぬ気味の悪さを感じたからだ。主人公は自らの死と引き換えに悪魔を殺そうとする。主人公に悪魔がとりついた。そのあとのシーン。悪魔がとりついた主人公の目、その目は異常だった。もちろんそれは演技だ。演技ではあるのだけども、でも、異常だった。私はこの映画をそのような記憶として自らの中にとどめている。だからデンゼル・ワシントンが『トレーニングデイ』のビデオパッケージの裏面で「アメリカの良心」とかって書かれていても信じることができなかった。

もちろん実際は違うかもしれない。もうずいぶんと昔に観た映画だから、私の記憶も随分とあいまいになっているだろう。記憶というのは時間の経過につれどんどんと自分に都合のいい解釈になっていくものだ。昨日よりも明日。明日よりも一週間先。一週間先よりも一か月先。それよりも一年先。いい記憶はもっといい記憶に、悪い記憶はもっと悪い記憶になっていく。

だからデンゼル・ワシントンの目が異常だったなんてそんなことなかったかもしれない。普通だったかもしれない。でも、私の記憶の中にある『悪魔を憐れむ歌』の最後のシーンは異常だ。おそらく一生変わらない。たとえ、誰かが「異常じゃないんだよ」と教えても、たとえ誰かが「ほら異常じゃないでしょう?」とそのシーンを見せてきても、私にとってあのシーンは異常だ。

椅子か何かに縛り付けられて、折檻を受けて「異常じゃないと言え!」と言われたら、その時異常じゃないと私はいう。でも、それは本心じゃない。口では心から異常じゃないですというかもしれないけど、でも本当は心から言ってない。それは嘘だ。

私にとってあの映画の価値はそれだ。だから一生変わらない。

もしも、私が心からあの映画のあのラストのシーンは異常じゃないです。

と、言ったとしたら、

それはもはや私ではない。それこそこの映画の様にとりつかれたのか、それともピクシブであるような催眠系、洗脳系か。

たとえ『時計仕掛けのオレンジ』の様に目を閉じれないようにして、そのシーンを延々と見せられて、暴力のふるえない体となってしまったとしても、昔の仲間にぼこぼこにされたとしても、ベートーヴェンの第九を聞かされて飛び降りたとしても、

私はあの映画のあのシーンを異常だと思っている。

一生そう思っている。





声をかけられたのは、トイレだった。大きなビルの三十四階のトイレ。私がそのトイレの洗面台で手を洗っていると、後ろから、

「ねえ」

と明らかに私に向けた感じの声がした。

「・・・」
私は顔を上げ、鏡を見た。しかし鏡には私の顔以外誰も映っておらず、無人だった。私以外だれもいない。だから私はビルの三十四階なんてめったに来ることもないから、不思議な体験をするものなんだなあー。なんて思った。

再び、洗面台に突っ込んでいる手に視線を戻したとき、すごく違和感があった。

再び顔を上げる。

鏡。そこに移る私の顔。それ以外誰もいない。蛇口から出る水の音。それから換気扇の音がわずかにする。オレンジ色の照明のついたトイレ。誰もいないおシャンティなトイレ。ビルの三十四階のトイレ。私以外誰もいない。すると、

「ねえ」
鏡の私がしゃべった。

「み、ミラーズ・・・」
私は思わずそうつぶやいた。



「へ?何のこと?」
鏡の私は私の表情とは違う表情を作ってポカンとした。
「ミラーズの妹さんみたいに私の顎を上と下に分解しに来たのか」
私は鏡の私に言った。

三十四階のトイレに来ることなんてめったにない。もう次はないかもしれない。三十階まで高速エレベーターに乗って、そんで三十階でエレベーターを乗り換えて三十四階。そんな体験もう二度としないかもしれない。だからこんな不思議な体験をするのだ。ミラーズの映画の悪魔を呼んじゃったのだ。

死ぬにしたって顎を上と下に分けるってどういうつもりよ。そんな死に方したくねえなあー。


「君、誤解しているよ」
鏡の私は言った。それに鏡の私はさっきからずっとポカンとしている。もう顎を二分割にするくらいの時間は十分にあったはずなのに、まだ分解してない。四分割すらできる時間が経過しているのだけど、まだ何もしてない。鏡の私はずっとポカンとしている。

「ちょっと待って、これは何?」
そろそろ八分割するくらいの時間は経過していると思う。

「とりあえず水止めなよ、もったいないから」
鏡の私は言った。

「あ、はい」
そうだね。もったいないものね。



「私、悪魔なんだけど」
鏡の私は私に対してそう述べた。

「やっぱりあれですか!お殺しにいらしたんですか?」
三十四階のトイレで殺すんですか?全くと言っていいほど知らない場所ですけど。

「違うんですよ」
ごはんですよみたいに言うなあ。

「何が違うんですか?」

「私、お礼を言いに来たんです」
鏡の私は頭をポリポリとかきながら、そのような得体のしれないことを言った。悪魔にお礼を言われるってどうなの?それだけでもう既に心は邪心じゃない?邪のものじゃない?コンスタンティンとか来たらどうするよ?退治されるよ?

「お礼って何ですか?っていうか何でですか?」

「あなた、私のことをずっと覚えていてくれているでしょう?」

「何?何のこと?」

「悪魔です。私、悪魔を憐れむ歌の悪魔なんですけど、ほら、東方とかであるでしょう?」
東方⁉悪魔が?

「忘れられたら、信仰を失ったら、もうそれで終わりなんです」

「はあ」

「でも、あなたはずっと覚えていてくれている」

「自分勝手な解釈ですけど」

「いいんですいいんです。それで充分」

「で?」
どうするの?何するの?何されるの?サバト?愛欲の何か?悪魔だけに?

「好きなこと叶えてあげるよ?」

「好きなこと!?」
アラジンと魔法のランプみたいに?

「うん。三つ」

「嘘だあ。ミュンヒハウゼン症候群かよ?それどうせあれでしょ?そういう気持ちにしてくれるっていうだけの話でしょ?メンタル面だけみたいな」

「違うよ!感謝してるんだって本当に、だからこうして来たんじゃん!」

「はあー」

「お願い叶えてあげる。だから言ってごらん?」

「はあー」
そんなことがあるなんて今まで一回も考えたことがなかった。それに別に信仰していたわけでもない。ただ、異常だと思って忘れないでいただけの話。それに私以外誰も覚えていないっていうのもおかしいだろう?そんなわけあるかよ。

「ほら、何何する?」

「え?え?ええ?」

「ほら」


今、ビルの三十四階にいる。


というわけで、私は体がねじれて、通風孔に入れる力をもらった。それからビルをダイハードみたいにしてもらった。

最後の一戸はまだかんがえてい
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