お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:166 人 文字数:1511字 評価:4人

ロボットアイドル
 古びた居酒屋の電子ディスプレイに映し出されたアイドル。壊れかけたロボット・アイドルが、ロボット特有の音域で叫び、かすれた声で歌っている。
 痛々しい声だと思った。その声は確かに造りものだというのに、私の心は痛む。
 上手ではなかった。
 隣では、ニコワンの魂の叫びに共感したのであろう、若い女性がハンカチを目に当てていた。ぽろりと流された透明のつぶが見えて、私は思わず見てはいけないものを見たような気がした。
「ずっとアイドルでいたいのです!」
 マイクを握りながら、ニコワンは叫んでいた。
 同時に誰かに言わされていた。
 ニコワンの声を背に、飲み屋の席を立ち、私はそのまま帰路についた。
 入り口をくぐると自動的に支払いが済まされるので、私は小銭というのをさわったことはない。街頭のテレビが、壊れかけたニコワンを映し出していた。私は進行方向を変えた。
 どうして私は泣いていないのだろう。

 ロボットが人間に媚びるときの方策の一つが、ずたぼろに壊れてしまうことだ。ぼろぼろになったロボットは、いつも哀愁を誘う。永遠の命を捨てるような、身を削った壊れ方こそ、ロボットの生きる道だった。いくつもの最新アイドルが、高性能を見せびらかしてどこかに消えた。
 ロボットアイドルは、どんなに損傷が激しくても、パーツを取り換えれば復帰できる。復帰できなくなるのは、観客に飽きられたときだけだ。
 ニコワンは哀愁に特化したロボット・アイドルだった。
 ニコワンは奇跡の復帰を果たして3度目の引退宣言になる。世間一般では、ニコワンとは有限不実行のことを指す。一度口にしたことを撤回することを、皮肉って表現したものだ。私はニコワンがとても好きだった。
 ニコワンが1度目の引退宣言をしたとき、悲しかったがほっとした。売り方がだんだん過激になっていた。これでニコワンは安らかになれるのだと思ったのだ。
「私にはこの道しか、ないんです!」
 ニコワンは長期メンテナンスに入り、自ら自己にインストールされているインターフェイスを削った。工場や機械的なコールセンターでつとめるために必要なインターフェイスを削った。ニコワンは完全にデリートしたおびただしいプログラムの列を公式ホームページで開示した。その中には、私が働いていた自動車部品工場における、規格外のパーツをはねるために見分ける、基礎的なプログラムがあった。
「部品工場で単純労働に従事させられるなら、廃棄処分になった方がましです」

「私は、私!」
 投げ売られていた清涼飲料水のラベルには、ニコワンがプリントされていた。続いて関連商品の情報が映し出されていた。
 ネットオークションでは、おびただしいくらいのニコワンのパーツが売られている。ニコワン同系のパーツもあれば、ニコワンが実際につかっていたプレミアムパーツもある。
 私も一つ、ニコワンの一部を持っている。無名時代、本当かウソか分からない小雑誌のキャンペーンで当たったものだった。ネジは3mmほどの小さなもので、何の変哲もないねじだった。

 私はニコワンがけずりきった、別のインターフェイスが好きだった。私はニコワンの中にある、私と共通したインターフェイスが好きだった。
 私の中のニコワンはいつまでたっても一台目のままで、今のニコワンは、なんだか別人のように思える。

 インターネットには、たどたどしいころのニコワンの、バージョンの低いタイプのバックアップの痕跡が散らばっている。不正にコピーされた、あるいはニコワンが自傷的にキャンペーンした、ニコワンの情報がおびただしく残されている。
 ニコワンがずっと好きだった。
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