お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:65 人 文字数:1824字 評価:1人

 彼女の姿を見ていると、時々やるせなくなる。
 

 ◆

 朝十時に僕は目覚める。簡素なパイプベッドから降り、瞼を擦りながら洗面所へと向かい、冷水を洗面器に溜める。そうして口いっぱいに空気を詰め、水面に潜り込む。二秒ほどで顔を上げ、また潜る。今度は顔面の皮膚を両手でごしごしと擦る。そして顔を上げ、仕上げに洗面器の水で濡れた両手で目やにをこそぎ落とす。朝はこうして覚醒する。
 昨晩も、彼女は家に帰ってこなかった。ここ最近はほとんど毎日と言っていいくらい、アトリエで眠っているようだ。いや、そもそも眠っているのかも怪しい。
 僕はハムとレタスとマヨネーズのみの簡単なサンドイッチを作り、身支度を整えて家を出る。今日も彼女に食事を持っていくのだ。
 
 ◆◆

 彼女と付き合って二ヶ月が経過する。順調、とは言い難い。一般的な男女関係とは、少し趣を異にしているゆえ、順調だの険悪だの、一般的な評価軸を用いて測ることができないのだ。
 僕は彼女のアトリエへと向かう道すがら、彼女との思い出を巡ってみる。サンドイッチの入ったバスケットを片手に、恋人に思いを馳せるとはなんと甘いシチュエーションだろう。思って僕は笑ってしまった。現実は決して甘くはないからだ。
 彼女に告白したのは、コース料理四千円クラスのレストランで食事を終えてからだった。おかしな話だが、僕はその日初めて彼女と会ったのだ。それでも、思いを告げずにはいられなかった。なぜなら、彼女の世界が好きだったからだ。
 彼女はSNS上で自分の描いた作品を惜しげもなくアップロードする類の人間だった。そんな奴はいまどき掃いて捨てるほどいる。その中で彼女が特殊だったのは、他がアニメ塗りのポップでキュートなデジタル作品を投稿するなかで、滴るような極彩色の油絵の写真を投稿していた点だ。加えて言えば、それらは皆、骸骨と華のモチーフばかりの、どこか鬱屈とした、蔭の濃い絵画だったことも、目を惹く要因であった。
 一部のユーザーに称賛されながらも、彼女の素性は全くの不明だった。高名な画家に違いないと感じる一方で、単純思考の女子にも思えた。絵を除いた彼女の投稿は、まるで女子高生の如く絵文字顔文字を濫用し、やれ飼っている犬がどうだのジャニーズの誰々君がどうだの騒ぎ立てている有様だった。そのちぐはぐさに僕は惹かれたのかもしれない。
 僕は彼女に何度もコンタクトを取り、ようやく食事に誘いだしたわけだ。その日に告白したのには、ちょっとした訳がある。

 ◆◆◆

「私には姉が居たんです」
 彼女は口に残ったデミグラスソースをナプキンで拭き取り、唐突に切り出した。僕は「はあ」とか「ええ」とか、いかにも呆けた返事をしたことだろう。自分についてはよく覚えていないのだ。僕のことは全て割愛する。
「私が中学生三年生の時に、姉は丁度高校を卒業したばかりでした」彼女がワイングラスの縁を指先で撫でる。
「卒業後は都内の大学に進学予定でしたから、すぐに姉は引っ越して行ったの。私は笑顔で見送ったけど、本当はとっても寂しかったの」
「それでね、姉は引っ越したその日の晩に、殺されてしまったの。引越し直後の学生を狙った強姦魔に」
「私はたくさん泣いたの。枯れ切ってしまうまで」
「それ以来、私は姉を書き続けているのよ」
「ねえ、哀れに思う?」
「だったら、ひとつお願いがあるの」

 そのお願い、というのが彼女との雇用契約だった。曰く、「私と付き合って、私を愛して、私が姉に焦がれ続けるのを支え続けて」というものだった。
 身勝手な女、とは思わなかった。彼女の哀切と油絵の世界観が絶妙に一致しているように感じて、僕はさながら彼女の絵画の世界の登場人物の一人になったように感じた。決してキャンバス内には表れない、幻の登場人物。
 ゆえに僕は彼女と付き合いだしたのだ。彼女の部屋に寝起きし、日々をバイトで食いつなぐ。彼女は彼女で絵画の収入があるらしく、それは少なくない金額であることだけはおぼろげながら想像がつく。でなければ月十万も僕に手渡したうえで、生活のほとんどをアトリエで過ごす事などできるはずがない。
 かくして僕は日々、彼女のいない部屋を掃き、そして彼女に作ったサンドイッチを渡しに行くのだ。

 ◆◆◆◆

 彼女の絵画は完成していた。
 題名は「嘘」というらしい。
 今までで一番良い絵だった。



 完。

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