お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:96 人 文字数:2991字 評価:1人

『悪魔を憐れむ歌』というタイトルの映画がある。デンゼル・ワシントンが出ていた。恥ずかしい話、映画の内容はほとんど記憶にない。しかし最後のところだけ覚えている。主人公は最後、自らの死と引き換えに・・・。

これ以上は無粋か。いやもう十分無粋だ。映画の最後のところだけ書き出そうとしているわけだから。しかしどうして私がそのシーンだけ覚えているかというと、それは主人公の演技、つまり、デンゼル・ワシントンの演技に得も言われぬ気味の悪さを感じたからだ。主人公は自らの死と引き換えに悪魔を殺そうとする。主人公に悪魔がとりついた。そのあとのシーン。悪魔がとりついた主人公の目、その目は異常だった。もちろんそれは演技だ。演技ではあるのだけども、でも、異常だった。私はこの映画をそのような記憶として自らの中にとどめている。だからデンゼル・ワシントンが『トレーニングデイ』のビデオパッケージの裏面で「アメリカの良心」とかって書かれていても信じることができなかった。

もちろん実際は違うかもしれない。もうずいぶんと昔に観た映画だから、私の記憶も随分とあいまいになっているだろう。記憶というのは時間の経過につれどんどんと自分に都合のいい解釈になっていくものだ。昨日よりも明日。明日よりも一週間先。一週間先よりも一か月先。それよりも一年先。いい記憶はもっといい記憶に、悪い記憶はもっと悪い記憶になっていく。

だからデンゼル・ワシントンの目が異常だったなんてそんなことなかったかもしれない。普通だったかもしれない。でも、私の記憶の中にある『悪魔を憐れむ歌』の最後のシーンは異常だ。おそらく一生変わらない。たとえ、誰かが「異常じゃないんだよ」と教えても、たとえ誰かが「ほら異常じゃないでしょう?」とそのシーンを見せてきても、私にとってあのシーンは異常だ。

椅子か何かに縛り付けられて、折檻を受けて「異常じゃないと言え!」と言われたら、その時異常じゃないと私はいう。でも、それは本心じゃない。口では心から異常じゃないですというかもしれないけど、でも本当は心から言ってない。それは嘘だ。

私にとってあの映画の価値はそれだ。だから一生変わらない。

もしも、私が心からあの映画のあのラストのシーンは異常じゃないです。

と、言ったとしたら、

それはもはや私ではない。それこそこの映画の様にとりつかれたのか、それともピクシブであるような催眠系、洗脳系か。

たとえ『時計仕掛けのオレンジ』の様に目を閉じれないようにして、そのシーンを延々と見せられて、暴力のふるえない体となってしまったとしても、昔の仲間にぼこぼこにされたとしても、ベートーヴェンの第九を聞かされて飛び降りたとしても、

私はあの映画のあのシーンを異常だと思っている。

一生そう思っている。





声をかけられたのは、トイレだった。大きなビルの三十四階のトイレ。私がそのトイレの洗面台で手を洗っていると、後ろから、

「ねえ」

と明らかに私に向けた感じの声がした。

「・・・」
私は顔を上げ、鏡を見た。しかし鏡には私の顔以外誰も映っておらず、無人だった。私以外だれもいない。だから私はビルの三十四階なんてめったに来ることもないから、不思議な体験をするものなんだなあー。なんて思った。

再び、洗面台に突っ込んでいる手に視線を戻したとき、すごく違和感があった。

再び顔を上げる。

鏡。そこに移る私の顔。それ以外誰もいない。蛇口から出る水の音。それから換気扇の音がわずかにする。オレンジ色の照明のついたトイレ。誰もいないおシャンティなトイレ。ビルの三十四階のトイレ。私以外誰もいない。すると、

「ねえ」
鏡の私がしゃべった。

「み、ミラーズ・・・」
私は思わずそうつぶやいた。



「へ?何のこと?」
鏡の私は私の表情とは違う表情を作ってポカンとした。
「ミラーズの妹さんみたいに私の顎を上と下に分解しに来たのか」
私は鏡の私に言った。

三十四階のトイレに来ることなんてめったにない。もう次はないかもしれない。三十階まで高速エレベーターに乗って、そんで三十階でエレベーターを乗り換えて三十四階。そんな体験もう二度としないかもしれない。だからこんな不思議な体験をするのだ。ミラーズの映画の悪魔を呼んじゃったのだ。

死ぬにしたって顎を上と下に分けるってどういうつもりよ。そんな死に方したくねえなあー。


「君、誤解しているよ」
鏡の私は言った。それに鏡の私はさっきからずっとポカンとしている。もう顎を二分割にするくらいの時間は十分にあったはずなのに、まだ分解してない。四分割すらできる時間が経過しているのだけど、まだ何もしてない。鏡の私はずっとポカンとしている。

「ちょっと待って、これは何?」
そろそろ八分割するくらいの時間は経過していると思う。

「とりあえず水止めなよ、もったいないから」
鏡の私は言った。

「あ、はい」
そうだね。もったいないものね。



「私、悪魔なんだけど」
鏡の私は私に対してそう述べた。

「やっぱりあれですか!お殺しにいらしたんですか?」
三十四階のトイレで殺すんですか?全くと言っていいほど知らない場所ですけど。

「違うんですよ」
ごはんですよみたいに言うなあ。

「何が違うんですか?」

「私、お礼を言いに来たんです」
鏡の私は頭をポリポリとかきながら、そのような得体のしれないことを言った。悪魔にお礼を言われるってどうなの?それだけでもう既に心は邪心じゃない?邪のものじゃない?コンスタンティンとか来たらどうするよ?退治されるよ?

「お礼って何ですか?っていうか何でですか?」

「あなた、私のことをずっと覚えていてくれているでしょう?」

「何?何のこと?」

「悪魔です。私、悪魔を憐れむ歌の悪魔なんですけど、ほら、東方とかであるでしょう?」
東方⁉悪魔が?

「忘れられたら、信仰を失ったら、もうそれで終わりなんです」

「はあ」

「でも、あなたはずっと覚えていてくれている」

「自分勝手な解釈ですけど」

「いいんですいいんです。それで充分」

「で?」
どうするの?何するの?何されるの?サバト?愛欲の何か?悪魔だけに?

「好きなこと叶えてあげるよ?」

「好きなこと!?」
アラジンと魔法のランプみたいに?

「うん。三つ」

「嘘だあ。ミュンヒハウゼン症候群かよ?それどうせあれでしょ?そういう気持ちにしてくれるっていうだけの話でしょ?メンタル面だけみたいな」

「違うよ!感謝してるんだって本当に、だからこうして来たんじゃん!」

「はあー」

「お願い叶えてあげる。だから言ってごらん?」

「はあー」
そんなことがあるなんて今まで一回も考えたことがなかった。それに別に信仰していたわけでもない。ただ、異常だと思って忘れないでいただけの話。それに私以外誰も覚えていないっていうのもおかしいだろう?そんなわけあるかよ。

「ほら、何何する?」

「え?え?ええ?」

「ほら」


今、ビルの三十四階にいる。


というわけで、私は体がねじれて、通風孔に入れる力をもらった。それからビルをダイハードみたいにしてもらった。

最後の一戸はまだかんがえてい
作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:ぽつタイプライター お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:181 人 文字数:1511字 評価:4人
古びた居酒屋の電子ディスプレイに映し出されたアイドル。壊れかけたロボット・アイドルが、ロボット特有の音域で叫び、かすれた声で歌っている。 痛々しい声だと思った 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:らび お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:100 人 文字数:1796字 評価:3人
「おーい!」 レイが病棟の屋上で大声をあげる。運動場の患者たちが全員顔をあげると、彼女は満足げにうなずく。 「今日は、ここから飛ぼうと思いまーす!」 観衆は心 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:96 人 文字数:2991字 評価:1人
『悪魔を憐れむ歌』というタイトルの映画がある。デンゼル・ワシントンが出ていた。恥ずかしい話、映画の内容はほとんど記憶にない。しかし最後のところだけ覚えている。主 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:解けかけの氷 お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:84 人 文字数:2179字 評価:1人
朝食と晩飯付きで家賃は格安な社宅を出てまで 初めて彼女を見つけたのは地下鉄の駅構内で、小ぶりなリュックサックを担いだ制服姿の彼女が、僕にはこの世の何よりも美し 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:キメキメ! プリキュア お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:59 人 文字数:3164字 評価:1人
「何事もバランスが大切だよね」とヒビキが言うので、私は「しかりぃ~」とアイスコーヒーのストローを咥えて生返事をする。「肉を食いすぎたら野菜を食べる、徹夜で遊んだ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:忽蘭 お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:88 人 文字数:1824字 評価:1人
彼女の姿を見ていると、時々やるせなくなる。 ◆ 朝十時に僕は目覚める。簡素なパイプベッドから降り、瞼を擦りながら洗面所へと向かい、冷水を洗面器に溜める。そうし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:106 人 文字数:2011字 評価:1人
「お、おはよう」該当男性による挨拶。距離、二メートル二三センチ = 常態よりも約五十センチほど遠い。推察。体調不良のためか → 不健康を示す所感はない。朝のため 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:94 人 文字数:3011字 評価:1人
ツノダさんって知ってる? うん、そう、怖い話なんだけど、そっか、知らないか……。 ううん、幽霊とかはね、出てこないの。人間が怖い系のヤツ。 聞きたい? うん、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:kazzy お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:70 人 文字数:581字 評価:0人
ワタシは被害者だと思う。絶対にその認識は揺らがない。揺らいでは、存在の根拠が、ない。 そんな女性患者は多い。医師の片瀬はカルテを外来ナースに渡しながら、ふと軽 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:もりえつりんご お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:86 人 文字数:3217字 評価:0人
[ねじれた女 Woman twisted]ナースコールが響いていた。朝陽に緑が透けるような木漏れ日の落ちた庭は彩度が高く、眼鏡で石板の照り返しを受け止めながら進 〈続きを読む〉

和委志千雅の即興 小説


ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:元気な娘 必須要素:大学受験 制限時間:15分 読者:10 人 文字数:810字
中学校の時、高校受験に伴い、面接の練習とかをした。それが結構した。引くほどした。それはもう、「なんすか?こんな事にもですか?」みたいな感じのことにまでして、もち 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:同性愛のサッカー 必須要素:1200字以内 制限時間:1時間 読者:18 人 文字数:3070字 評価:0人
キッシュは「今日は大丈夫」という日には必ず縦じまの服を着てきた。本当に毎度毎度縦じまの服だったので、ある時それについて聞いてみたことがあった。二人で缶ビールなん 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:すごい動揺 必須要素:チョイ役 制限時間:15分 読者:20 人 文字数:1300字
ある友人が、今度映画を作ることになった。「マジでえ!」その友人は私の中学の同級生である。で、完全に私も人のことは言えないが、映画を作るとか、大学生じゃないんだか 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:男のアパート 必須要素:太宰治 制限時間:15分 読者:20 人 文字数:1075字
付き合っている男が、ある日突然、芥川龍之介の蜘蛛の糸がうんぬんかんぬんっていう事を言いだして、やべっ!って思った。ちなみに、今ここでいう事じゃないのかもしれない 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:マイナーな悪意 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:15分 読者:28 人 文字数:968字
「小説なんて書いている段階である種、ミュンヒハウゼン症候群みたいなもんなんじゃないんですか?」と、言われてとても困惑した。私は理系じゃないし、理解する力、読書で 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:安いアレ 必須要素:一発ギャグ 制限時間:15分 読者:19 人 文字数:924字
「あれなんだっけ、あれ?」というようなことを言われながら、肩を掴まれて質問された。私は、「何?おっぱっぴーじゃない?」と返したが、「違う。一発ギャグとかじゃなく 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:遠い貯金 必須要素:「い」仕様禁止 制限時間:15分 読者:19 人 文字数:1045字
年末年始実家に帰省するため、些末ながら貯金などをしていたところ、自分が使っていた駅近の銀行ATMが情緒のない悪党どもに襲撃されてショベルカーを突っ込まれて、中の 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:君と正義 必須要素:鬼コーチ 制限時間:15分 読者:26 人 文字数:872字
「今月末で辞めるから私」ある日の訓練終わり、同じ正義クラブ埼玉支社に通っていた中野さんがそのような事を言って僕はびっくりした。「え?マジで?」中野さんはすでに辞 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:近い理由 必須要素:ペロペロ 制限時間:1時間 読者:36 人 文字数:2576字 評価:1人
「わんわん」飼い犬のペロを散歩させていると、普段驚くほど吠えないペロが突然吠えだした。そうしてリードをぐんぐんと引っ張って走り出そうとしてきた。「どうしたペロ」 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:スポーツの虫 必須要素:ポルシェ 制限時間:15分 読者:29 人 文字数:998字
つい先日、近所の体育館の定期券というものを購入した。「はい、どうぞ」手渡された定期券はちゃっちいカードであげく紙でできており、私はつい、「ラミネートは?」と、声 〈続きを読む〉